第62話「道と宿と」
◆◇◆◇◆
賑やかだった隊商が去った、翌日の朝。
私は社殿の前で、いつものように竹箒を手に取り、掃き掃除をしていた。
二日間の市の間に広場に散らばった乾草の屑や、荷崩れした木箱の欠片、馬の落とし物。掃除の量が、いつもの軽く三倍はある。
サッ、サッ、と一定の間隔で箒を動かしながら、深く考えていた。
この二日間の市で、村に入ってきた金額は凄まじいものだった。これまでペドロ一人との取引で半年かけて稼いだ分を、わずか二日で軽く超えている。竹細工と村の作物だけでこれだ。
もし、ブルーノの漆器にマルタの朱塗りが乗った特産品が完成すれば、その額はさらに跳ね上がり、この辺境の村に落ちる富は桁違いのものになるだろう。
だが、金貨が入ることよりも、はるかに大きな変化があった。
村人たちの顔つきが変わっているのだ。
市の二日間で、彼らは二十年ぶりに「外の世界の人間」と直接、対等にやり取りをした。値段を交渉し、品物を品定めし、自分たちの作ったものが他人の手に渡り、驚きと共に喜ばれる瞬間を目撃した。
ダリオは胡椒の瓶の鮮烈な香りに驚き、ロザは複雑な物流の采配に目覚め、エリオは村の財産目録を預かる記録係としての新しい自分の存在価値を得た。
村が、外に向かって急速に開き始めている。
それは本来、嬉しいことだ。経済が回り、村が豊かになる。
特にロザの変わりようは目覚ましかった。
彼女は昨夜、ペドロたちが去った後の静かな広場で、私とゴルドを前にして熱く語っていた。
「ただの宿を建てるんじゃありません。竹を贅沢に使った、この村にしかできない『迎賓の場』を作るんです。街の商人たちが、高い金貨を払ってでも『あそこに泊まるためにルーテ村へ行こう』と言うような、そんな場所を。…ブルーノさんには、壁一面を飾る特大の竹細工を頼みます。食事はマルタさんが選ぶ最高級の薬草茶と、今回評判になった井戸水。冬でも春のように暖かいこの気候も、立派な売り物になります」
その瞳は、もはや単なる村の主婦のものではなく、巨大な商権を見据える女傑のそれだった。
ゴルドは圧倒されながらも、その夜のうちに村の男たちを招集していた。
「いいか、春までに道を二メートル広げるぞ。馬車が二台、余裕を持って笑いながらすれ違える道だ。そして道ができたら、次はロザの言う通りの宿を建てる。材料の切り出しは今日からだ!」
二十年間、老いさらばえていくだけだった男たちの咆哮が、冬の夜空を震わせていた。
だが、人が来るということは、この村の『秘密』が風に乗る匂いのように外へ広まるということでもある。
竹細工の品質の評判だけなら何の問題もない。だが、「井戸水がやたらと甘くてうまい」「村の空気が異常に清浄だ」「黒漆を塗った変わった巨大な門がある」「白い服を着た得体の知れない男が神様とやらを祀っている」
そういう断片的な情報も、商人の口を通じて、少しずつ、だが確実に外の世界へと漏れ出していくだろう。
ペドロは気を利かせて「余計な詮索をするな」と仲間にきつく釘を刺してくれた。カイルも、ギルドの報告書で私の名前を伏せてくれた。
しかし、人の口に戸は立てられない。カイルが拠点とする南の大商業都市グランヴェルの商人や、ペドロが拠点とする西の自由都市サンテロの耳の早い連中。そして、いずれは王都や、教会の耳に届くのも、もはや時間の問題と考えていた方が良いかもしれない。
竹箒を動かす手が、一瞬だけピタリと止まった。
まあ、考えても仕方がない。
来るものが来た時に、考えればいい。グラキウスもいる。ヴィクトルのような協力者もできた。
私は小さく息を吐き、箒を握り直して広場の掃き掃除を再開した。
温暖な冬の朝。柔らかな陽光が鳥居の黒漆を温かく照らし出し、六柱の神域が、いつものように静かに、完璧な調和をもって村を包み込んでいる。
次にやるべきことは、道普請と宿舎の建設だ。




