表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生神主の日常 〜掃き清めた地が国となるまで〜  作者: 秋澄しえる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
70/102

第70話「盾の代価」

◆◇◆◇◆


 翌日の夕暮れ時。ゴルドの家の前で、いつもの三人が丸太の椅子に座っていた。


 だが、今夜の空気は、いつもの穏やかな晩酌のそれとは決定的に違っていた。ゴルドの顔に、これまで以上の深い皺が刻まれている。


「…ハルさん。グラキウス。今回は、本当に助かった。だが、次はどうなる」

「次?」

「今回はたまたま、阿呆の集まりだった。だが、次にもっとまともな盗賊が来たらどうなる。あるいは、盗賊ではなく、もっと大きな力を持った、正規の軍のような連中が来たら。あんたたち二人がいる間はいい。だが、二人が永遠にこの村にいるとは限らん」


 ゴルドの声は、一個の村を背負う村長のそれだった。目の前の危機を幸運にも乗り越えた直後に、その先に口を開けているさらに巨大な危機を見据える者の声。


「この村には、この地を治める代官がいない。領主への納税もしていない。二十年間、誰からも忘れられていたから、それで済んでいた。だが、人が来るようになり、富が生まれるようになった今、それは強みではなく最大の弱みだ。誰の庇護もないということは、誰に襲われても文句が言えんということだ」


 グラキウスが、静かに頷いた。


「ゴルド。あんたの言う通りだ。村が豊かになれば、その甘い蜜を狙う者は必ず現れる。冒険者を雇って常時護衛させる手もあるが、それには数が要るし、莫大な金もかかる。しかも、冒険者は気まぐれだ。金の切れ目が縁の切れ目になりかねん」

「じゃあ、どうする」

「領主に頼るしかあるまい」


 ゴルドが、押し黙った。


「この一帯を領地とするのはモンテフェルト辺境伯だ。辺境伯の庇護下に入れば、当然、税は納めることになる。だが、代わりに辺境伯の軍が村の安全を保障する。盗賊の類は辺境伯の名のもとに軍が取り締まるし、教会への抑止力にもなる。辺境伯は国王に諮る必要のない独立した強い裁量権を持っている。庇護を約束してもらえれば、それは盤石の盾になる」

「…税、か」

「避けられん道だ。だが、今の村の収入予測なら、税を納めてなお十分に余裕があるだろう。安全を買う代価として、決して高いものではないはずだ」


 ゴルドが手元の木杯を見つめたまま、長い間、重い沈黙を保った。


 二十年間。誰にも頼らず、誰の支配も受けず、細々と生き延びてきた村。その自由は、裏を返せば「誰にも守ってもらえない」という絶対的な孤独だった。村が貧しく、世界から忘れ去られている間は、それでも良かった。

 だが、もう状況が変わったのだ。


「…分かった。辺境伯に掛け合う。庇護を求めて、税を納める。それが、この村と村人を守るための一番確かな道なら、そうする」

「賢明な判断だ」

「ただし、どうやって辺境伯に直接話を通す。この村は二十年間、辺境伯と一切の接触がない。突然村の使いが訪ねていっても、門前払いを食わんとも限らんぞ」


 グラキウスが、ほんの一瞬だけ、何かを言いかけて口をつぐんだ。


「…その手段は、追い追い考えましょう。まずは、宿を建て、道を整備し、春の市を完璧に成功させることが先です。村の価値と特産品の力を見せつけてから、正式に辺境伯に話を持っていく方が、交渉の立場も圧倒的に強くなりますから」


 ゴルドが、深く頷いた。グラキウスも、黙って同調した。


 春の夜風が、三人の間を吹き抜けた。


 視線の先、鳥居の前の広場では、十頭の馬が寄り添うようにおとなしく眠っている。昨夜まで盗賊の持ち物だった彼らは、もうすっかりルーテ村の住人として風景に溶け込んでいる。


 村は、また一つ大きな転換点を迎えた。


 金が入り、人が来て、そして、富を狙う敵も来た。もう「忘れられた村」のままではいられない。外の世界と繋がるということは、外の世界の暴力や政治的なうねりも引き受けるということだ。

 だが、ゴルドは逃げなかった。現実を見据え、誇りを曲げてでも村を守るための次の一手を打とうとしている。この不器用な村長は、村と共に確実に成長している。


「…さて。明日から、朱の精製の最終段階ですね。マルタさんが待ちきれない顔でうずうずしていますから」

「朱か。あの赤いのが安定して作れるようになれば、春の市の最大の目玉になるな」

「ええ。ブルーノさんが、漆器に塗る準備を整えているそうです」

「楽しみだな。一体どんなものが出来上がるのか」


 ゴルドの口元に、微かな、だが力強い笑みが戻った。


 盗賊がもたらした騒がしい夜は終わった。明日からは、春の市に向けての準備と開拓が再び動き出す。


 村の歩みは、もう誰にも止められない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ