表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生神主の日常 〜掃き清めた地が国となるまで〜  作者: 秋澄しえる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
77/100

第77話「村の中心」

◆◇◆◇◆


 ブルーノの弟子たちは、重い道具箱を下ろしたその日の午後から、凄まじい速度で働き始めた。


 彼らは曲がりなりにもサンテロで飯を食ってきた職人だ。竹と木を組み合わせた建築は彼らの独壇場だった。ブルーノの短い手信号の指示のもと、七人が二人一組の班に分かれ、朝の光から日暮れの闇まで、無駄のない動きで丸太を切り揃え、割り竹の壁を隙間なく編み上げていく。その作業速度は、素人の村人が手探りで建てるのとは次元が違った。一日で三軒の基礎が打たれ、翌日には屋根の骨組みが上がる。


 マルタの娘、ソフィアという名の彼女も、到着した翌朝からマルタの横に立ち、無言で仕事を手伝い始めた。

 辰砂の管理、乾燥させた薬草の調合比率、朱を精製するための水分の見極め。マルタの僅かな視線の動きを見て、先回りするように同じ作業をこなしていく。十五年という歳月が流れていても、幼い頃から体に染みついた母親の仕事のテンポは、少しも損なわれていなかった。


「…筋は悪くないね。だが、手が街の生活でひどく鈍っている。明日からは、あたしの半分の速度で確実にやりな」

「はい、お母さん」


 マルタの指導は、実の娘に対しても容赦というものがなかった。

 だが、その厳しい叱責の声の底に、十五年ぶりに家族を取り戻した老婆の、隠しきれない温もりがこびりついているのを、周囲の誰もが感じ取っていた。


◆◇◆◇◆


 この異常な速度の建設のタクトを振るっているのは、ロザとグラキウスの二人だった。


 ロザが持ち前の実務能力で人員の配置、資材の調達、工期の徹底的な管理を担い、グラキウスが長年の戦術眼を活かして建物の配置、生活動線、防衛を考慮した村全体の区画を設計する。二人の連携は、春の市の準備の頃から自然に形成されていたものが、今や完璧な指揮系統として機能していた。


 その日の午後。ゴルドが、腰に手を当てて建設現場の視察にやって来た。

 かつてはただの荒れ地だった外周の牧草地の柵が取り払われ、新しい住居の基礎が等間隔に、次々と幾何学的な美しさで打たれていく光景を、深く腕を組んで眺めている。


「ハルさん」

「はい」

「新しい村の縄張りの話だ。ロザとグラキウスに相談して、決めたことがある」


 ゴルドが、足元の地面を分厚い靴の先でトントンと叩いた。


「あんたの社殿と鳥居を、完全な中心にして、村を丸く広げていく。社殿と鳥居が真ん中で、その周りを囲むように広場と市場の機能を置く。その外側に新しい住居の輪を作り、さらにその外側にブルーノたちの工房と倉庫、一番外縁に牧草地と畑を配置する」


「…それだと、私の社殿と鳥居が、文字通り村の心臓部になってしまいますが」


「なる。そうしたいんだ」


 ゴルドが真っ直ぐに私の目を見た。

 日に焼けた深い皺の刻まれた顔。いつもの渋面だが、その奥にある瞳には、一個の新しい集団を造り上げようとする長としての、岩のような意志が宿っていた。


「あんたの社と鳥居の周りが、この村で一番空気が澄んでいて、居心地がいい場所だ。ハルさんが一番分かっているだろう? 新しく戻ってきた連中にも、これから来るカーム村の連中にも、あの清浄な場所の近くで暮らしてもらいたい。…教会が、これをどう言おうとな」


 最後の一言を、ゴルドは極端に声を落として付け加えた。

 教会。この村には、この大陸を支配するソル・デウスの教会が存在しない。代わりに、異質な黒漆の門と、奇妙な白衣の神主がいる。それを辺境の村の中心に据えるという決断が、宗教的に、そして政治的にどういう意味を持つか。ゴルドは骨の髄まで分かっているのだ。

 分かった上で、私の神域を中心に据えることを、村長として選んだ。


「…ありがとうございます、ゴルドさん」

「礼はいらん。あんたがあの場所を掃き清め続けてくれたから、この村は今日まで生き延びた。ただ、それだけのことだ」


 ゴルドはそれ以上何も言わず、無骨な背中を向けて、槌音の響く建設現場の方へ歩いていった。


 社殿と鳥居が、村の中心になる。


 かつて村の外れで、ただ静かに落ち葉を掃いていた場所が。


 今度は、百人を超える人間がこの神域を囲むようにして暮らそうとしている。カーム村の八十人が加われば、二百人近い規模になる。


 私がやったことといえば、手作りの鳥居を建てて、毎朝掃除をして、祝詞を唱えただけだ。ただの神主の日常を過ごしていただけなのに、どうしてこんなことになっているのだろう。


 社殿と鳥居を建てたら、村が大きくなってきた。


 この先、この村がどうなっていくのかは全くわからないが、不思議と悪い感じはしなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ