第66話「弦の鳴る闇」
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鼓膜をつんざくような甲高い奇声が、春の夜の静寂を無惨に引き裂いた。
「ヒャッハァーーー! てめぇら! 金目のものを全部出しやがれぇーーー!」
古い交易路の深い闇の奥から、赤々とした松明の炎を無軌道に振り回しながら、十数個の影が土煙を上げて猛然と突っ込んでくる。
闇に紛れて村を強襲する、冷酷で静かな夜襲。そう想定して極限まで気を張り詰めていた空気が、一瞬にして間の抜けたものへと変質した。
彼らには、隠密行動という概念が最初から欠落しているらしく、全員が意味不明な雄叫びを上げ、自らの位置を大々的に主張しながら走ってきている。
先ほどまで氷のように冷たい鋼の目をしていたグラキウスが、両手で剣を構えたまま、ひどく疲れたように眉間を揉んだ。
「…なんだ、あれは」
「野盗です。たぶん」
「たぶん、というのは」
「あまりにも騒々しすぎて、本当に野盗なのかどうか、少し自信が持てません」
正面の交易路から雪崩れ込んでくる集団は、私たちが想定していた「組織だった盗賊団」のイメージから大きく逸脱していた。
確かに刃物らしきものは持っている。だが、揃いの革鎧など着ている者は一人もおらず、刃こぼれした無骨な剣や、柄の曲がった槍、中には畑を耕すための鋤を頭上で振り回している者までいる。顔にはどす黒い煤が塗りたくられているが、威嚇というよりは、泥遊びに熱中した子供の顔面にしか見えない。
先頭を走る一際大柄な男が、松明を振り回しながら夜空に向かって怒鳴り声を上げた。
「おい聞いてるか田舎者ァ! 俺たちは『黒狼団』だ! この辺りの交易路を仕切る、恐ろしい盗賊団だぞぉ! 逆らう奴は容赦しねぇ!」
「黒狼団。…ハル殿、聞いたことがあるか」
「ありませんね」
「わしもない。自分で自分のことを恐ろしいと言わなければならない時点で、推して知るべしだな」
グラキウスの声に、隠しきれない深い呆れが滲んでいた。両手持ちの構えから放たれていた圧倒的な殺気が、音を立てて霧散していく。
だが、油断はできない。どれほど阿呆な振る舞いであっても、刃物は確実に人の肉を裂く。グラキウスの読み通り、徒歩の連中が二十、その後方に騎馬の影が十ほど。全員が交易路から一塊になって突っ込んでくる。分散も包囲もなし。ただ数に任せただけの愚直な突撃だが、烏合の衆であっても三十という数は立派な暴力だ。
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左手に握る梓弓の白木が、静かに軋みを生む。
私は弦をいっぱいに引き絞り、正面の集団の足元、先頭で叫ぶ大男の、ちょうど二歩手前の地面を正確に狙って矢を放った。
ドスッ、と乾いた音を立てて、矢が深々と土に突き刺さる。
大男が、素っ頓狂な悲鳴を上げて大きく飛び退いた。
「ぎゃあああ! 矢だ! 矢が飛んできた! 誰だ! どこだ!」
暗闘の中で、見えない角度から正確な矢が飛んでくるとは少しも想定していなかったのだろう。大男の周囲の盗賊たちが一斉に足を止め、松明を掲げたまま辺りをきょろきょろと見回し始めた。
松明の明かりのせいで彼ら自身の姿は完全な標的として闇の中に浮かび上がっているのに、光源を持たないこちらの姿は彼らからは一切見えていない。その圧倒的な不利にすら、気づいていない。
二射目。今度は大男のすぐ横で固まっていた、痩せた男の耳のすぐ横を掠めるように、鋭い風切り音を残して飛ばした。
「ひいいい! 耳! 俺の耳が! 取れた!?」
「取れてねえだろ! 触って確かめろ、馬鹿!」
「触ったら、血が…出てねえ! でも今、風が! 冷たい風だけが!」
完全に混乱が広がっていた。三十人の集団が、たった二本の矢で足を止め、互いに押し合いへし合いしながら右往左往している。訓練された兵士であれば、即座に矢の方角を読んで散開し、盾を構える場面だが、彼らにはその判断力がない。
「ハル殿。後方の騎馬が突っ込んでくる前に、徒歩の連中の出鼻をもう少し挫いておけ」
「承知しました」
三射目。今度は集団の中央付近、最も密集している連中の足元を狙って射込んだ。矢が地面に突き刺さった瞬間、周囲の五、六人が弾かれたように悲鳴を上げて散り散りに跳び退き、互いにぶつかって無様な将棋倒しになった。
「な、なんだよあの弓兵! この暗闇の中で狙い撃ちかよ! インチキだろ!」
インチキとは心外な。血の滲むような鍛錬の結果です。
「わしは前を片付ける。…あの連中の練度なら、剣を抜く必要すらないかもしれんが」
グラキウスが、大きくため息をつきながら、鳥居の漆黒の影からゆっくりと一歩踏み出した。




