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転生神主の日常 〜掃き清めた地が国となるまで〜  作者: 秋澄しえる


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第55話「村の変化と来訪」

◆◇◆◇◆


 年が変わって、村の景色も少しずつ変化を見せていた。


 天と地の六柱の神域は安定し、不可視の結界が村全体をすっぽりと、そして分厚く覆っている。いや、もっと広いかもしれず、もしかしたら交易路まで届いているかもしれない。

 村の共同井戸の水はさらに甘みと冷涼さを増し、誰もが「最近、水が一段とうまくなった」と口にする。温暖なこの地域の冬は元々穏やかだが、日中は陽射しがポカポカと暖かく、風邪を引いて寝込む者は一人もいない。子供たちは元気に広場を走り回り、年寄りたちは「冬なのに膝の関節が痛まない」と顔を見合わせて喜んでいる。


 竹は、相変わらず「行儀よく」生えていた。


 あの物理法則を無視した暴走的な増殖は完全に鳴りを潜め、工房の材料として必要な分だけが、まるで測ったように適度に育つ。ゴルドは毎朝欠かさず竹林を確認しに行っては、「今日も大人しいな」と安心するような、物足りないような複雑な顔をして戻ってくる。あの朝の盛大な怒鳴り声が聞こえなくなったことに、村人たちは心なしか少し寂しがっているようだった。


 グラキウスの左腕は、もはや完全に回復していた。


 両手で太い丸太を軽々と抱え上げ、両手で大鍋を持ち、両手で重い斧を振り下ろして薪を割る。


 ただし、薪割りの精度は相変わらず絶望的に壊滅的だった。


「おおっと」


 パーン! という乾いた音と共に、グラキウスが割った薪の片割れが、ありえない放物線を描いて宙を飛んだ。

 薪は広場の端で休憩していたダリオの足元に落下し、綺麗に広げられていた弁当の籠を直撃した。干し肉と炒めた豆が、盛大に宙を舞って土の上に散らばる。


「グラキウスさん! せめて、せめて反対方向に飛ばしてくださいよ!」


 ダリオが泥まみれになった豆を拾い集めながら、涙目で訴える。


「方向は天に任せておる」


 白い髭の老兵が、斧を肩に担いだまま大真面目な顔で答えた。…天に任せないでほしい。


 工房は、そのダリオを筆頭に若い衆三人が交代で回し、ブルーノが最終的な品質管理を厳格に行う体制が完全に定着していた。生産量は落ちることなく安定し、質の高い籠や水筒の在庫が倉庫にうず高く積み上がっている。ペドロが前回持ちきれなかった分と合わせると、かなりの量だ。


 学問所も順調だった。


 週三回の定期開催で、子供七人と、大人五人が通っている。大人の生徒が増えたのは、ペドロとの取引を通じて「数字を読み書きできないと、代金の計算で圧倒的に不利になる」と痛感した者が自発的に申し出てきたからだ。


 マルタの竹鞭の指導は健在で、大人の生徒たちは「マルタ先生の当番の日は地獄だ」と、半ば冗談、半ば本気で震え上がりながら木板に向かっている。


◆◇◆◇◆


 年明けから半月ほど経った、穏やかに晴れた昼下がりのことだった。

 古い交易路の方角から、聞き慣れた荷馬車の重い車輪の軋む音が近づいてきた。


 ペドロだ。年明け最初の、待ちに待った買い付け。


 広場に乗り入れた荷馬車は、いつもより荷台が深く沈み込んでいた。

 ペドロが御者台から軽々と飛び降り、日に焼けた顔でにかっと笑う。


 四十がらみの痩せぎすな体つきだが、その身のこなしは極めてしなやかだ。外套の下のふくらはぎ、その両脇には、隠されるように二振りの小剣がさしてあった。

 柄頭が独特なリング状になったその武器は、彼がその気になれば、正面に対峙していてもいつ抜いたか分からないほどの神速でその手に握られる。商人に転じる前の長い年月を、優秀な冒険者として修羅場を潜り抜けてきた男の、文字通り隠し持った牙だった。


「よう、ゴルドの爺さん。明けましておめでとう。…ハルさん、この挨拶で合っているかな」

「ペドロまでそれを言うのか。あの言葉はもう、取り返しがつかんな」


 ゴルドが渋い顔をしたが、その口元は嬉しそうに緩んでいた。


「前回来た時に、ハルさんと世間話をしていてな。その時に教えてもらったんだ。新しい年を祝う、良い言葉だと思ってね」


 ペドロはそう言って、荷台から次々と品物を下ろし始めた。丈夫な綿の反物、鍛冶屋に特注した新しいくわの刃、マルタがわざわざ指定した遠方の薬草の種、そして、子供たちのための蝋板ろうばんの束と鉄筆てっぴつ


 リーナが荷馬車の周りを兎のように跳ね回っている。


「ペドロさん、文字を書くやつ、ある!?」

「あるぞ。ハルさんの学問所用だろう。浅い木の枠に蜜蝋みつろうを流し込んで固めた特製品を、一束持ってきた。それと、先を少し丸く削った子供用の鉄筆もな。書いた文字は、筆の後ろの平らな部分でこすれば消えて、何度でも使える」

「やったー! これで、地面の泥じゃなくて、ずっと練習できるんだ!」


 蝋板と鉄筆。


 紙とインクはこの村の大人たちも仕事で使っているが、高価で消耗も早いため、子供の文字の練習にはとうてい使えない。書いては消してを無限に繰り返せる蝋板は、この辺境の教育環境においては最も理にかなった、最高の文房具だった。


 学問所の生徒たちは、これでようやく文字を「形」として確かめながら反復練習する段階へと進むことができるのだった。

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