第76話「建設の槌音」
◆◇◆◇◆
ルーテ村が、巨大な一つの生き物のように脈打っていた。
朝靄がまだ木々の間に白く滞留している時間から、重い木槌が杭を打つ腹に響く音と、鋭い鋸が木材を挽き切る高い音が、絶え間なく広場の空気を震わせている。
切り倒されたばかりの青竹の瑞々しい匂いと、削られた杉材の乾いた香りが入り混じり、むせ返るような木の生命力が村全体を包み込んでいる。皮を剥いだばかりの重い丸太を肩に担いで走る男たちの掛け声。竹を細く割いて壁の土台を編み上げていく若い衆の熱気。真新しい墨壺から黒い糸を引き出し、柱の寸法を正確に弾き出していく職人たちの鋭い視線。
広場から社殿の裏手、さらにこれまで手つかずだった外周の牧草地にまで、人の波が溢れ返っている。
見慣れない顔が、いくつもあった。
ダリオや村の若い衆に混じって、明らかに昨日今日斧を握ったわけではない、本格的な職人の顔つきをした男たちが何人も立ち働いている。手つきが違う。木材の木目の見極め、竹の繊維に沿った無駄のない割り方、柱と梁を釘一本使わずに噛み合わせる技術。彼ら全員が、工房の前に仁王立ちになっているブルーノの短い手信号や顎のしゃくりだけで、一切の迷いなく動いている。
広場の隅では、これまた見覚えのない小さな子供たちが、リーナの後ろを雛鳥のようについて走り回っていた。五人ほどいる。リーナが先頭に立ち、細い腕をあちこちに伸ばして胸を張っている。「こっちが冷たいお水が出る井戸でね、あっちがマルタおばあちゃんの家! でね、あそこにある黒い大きな門は絶対に落書きしちゃ駄目だからね!」という誇らしげな声が、木槌の音の合間に響いてくる。
そして、マルタの家の前。
縁側に腰掛けるマルタのすぐ横に、三十代半ばほどの見知らぬ女性が立っていた。マルタと同じように全てを見透かすような鋭利な目つきをしているが、背筋はピンと伸び、体つきははるかにしっかりしている。その女性の足元には、三人の幼い子供たちが母親の長いスカートの裾を握りしめてまとわりついていた。
私は、新しい竹箒を動かす手を休め、額の汗を拭いながらその光景を眺めていた。
わずか数日で、村の景色が劇的に塗り替わってしまった。
◆◇◆◇◆
時計の針は、春の市でペドロの隊商が熱狂と共に去っていった数日後へと遡る。
交易路の西側から、全く予想すらしていなかった一団が村に姿を現したのだ。
最初に現れたのは、日焼けした七人の若い男たちだった。全員が背中に使い込まれた重い道具箱を背負い、その後ろに妻や子供たちの手を引いている。総勢二十七人の集団。
先頭に立つ一番年上の男が、広場の奥の工房の前に一直線に向かい、そこで作業をしていたブルーノの背中へ向けて、深く、深く頭を下げた。
「師匠。ご無沙汰しております。サンテロの街で、風の噂を聞きました。師匠がこのルーテ村で、誰も見たことがないような素晴らしい仕事をされていると。…俺たちも、もう一度師匠の元で、師匠のお役に立ちたくて参りました」
ブルーノの、かつての弟子たちだった。
昔、この村でブルーノに徹底的に技術を叩き込まれながらも、村が衰退して仕事がなくなり、やむなくサンテロへと送り出された者たち。街で大工や家具職人としてそれなりに生計を立てていたはずだが、恩師が故郷で途方もない漆器を生み出しているという噂を聞きつけ、居ても立っても居られず家族を連れて戻ってきたのだという。
ブルーノは鉋を置き、ゆっくりと振り返った。
無精髭に覆われた顔は微塵も動かない。七人の弟子たちと、その後ろで不安そうに身を寄せ合う家族たちの顔を一人ずつ、値踏みするようにじっと見つめた。
やがて、無言のまま工房の奥に足を踏み入れ、壁に掛けられていた真新しい予備の鉈を七本、両手に抱えて戻ってきた。それを、弟子たちの足元の土の上に、無造作に放り投げる。
「道具は、自分のを持ってきたな」
「はい、師匠。サンテロで毎日手入れしていた、俺たちの腕です」
「…いいだろう」
ブルーノはそれだけ言い残し、再び背を向けて木材に鉋をかけ始めた。
その背中を見て、七人の弟子たちが顔を見合わせ、堰を切ったように泣き笑いの表情を浮かべた。ダリオが彼らに駆け寄り、「師匠、ものすごく喜んでるんですよ、あれでも」と小声で耳打ちして肩を叩き合っている。
そしてその翌日、もう一つの一団が交易路からやって来た。
マルタの娘夫婦と、三人の子供たち。総勢五人。
夫は肩幅の広い真面目そうな職人風の男で、娘は、マルタの若い頃をそのまま写し取ったかのような、細身で目鼻立ちのくっきりした女性だった。七歳、五歳、三歳の子供たちが、街道の土埃にまみれた顔で、初めて見る黒い鳥居や真新しい迎賓館を不安そうに見回している。
薬草を干していたマルタは、広場に入ってきたその女性の顔を見た瞬間、ピタリと動きを止めた。
「…来たのかい」
「お母さん。サンテロで、ルーテ村が変わったって聞いて。…お母さんを、また手伝えるんじゃないかと思って」
「手伝う? 十五年前にあたしが、せっかくこの村から追い出してやったのに、今更戻ってきたって言うのかい」
「追い出したんじゃなくて、出ていけって背中を押してくれたんでしょう。お母さんらしい、不器用なやり方で」
マルタが、フンと短く鼻を鳴らした。「同じことだよ」とそっぽを向く。
だが、一番下の子、三歳になる小さな孫が、老婆の足元によちよちと歩いてきて、シワの刻まれたその手をぎゅっと握った瞬間。
マルタの濁った瞳の縁が、一瞬だけ、朝日を反射したように赤く潤んだのを、私は見逃さなかった。
ブルーノの弟子とその家族、二十七人。マルタの娘一家、五人。
合わせて三十二人が、堰を切ったように一度に村に加わった。さらに今後一、二ヶ月のうちに、アルトワ侯爵領から逃れてくるカーム村の八十人が確実にやってくる。
つい先日まで限界集落だったこの村は、半年もしないうちに人口が三倍近くに膨れ上がることになるのだ。
住居が要る。寝床が要る。飯を食う場所が要る。大量に、そして今すぐに。
村を挙げての狂気じみた建設ラッシュは、こうして幕を開けたのだった。




