第41話「森へ」
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探索行の準備には、三日を費やした。
仕切ったのはカイルだった。会議の翌朝、ゴルドの家の板間に羊皮紙を広げ、木炭の先で粗い周辺図をガリガリと描きながら方針を示す。
「まず前提を共有する。目的地が分からない。場所も距離も不明。ハルさんが穢れの流れを頼りに方角を探りながら進むことになるが、森には道がない。獣道すら期待できない本物の森だ。倒木、蔓、岩場、急斜面、沢。障害は無限にある。一日に進める距離は良くて三キロから五キロ。天候や地形に阻まれれば、一キロも進めない日が出てくるだろう」
カイルの引く木炭の黒い矢印が、白紙の森の領域を深くえぐる。
「食料と水は二週間分を用意する。片道六日を行程の限度とし、六日進んで目的のものに辿り着かなくても一旦引き返す。帰りも同じだけかかると見積もって、残り二日分は予備。怪我人が出た場合の余裕だ。余裕を持ってこその行程。これは絶対に崩さない」
グラキウスが、白い髭の生えた顎を撫でる。
「三人分の二週間。干し肉、硬パン、干し果物、塩。水は初日は持参するとして、二日目以降は沢や湧き水を現地で調達するしかあるまい。ただし…」
「穢れに汚染された水は使えません」
二人の顔を交互に見据える。
「穢れた水は匂いと肌触りが変わります。私が確認してから汲みましょう。ここの湧き水を竹の水筒に詰めていきますが、禊専用で三本。飲料水とは別です」
「禊? 清めの水まで持参するのか」
「穢れの濃い場所に長くいると、体に穢れが蓄積します。放っておくと判断力が鈍り、体が鉛のように重くなる。定期的に手と顔だけでも清めないと、五日も持ちません」
カイルが一瞬だけ呆れたような顔をするが、すぐに真顔に戻った。この神主の装備や考え方が他の冒険者の常識と根本的に異なることには、もうすっかり慣れたのだろう。
「分かった。清水は別枠で確保する。他の装備を確認するぞ。毛布は一人一枚、油布は防水と風除けに二枚、火打ち道具一式、鉈は二本、ロープは三十メートルを二束。急な崖や沢の渡渉で必要になる。あの規模の森なら、地形が予告なく変わる場所がいくらでもあるはずだ」
ゴルドが太い腕を組んで、重い息を吐く。
「大がかりだな。ちょっとした行軍だ」
「実質そうです。装備の不足は、森の中では死に直結する」
広場の方から、シュッ、シュッと刃物を砥石で滑らせる鋭い音が響く。ブルーノの声が飛んできた。
「鉈の予備がある。研ぎ直しておく」
マルタが独特の匂いを放つ薬草の包みを三つ、テーブルの上にドンと置く。
「傷薬、腹痛止め、解毒。森の毒虫に刺されたら迷わず塗りな」
ダリオが広場の向こうから駆けてくる。
「ロープなら、放牧用の丈夫なやつがありますよ!」
ロザが、大きな布に干し肉と硬パンの束をてきぱきと包み込んでいる。
村全体が、この探索行を支えようとしている。その事実が、冬の朝の空気の中で、胸の奥にじんわりと温かく沁みた。
私の戦闘装備は、梓弓、矢筒、小狐丸、そして筆入れ。白衣に紫袴、襷がけ。神主の正装が、私にとってはそのまま、戦の装束でもある。
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準備を終えた三日目の早朝。
まだ星の残る藍色の薄闇の中、三人は村を発った。
それぞれの背に、はち切れんばかりに膨らんだ革の背嚢。カイルが食料の大半と野営道具を担ぎ、グラキウスがロープと鉈と毛布を、私が他の細々としたものを負った。
どの背嚢も相当な重さだ。歩き出した瞬間から、革の肩紐が容赦なく肉に食い込む。これを背負ったまま、道のない森を歩き続けるのだ。
見送りは思いのほか大勢だった。
ゴルドとリーナはもちろん、ダリオ、ロザ、マルタ、それに工房で働く若い男衆までが、吐く息を白くしながら広場に並んでいる。まだ夜明け前だというのに。
ゴルドが、岩のように太くごつごつした手で握手を求めてくる。
「無事に帰ってこい。あんたがいなくなったら、竹を切る者がおらん」
「竹のためですか」
「竹のためだ。…あと、リーナのためでもある」
ゴルドが照れ隠しのように視線を逸らす。その先で、リーナが鳥居の前に立って、じっとこちらを見つめていた。大きな瞳の縁が、微かに赤い。
「…行ってきます」
リーナの目の高さにしゃがみ込む。
「うん。絶対帰ってきてね」
「帰ってきますよ」
「…掃除のため、とか言ったら」
「リーナのために帰ってきますよ」
小さく笑いかけ、冷たい指先でリーナの頭を一度だけ撫でる。
三人は鳥居をくぐり、古い交易路を外れ、森へ向かう獣道に踏み入った。




