第44話「死の森」
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四日目。森が完全に死に絶えようとしていた。
生きている木と死んでいる木の割合が、完全に逆転している。立ち枯れた巨木が骸のように林立し、中空になった黒い幹が風を受けて低く不気味な音で唸る。地面を厚く覆う落ち葉はすべて灰白色に変色し、踏みしめるたびに、乾ききった古い骨を砕くようなパキッ、パキッという無機質な音を立てた。
空気に紫がかった靄が漂い始めている。目には辛うじて見える程度だが、呼吸がひどく重い。カイルは外套の布で口と鼻をきつく覆い、グラキウスは深く顔をしかめて浅い呼吸を繰り返している。三日間の過酷な行軍による肉体的な疲労に、目に見えない瘴気の重圧がのしかかり、三人の足取りは明らかに鈍くなっていた。
だが、波動はさらに強くなっている。
昨夜から肌の表面を粟立たせていた低く重い震えが、歩みを進めるごとに鮮明さを増していく。もはや方角と距離を測るだけの単なる気配ではない。はっきりと質が読み取れるようになっていた。
この波動は…感情だ。
穢れの底から、地の底から、途方もなく深い場所から這い上がってくる、巨大で濃密な感情の塊。
怒りではない。悪意でもない。
もっと根源的で、逃れようのない何か。
昼頃、運良く岩の割れ目から染み出す細い清水を見つけた。穢れの匂いがしないことを確認し、竹の水筒を満たす。これで帰路の水の心配は薄まった。
カイルが周囲の木に鉈で目印の傷を刻み込む。
「帰りにも寄る。この水場は貴重だ」
午後。倒壊した大木が折り重なって行く手を完全に塞いでいる場所に出くわした。迂回するか、乗り越えるか。カイルが倒木の上に登り、向こう側を確認して振り返る。
「越えられる。向こう側に降りるのに、ロープが要る」
グラキウスが無言で背嚢からロープを解き、倒木の太い突起に結びつけて向こう側へ垂らした。カイルが先に身を翻して降り、私が続き、グラキウスが最後にロープを器用に回収しながら降り立つ。この連携に、言葉はもうほとんど必要なかった。
倒木の壁を越えた先の光景は、地獄のようだった。
地面に動物の死骸が無数に散乱している。鹿、狐、兎、鳥。白い骨だけになったもの、まだ肉が残ったもの、そして異なる種の特徴が不自然に混ざったもの。
狐の体に鷲の翼が生えかけた死骸。鹿の角が蛇のように曲がって生えた頭骨。穢れの力で無理やり変容させられ、その激痛の過程で命が尽きた者たちの残骸。
カイルが一つの死骸の前で立ち止まる。
「村を襲ってきたというキマイラ…好き好んでこうなったわけじゃない、とあんたは言ったな。穢れの奔流に巻き込まれて、意思とは無関係に変えられた、と」
「そう感じています」
カイルは死骸から目を逸らさず、しばらく押し黙った。それから、静かに顔を上げて再び歩き出す。
グラキウスは何も口にしなかった。だが、その横顔に浮かぶ表情が、三日前とは明確に違っていた。悲痛。そう呼ぶのが最も近い色だった。
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四日目の野営。
立ち枯れた大木の根元の洞に身を寄せ、かろうじて起こした焚き火を囲む。炎の明かりが届く範囲は小さく、その外側に果てしない絶対的な闇が広がっている。鳥も虫も声を上げない。沈黙だけが、重く、冷たく、森を満たしていた。
カイルが火の粉を見つめている。
「…明日で五日目だ。期限まで、あと一日」
「波動が格段に強くなっています。明日中に届くと思います」
「思います、では困る。届かなければ引き返すぞ。約束だ」
「分かっています。でも…」
「でも?」
「波動の質が、はっきりしてきました。これは…悲しみです。穢れの奥底に、途方もなく深い悲しみがある。怒りでも悪意でもない。忘れられたことへの…嘆き」
パチッ、と焚き火が爆ぜた。
「嘆き? 穢れの源が、嘆いているのか」
「ええ。それが穢れの正体だと…今は確信に近い。ここにいるものは敵ではない。苦しんでいるだけなんです」
カイルがゆっくりと目を閉じた。冒険者としての冷徹な常識と、目の前の神主が口にする確信との間で、何か重大な決断を下そうとしている顔だ。
「…分かった。明日、辿り着いたら、あんたの判断に任せる。排除するか、別の方法を取るか。あんたが一番よく分かっているんだろうから」
「ありがとうございます」
グラキウスは何も言わない。毛布に深くくるまり、焚き火の向こう側の闇を見つめている。組まれた腕の、左手の指先が、微かに震えていた。




