第67話「見えない境界線」
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春の夜空を覆っていた薄雲が流れ、青白い月光が広場を照らし出した刹那。盗賊たちは、それを見た。
淡い光の中に音もなく立つ、白い髭の老人。
その両手には、冷たい銀色の光を放つ巨大な両手剣が握られている。
「ば、爺さん? なんだ、一人かよ! おい、爺さん一人だぞ! やっちまえ!」
恐怖を誤魔化すように怒鳴り声を上げ、先頭の五人が錆びた剣や槍をめちゃくちゃに振りかぶって突っ込んできた。
グラキウスが流れるように動いた。
最初の一人。正面から突き出された錆びた剣に対し、グラキウスは白翼の剣の腹を横から軽く叩きつけた。ガキンッ、という硬質な音と共に盗賊の腕ごと剣が真横に弾き飛ばされ、男は自らの突進の勢いを殺せず、空中で二回転して地面に背中から叩きつけられた。
二人目と三人目が、左右から同時に挟み込むように襲いかかる。グラキウスは足さばきだけで半歩後退し、二人の切っ先を紙一重でかわした。すかさず右の男の槍の柄を足で踏みつけてへし折り、そのまま反転して左の男の鳩尾に剣の柄頭を深く叩き込む。右の男は真っ二つになった槍の残骸を握りしめたまま呆然と立ち尽くし、左の男は「ぐほっ」と蛙のような空気を吐き出して白目を剥き、膝から崩れ落ちた。
四人目。農具の鋤を振りかぶって、猪のように突進してくる。グラキウスは剣を片手で保持したまま、空いた左手で鋤の柄をふわりと掴み、男の突進の力を利用して背後へ円を描くように投げ飛ばした。男は宙を舞い、広場の土に顔面から突き刺さって動かなくなった。
五人目。この男だけは少しまともな構えで剣を握っていたが、グラキウスが手首の返しだけで白翼の剣を下から跳ね上げた瞬間、強い衝撃で剣を手放してしまい、完全に丸腰になった。
「え。あ、あの。俺の剣が」
「拾ってこい」
グラキウスが、冷ややかな声で言い放った。男は震え上がり、文字通り地面を転がるように後退して、後続の仲間の群れの中へ逃げ込んでいった。
五人が、ものの十秒もかからずに無力化された。誰一人として、一滴の血も流していない。完全な、次元の違う制圧。
残りの盗賊たちが、その光景を前に完全に凍りつき、一歩も動けなくなっていた。
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徒歩の連中が完全に足を止めた。前の五人が一人の老人に圧倒され、矢は暗闇から見えない角度で正確に飛んでくる。もう誰も、自分から前に出ようとはしない。
だが、地鳴りのような蹄の音が、後方から土煙と共に迫ってきた。
騎馬の連中だ。徒歩の仲間が足踏みしているのを見て、自分たちの機動力で一気に突破するつもりらしい。十頭の馬が、剣を振り回す騎手を乗せ、徒歩の集団を強引に掻き分けるようにして突進してくる。
グラキウスが、ふっと重心を下げて剣を構え直した。
だが、その騎馬の突進がグラキウスの刃に届くことはなかった。
先頭の馬が、見えない境界線に差し掛かった瞬間。
突然、四本の脚を土に深く食い込ませるようにして、急激なブレーキをかけたのだ。激しく棹立ちになり、甲高く嘶いて前脚を宙で空掻きする。
完全に虚を突かれた騎手が、鞍からあっけなく前方に振り落とされ、背中から無様に地面に叩きつけられた。
二頭目、三頭目も全く同じだった。四頭目も、五頭目も。
次々と馬が急停止し、慣性の法則に従って騎手だけが宙を舞い、泥の中へ放り出されていく。馬という馬が前進することを強烈に拒絶した。激しく首を振り、怯えたように後ずさりする。
結界だ。魔物に対するような明確な『排除』の力ではないが、馬の鋭敏な本能が、この場所に漂う圧倒的に清浄な神気に気圧されたのだ。神域の内に、殺意と泥にまみれた土足で踏み込もうとする愚かな乗り手を、馬の側が強烈に拒んだ。
振り落とされた十人の騎手たちが、泥だらけの顔を押さえながら呻いている。
「な、何だ! 馬が言うこと聞かねえ! おい、進めよ! 進めっつってんだろ!」
手綱を引いて怒鳴りつけるが、馬は絶対に進まなかった。
それどころか、手綱を放された馬たちは、乗り手の命令など完全に無視して、鳥居の少し手前の草むらに鼻先を突っ込み、のんびりと草を食み始めた。どうやらこの清浄な空気が、彼らにとっては極めて居心地が良いらしい。
グラキウスが剣を下ろし、やれやれという顔で深い溜息をついた。
「…背に乗っている馬鹿どもより、あの馬たちの方がよほど賢いな」




