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転生神主の日常 〜掃き清めた地が国となるまで〜  作者: 秋澄しえる


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第54話「新しい年の始まり」

◆◇◆◇◆


 ルーテ村に、新しい年が明けた。


 その朝、広場に集まった村人たちは、誰も見たことのない奇妙で、しかしどこか厳かな光景を前にして、一様に足を止めた。


 漆黒の鳥居に、しめ縄が張られていたのだ。


 正確には、しめ縄に似た何か、だ。


 本来の神事であれば真新しい稲藁いなわらを使うところだが、麦と芋が主食のこの村にそんなものは存在しない。そこで代わりに選んだのが、神域の清浄な気を受けて育った若竹だった。


 ブルーノの協力を得て、強靭な竹の繊維を細く引き出し、それを束ねて丁寧にり上げた特製の太い縄。まだ青みを残した竹の色が、冬の朝日を受けて白銀色に輝いている。


 そこに、瑞々しいさかきの小枝と、私が白い紙から切り出した幾何学的な『ぬさ』が等間隔にぶら下がっていた。漆黒の鳥居の左右の柱を繋ぐように渡されたそれは、冬の澄み切った北風に吹かれ、紙の端がパサパサと乾いた音を立てて揺れている。


「ハルさんよ。あの巨大な蛇のような縄は何だ。家畜を繋ぐロープなら、ダリオがいくらでも持っとるだろうに」


 ゴルドが真っ先に、太い腕を組んでやってきた。防寒具に身を包み、怪訝な目で鳥居を見上げている。


「年始の飾りです。新しい年の始まりを祝い、神域をさらに清める意味があります。神様をお迎えするものですから、泥や獣の匂いが染み付いた使い古しのロープではいけないんです。この村で一番清浄な、真新しい竹を使いました」

「年始の飾り、ねえ。ソル・デウス様の教えには、そんな派手な風習はないが」

「私の故郷の風習です。まあ、ただの縁起物だとでも思って、気にしないでいただければ」

「気にするなと言われても、あんな白い紙切れが揺れていれば、嫌でも目に入る」


 ゴルドはぶつぶつとぼやきながらも、その場から立ち去ろうとはしなかった。

 鳥居の近くには、いつの間にか三十人ほどの村人たちが集まってきており、皆が頭上のしめ縄と、白衣の神主を物珍しそうに見つめていた。村を預かる長としては、ここで何が行われるのかを最後まで見届ける必要があるのだろう。


「せっかく皆さんに集まっていただいたので、年始のご挨拶をさせてください」

「挨拶? それはあんたの故郷の何とかか」

「ええ。年始の祝詞です。難しいことではないので、少しだけお付き合いいただければ」


 私は鳥居の前に立ち直り、集まった村人たちに向かって、深く二礼二拍手一礼を行った。澄んだ柏手かしわでの音が、朝の空気に高く響く。

 それから、低い声で祝詞を唱え始めた。新年を言祝ことほぐ言葉。この土地の平穏を祈る言葉。人々の健やかな暮らしを願う言葉。


 万葉仮名の古い発音など、村人たちは一言も理解できないはず。だが、皆一様に神妙な顔をして聞き入っている。

 隣では、リーナが小さな両手を胸の前で合わせ、ぎゅっと目を閉じていた。後で何を祈っていたのか聞いたら、「今年もハルさんが元気で竹を切れますように」などと答えるのだろう。


 祝詞を終え、もう一度、二礼二拍手一礼。


「…以上です。本年も、よろしくお願いいたします」


 私が頭を下げると、村人たちの中からぱらぱらと拍手が起こり、それが波のように広がって広場を包んだ。

 何が行われたのか正確には分かっていないが、「ハルさんが何か神聖なことをやった。たぶん村にとって良いことだろう」という、曖昧だが途方もなく温かい信頼だけで成り立っている拍手だった。


 マルタが薬草の入った籠を抱えながら、満足そうに頷く。


「あけましておめでとう、ハルさん。今年もよろしく頼むよ」


 この老婆は、自分に実害がない限り、未知の行事の意味など問わずに丸ごと受け入れてくれる。


 ゴルドが、太い指でガリガリと額を掻いた。


「…あけましておめでとう」


 ひどくぎこちない、呟くような声。言い慣れない言葉に対する照れが滲み出ている。だが、村長として皆の前でこの言葉を発してしまった以上、もう取り消せない。来年もまたこの挨拶を強いられることになるという未来を、この不器用な男はまだ知らない。

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