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転生神主の日常 〜掃き清めた地が国となるまで〜  作者: 秋澄しえる


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第56話「ペドロの提案」

◆◇◆◇◆


 荷下ろしが一段落した後、ペドロが私とゴルドを広場の隅へ呼んだ。

 マルタも呼ばれていないのに、いつの間にか音もなく横に立っている。この老婆の、商売の匂いを嗅ぎ分ける能力に関しては、どんな優秀な猟犬も敵わない。


「いくつか、街の状況を伝えておきたいことがある」


 ペドロの表情から人当たりの良さが消え、商人のそれになった。頭の中で冷徹に算盤そろばんを弾く目。


「まず、竹細工だ。街で大評判になっている。特にあの漆塗りの水筒と籠は、金を持て余した貴族の間でも話題になっているらしい。『辺境の村で、名もない職人が作っている恐ろしく質の高い逸品がある』という噂が、一人歩きし始めている」

「名もない職人って、ブルーノさんのことですか」

「そうだ。わしは情報源を隠すために名前は伏せているが、作品の異常な質を見れば、分かる人間には一目で分かる。ある貴族の屋敷の執事から、『あの水筒を、言い値でまとめて二十個欲しい』という直接の注文が入っている」


 マルタの目が、鋭く光った。あの目だ。


「二十個。で、単価はいくらまで釣り上げられる」

「前回の倍は軽く取れる。ブルーノのあの狂ったような完璧な仕上げの品であればな」

「倍…ふむ」


 マルタが顎に手を当てて、ぶつぶつと計算を始めた。この老婆が計算を始めると、周囲の空気が微妙にピンと張り詰める。商談の鬼が本格的に起動した音だ。


「ゴルド。単価を上げるなら、もう少し生産を絞って飢餓感を煽った方がいいかもしれないね。大量に出回ると値が下がる。ブルーノ自身の手仕事の分だけを最高級品として高値で売り、ダリオたちの作る普及品は別の値段で出す。二段構えだ」

「…お前はいつからそんな商売上手になったんだ、マルタ」

「昔からだよ。ただ、この村には今まで売るものがなかっただけさ」


 ゴルドの呆れたようなツッコミを軽く流し、ペドロがもう一つ、さらに重要な話を切り出した。


「それと、これが本題だ。他の商人たちが、この村に直接買い付けに来たがっている。わしを通さず、直接村と取引して利益を独占したいという連中が何人もいる」


 ゴルドの太い眉が、ピクリと動いた。


「…何人だ」

「わしが把握しているだけで十人は超える。中には、街の流通を牛耳っている大手の商会の名前もある」


 大手の商会。その言葉に、ゴルドの顔に明らかな緊張が走った。個人商人のペドロとの付き合いは、互いの顔と腹の底が見える関係だ。だが、大手の商会が組織立って入ってくるとなると、話の規模と政治的な重みが全く変わってくる。


「ただし」


 ペドロが声を一段落とした。


「いきなり大勢が押しかけたら、この村は確実に対応できない。二十年間、外部の人間をほとんど受け入れてこなかった閉鎖的な村だ。宿泊場所もない、市場もない、荷馬車がすれ違える道も狭い。大混乱になるのは目に見えている」

「分かっている」

「だから、提案がある。まず、わしが信頼できる仲間を何人か連れてきて、いちの『予行演習』をさせてくれ。六人ほどの個人商人で隊商を組む。全員、わしが事前にこの村の特殊な状況を説明して、余計な詮索をしないと約束した者だけだ。それで実際にここで市を立ててみて、何が足りないか、何を改善すべきかを洗い出す。本格的に大商会が嗅ぎつけて人が集まり始める前に、村の側で受け入れ態勢を整えておくんだ」

「護衛はどうする。商人が六人も荷馬車を連ねて、商品と金貨を持ってこの辺境まで来るのに、丸腰というわけにはいかんだろう」


 後ろから、グラキウスが口を挟んだ。この老兵は、こういう実務的で軍事的な穴を絶対に見逃さない。


「そこは心配いらん。わしの冒険者時代の仲間に声をかけてある。八人ほどの腕利きのパーティだ。カイルとも昔からの知り合いでな。あいつからも『くれぐれもルーテ村をよろしく頼む』と、念押しの伝言を預かっている」

「カイルが」


 ゴルドの目が少し大きくなった。街に帰ったカイルが、はるか遠くからここまで手を回してくれていたのか。


「ああ。カイルは、この村のことを本気で気にかけている。自分が離れている間に、妙な輩が入り込まないよう、信頼できる者を送っておきたいと考えたんだろう。あいつらしい義侠心だ」


 ゴルドが太い腕を組んで、しばらく押し黙った。それから、ちらりと私を見た。


「…ハルさん。どう思う」

「私は商売のことはさっぱりですが、ペドロさんの提案は理にかなっていると思いますよ。いきなり大手が来るよりも、まず少人数で試す方が安全です。それと…」

「それと?」

「ロザさんに相談してみてはどうですか。集会所の管理をしている彼女なら、人の受け入れに関する実務的な判断が的確にできると思います」


 ゴルドが意外そうな顔をした。ロザの名前は、村の実務者としては認識されているが、こういう村の命運を左右する大きな判断の場に呼ばれることは、今まで一度もなかった。


 マルタが大きく頷いた。


「ハルさんの言う通りだね。ロザはうちの辰砂の管理も手伝っているが、段取りの組み方が抜群にうまい。あの子に任せれば、市の受け入れの采配は回ると思うよ」


 ゴルドが短く息を吐き、近くでダリオたちが干している竹を眺めていたロザに声をかけた。


◆◇◆◇◆


 ロザが小走りでやってきて、ペドロの提案を聞いた。


 中年の女性は、最初こそ「私がそんな大役を」と困惑した表情を浮かべていた。だが、ペドロが具体的な数字、商人六人、荷馬車七台、滞在日数は二日から三日を告げた瞬間、その目つきが完全に裏方の実務家のそれに変わった。


「七台の荷馬車を停める場所は、広場の東側の空き地を使えます。ただ、あそこは今ダリオたちが割り竹を干している場所だから、一時的に干場を裏へ移す必要がありますね」

「おい、わしの干場を勝手に…」


 ダリオが慌てて口を挟みかけたが、ロザの冷ややかで鋭い視線一つでぴたりと黙った。この女性は、普段は穏やかだが、仕事の段取りの話になると妙な迫力がある。


「宿泊は、集会所に四人、うちの空き部屋に二人で。食事は、各商人が自分の分を持参してもらうのが基本ですが、村の共有の大きな釜で、温かい芋の汁物くらいは朝晩出せます。水は井戸が二つありますが、荷馬車の馬の分も含めると、朝と夕方にかなり汲み溜めておく必要がありますね。当番を決めましょう」

かわやはどうする」

「今のままでは足りません。臨時に二つ増設する必要があります。工房の裏手の空き地に、目隠しのある簡易のものを作れば…ブルーノさん、お願いできますか」


 工房の奥から、ブルーノの低い声が返ってきた。


「…二日で作れるな」


 ロザの頭の中で、村の空間配置が完璧に把握されているのが分かった。どこに何があり、何が動かせて、何が絶対に動かせないか。彼女は集会所の管理だけでなく、村全体の物理的な構造を熟知している。


 ゴルドが、目を丸くしてロザを見ていた。二十年間、この村で地味に洗濯や炊事の実務をこなしてきた女性が、突然大きな計画を振られて、見事な采配を振るっている。


「…ロザ、おまえ、そんなことできたのか」

「村長。私、ずっと仕切ってましたよ。集会所の清掃割り当てだけでなく、辰砂の在庫管理も、マルタさんの薬草の乾燥場の配置も、全部私が裏で調整しています。ただ、今まで目立つような大きな仕事がなかっただけです」


 マルタが「言った通りだろう」と得意げに鼻を鳴らした。


 もしかしたら…この村はこういう人たちが多いのだろうか。才がありながら、生かす場がなかった人たち。そんなことを思ってしまった。


 ペドロが腕を組んで、感心したように頷く。


「この女性がいれば、市は回るな。…ゴルドの爺さん、いい人材を隠し持っているじゃないか」

「…知らなかった。わしの村に、こんな逸材が埋もれていたとは」

「村長が知らないだけで、村の女たちはたいてい裏で有能なもんだよ」


 マルタの容赦のない一言に、ゴルドはぐうの音も出なかった。

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