第69話「置き去りの財産」
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集会所の分厚い木の扉がわずかに開き、隙間からロザが恐る恐る顔を覗かせた。
「…終わったんですか?」
「終わりました。怪我人は一人もいません。こちら側は」
「こちらも全員無事です。…本当に、お二人だけで?」
「正確には、馬が十頭ほど途中で寝返って加勢してくれました」
「…馬?」
広場に出てきた村の男衆や女性たちが、鳥居の前に佇む十頭の馬を見て、信じられないものを見るように目を丸くしている。盗賊が置き去りにした馬たちは、すっかり神域の清浄な空気に馴染み切り、穏やかな顔で尻尾を揺らしていた。
リーナが、ゴルドの後ろから飛び出してきた。
「ハルさん! グラさん! 大丈夫!?」
「大丈夫ですよ。かすり傷一つありません」
「でも、すっごい叫び声が聞こえたよ! 怖かった!」
「あれは野盗の悲鳴です。一目散に逃げていく時の」
「逃げる時に、あんなに大声で叫ぶの?」
「叫ぶのが好きな人たちだったんですよ」
ゴルドが広場の中央に出てきた。
地面に転がっている五人の気絶した盗賊と、十頭の立派な馬、そして悠然と立つ二人の守り手を交互に見渡し、腹の底から深い溜息をついた。
「…本当に二人で追い払ったのか。三十人の盗賊を」
「追い払ったというか、勝手に逃げていきました。グラキウスさんが五人を無力化して、私が矢で脅しただけです。残りは自分たちで勝手に転んだり、ぶつかったり、馬に振り落とされたりして自滅していました」
ゴルドが、グラキウスの方をじっと見た。老兵は剣を腰に下げ、いつもの飄々とした好々爺の顔に戻っている。
「…あんたは一体、何者なんだ」
「何度も言っておるだろうが」
グラキウスが顎を指でかいた。その姿を見たゴルドが鼻白む。
「ただの居候が、三十人の盗賊を一人で半分片付けるか」
「片付けたのは五人だけだ。残りは阿呆のように自滅した。あと、馬が十頭残った。あれは戦利品として村でもらっていいだろう。農耕にも運搬にも使えるし、移動手段としても大きな力になる」
ゴルドが馬たちを見た。十頭の馬。辺境の小さな村にとっては、途方もない財産だ。これまで重い荷物の運搬は全て人力だった。馬が加われば、現在進行中の道普請の速度も、春の市の物流も、劇的に向上する。
「…生きていて、盗賊に感謝する日が来るとは思わなかった」
「感謝はしなくていいと思います」
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気絶した五人の盗賊は、ダリオたちによって太い縄で縛り上げられ、集会所の裏に転がしておかれた。
翌朝。目を覚ました彼らから、グラキウスが情報を聞き出した。
聞き出した、というより、グラキウスが腕を組んで冷たい視線を下ろしただけで、五人とも蒼白な顔になり、聞かれてもいないことまで全てをペラペラと喋り始めた。昨夜の死の恐怖が、よほど骨の髄まで染み込んでいたらしい。
「サンテロの街の外れに溜まっている、流れ者の寄り合いです! 頭目は元冒険者のバルドという男で、ギルドを追放されてからは街道沿いで小さな商隊を襲って小銭を稼いでいました。古い交易路を大きな隊商が通ったという噂を聞きつけて、その先の村を狙おうと…」
「最後に逃げた男がバルドだな。あの男、冒険者としての腕はどの程度だ」
「Dランクです! 酒と博打で借金を作って、ギルドの金庫に手をつけて追放された男で…」
「Dランクか。道理で」
グラキウスの声に、隠しきれない深い落胆が混ざっていた。Dランクの元冒険者が率いる盗賊団。それは本物の脅威などではなく、単なるチンピラの群れに過ぎなかった。
五人は縄を解かれ、「二度と顔を見せるな。来たら次はない」と短く告げられて追放された。靴も武器も奪われ、丸腰のまま裸足で交易路を西に向かって逃げていく五つの背中は、哀れとしか言いようがなかった。
「…あの様子だと、逃げた連中と合流して、サンテロの街に戻るだろうな」
「ええ。そこで間違いなく、昨夜の出来事を酒場で言いふらすでしょうね」
「『あの村には化け物がいる』『爺さんが一人で三十人を蹴散らした』『矢が見えないのに飛んでくる』『馬が言うことを聞かなくなる呪いの村だ』。…尾ひれがつけばつくほど、馬鹿な模倣犯は出にくくなるな」
「結果的には、最高の宣伝になりましたね。『この村に手を出すと呪われる』という」
「宣伝か。…まあ、今はそう思っておくとするか」




