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転生神主の日常 〜掃き清めた地が国となるまで〜  作者: 秋澄しえる


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第53話「まだ見ぬ神々」

◆◇◆◇◆


 帰村から五日目の朝。カイルたちが出発の準備を始めた。


 ギルドへの正式な事後報告と、パーティの本拠地である街への帰還。ここから街までは、徒歩で半月ほどかかる長い旅になる。


 広場で背嚢のベルトを締めているカイルに、そっと声をかけた。


「カイルさん。報告書には、どう書かれますか」


 カイルが手を止め、私をまっすぐに見据える。


「…事実だけだ。森の穢れの源を特定し、浄化を行った。穢れは消失し、森は現在急速に回復しつつある。魔物の活動は激減した。以上、調査任務は完了」

「私のことは」

「直接は書かない。これまでと同じだ。だが…」


 カイルが言葉を選ぶように、重く、少しだけ間を置いた。


「辺境の森の巨大な穢れが、短期間で突然消えた、という報告は、それだけでギルドにとっては異常事態だ。上層部も放っておかないだろうし、必ず教会の耳にも入る。そうなれば『一体何が起きたのか、詳細を調べろ』ということになるのは目に見えている。調査隊の追加派遣か、巡回司祭か…誰かがこの村に直接来る可能性は、極めて高い」

「…でしょうね」

「すまん。報告しないわけにはいかない。ギルドの調査任務で来ている以上、結果を報告する義務がある」

「分かっています。冒険者が嘘の報告を出す方が、あなた方の立場にとってよほど問題ですから。気にしないでください」


 カイルが、苦く痛みを堪えるような表情のまま、私の手を強く握った。


「…ハルさん。もし何かあったら、誰かがこの村に牙を剥いたら、すぐに知らせてくれ。何日かかろうと、飛んで来る」

「ありがとうございます。でも、まあ、何とかなりますよ。これまでも何とかなってきましたから」

「何とかなってきたんじゃなくて、あんたが何とかしてきたんだろうが」

「さて、どうでしょうね」


 カイルが呆れたように、ふっと笑みをこぼした。


 セラが無言で小さく右手を上げた。

 ヨルンが眼鏡の位置を直し、丁寧で深い一礼をする。

 ピートが最後に駆け寄ってきて、念を押すように叫ぶ。


「ハルさん! 次こそは、弓の撃ち方を教えてくださいね! 絶対ですよ!」

「次こそは、ですね。約束します」

「やった! 絶対ですからね!」


 四人が身を翻し、古い交易路を歩き出す。

 冬の朝の澄んだ陽光が、彼らの背中を黄金色に照らしている。カイルが一度だけ立ち止まって振り返り、こちらに向かって力強く拳を上げた。私も同じように拳を上げて返した。


 四つの頼もしい背中が、交易路の向こうに小さく消えていく。


◆◇◆◇◆


 カイルたちが去った後、私は社殿の前で、板壁に並んだ六枚の御札を静かに眺めていた。


 天の五柱と、地の一柱。


 六枚の御名が並んだ神座を、午後の柔らかい陽光が斜めに照らしている。


 ふと、考えた。


 この大陸は、とてつもなく広い。


 ソル・デウス教という単一の信仰が力で広まる前、各地に豊かな土着の信仰があったはずだ。それらは全て、本当に歴史から途絶えてしまったのだろうか。

 布可母利久爾多摩命のように、人々から忘れ去られ、深い悲嘆の中で穢れに堕ちた神が、世界のどこかに他にもいるのではないか。


 足を踏み入れたことのない山の奥に。

 誰も見向きもしない川の底に。

 教会の手で破壊された古い遺跡の下に。

 名前を失い、祈りを失い、果てしない時間の中で嘆いている神が。


 …考えすぎか。


 今はまだ、このルーテ村のことで手一杯だ。竹細工の工房を回し、学問所で文字を教え、六柱の神域を維持し、グラキウスの毎日の薬湯を手配し、ゴルドの怒鳴り声に付き合い、リーナの突拍子もない文字の間違いを直す。それだけで、私の毎日は十分に埋まる。


 だが、頭の片隅に、その問いが小さな、しかし決して消えない種として残った。


 もし、他にもいるのだとしたら——。


 その問いに答えを出すのは、まだずっと先の話だ。

 今は、掃除をしよう。


 私は竹箒を手に取り、境内の落ち葉を掃き始めた。

 サッ、サッ、と一定の、心地よいリズムで。六柱の大神の御札が見守る、完全に調和した空気の中で。


◆◇◆◇◆


 その頃。


 ルーテ村から遥か西、半月ほどの距離を隔てた大きな街の冒険者ギルド。


 喧騒に包まれた受付の窓口で、カイルが一通の報告書を提出した。


 羊皮紙に、彼の几帳面で整った字で書かれた調査結果報告。


 ルーテ村周辺の森の穢れが完全に消失したこと。魔物の活動が激減したこと。森が急速に回復しつつあること。


 受付の女性職員が報告書を受け取り、淡々と目を通す。ページをめくる手が、途中でピタリと止まった。


「…カイルさん。魔の森の瘴気の源が浄化された、とありますが。これは、一体どういう手段で?」

「現地の協力者によるものだ」

「協力者の名前は」

「書いていない」


 受付の女性は少しだけ怪訝そうに首を傾げたが、それ以上は追及しなかった。報告書の様式自体に不備はない。冒険者が、危険を伴う特定の協力者の情報を伏せること自体は、ギルドの規則上珍しいことではない。


「分かりました。正式に受理します。…あ、それと、カイルさん」

「何だ」

「この報告書、異常な魔物の活動減衰と瘴気消失に関する内容を含んでいますので、定例の情報共有規則に基づき、教会にも情報を共有させていただきますね」


 ひどく事務的な声だった。

 日常業務の、ごく当たり前の一環。この窓口で何百回、何千回と繰り返されてきた、何の感情も伴わない決まりきった手続き。


 カイルの表情が、一瞬だけ硬く凍りついた。


「…ああ」


 それだけ短く答えて、カイルは早足でギルドの窓口を離れた。


 報告書の写しが、教会の書類の山に加わる。


 それが誰の目に留まり、どのような判断を生むのか。


 一介の冒険者に過ぎないカイルにはわからなかった。

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