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転生神主の日常 〜掃き清めた地が国となるまで〜  作者: 秋澄しえる


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第40話「帰れる場所」

◆◇◆◇◆


 会議が終わり、それぞれが明日の準備のために散った。


 カイルのパーティが滞在するための場所を、村の空き家の一つに用意する手配をゴルドが進めている。

 今回は、ロザという中年の女性が管理する、村の集会所を使うことになった。ロザはマルタの辰砂採取を手伝っている実務家肌の女性で、客人の世話を任されると、てきぱきと寝床と食事の手配を済ませていく。


「カイルさんたち、毛布は足りますか。足りなければうちにも予備がありますから」

「ありがとう。十分だ。…この村は、来るたびに人が増えている気がするな」

「増えてはいませんよ。みんな前からいたんです。ただ、前は家に籠もりがちだっただけで。最近は竹細工の仕事があるから、外に出る人が多いんです」


 ロザが誇らしげに笑った。


 確かに、竹細工の量産が始まってから、村人たちが広場に出てくる頻度が格段に上がっている。以前は朝夕の水汲みくらいしか外に出なかった老人たちが、漆の下地作りに参加している。牧畜を本業とする男たちも、合間の時間に竹を割く手伝いをしている。


 村全体が、一つの大きな生き物のように躍動している。その変化の熱が、冬の冷たい空気を確かに押し返していた。


 私は社殿に戻り、明日の準備を始めた。


 今回、遠間から攻撃できるのは私だけ。矢は多めに持っていった方がいい。あとは、状況に応じて使うための符を準備する。


 だいたいの準備が終わったところで、五柱の御札の前に正座し、背筋を伸ばして深く頭を下げた。


「五柱の大神様。明日、森の奥に参ります。あの穢れの源に何があるのか、この目で確かめて参ります。どうか、お力添えを」


 祈りを終えて立ち上がると、社殿の戸口に小さな影が立っていた。


「ハルさん。明日、森に行くんでしょ」


 リーナだった。


「…聞いてましたか」

「壁が薄いから、おじいちゃんの家から全部聞こえた」

「そうですか」


 ゴルドの家の窓の下で聞き耳を立てていたのだろう。だが、私はあえて追及しなかった。


「危なくない?」

「カイルさんとグラキウスさんが一緒ですから、大丈夫ですよ」

「…前も、そう言ってたよね」


 ごまかしは利かない。この子は、こういう時は妙に聡い。


「今回は、三人で行きます。しかも、戦いに行くわけじゃない。確かめに行くだけです」

「確かめて、どうするの?」

「…それは、確かめてから考えます」


 リーナの顔がほころんだ。


「ハルさんらしい答えだね」


 だがすぐに、その小さな顔から笑みが消え、まっすぐな瞳が私を射抜いた。


「絶対に帰ってきてね」

「帰ってきますよ。掃除が残ってますから」

「掃除のため!?」

「冗談です。リーナのためにも帰ってきます」


 リーナは大きく頷いた。


「…うん。待ってる」


 足音を立てて走り去っていく小さな背中を見送った後、私は板の間に腰を下ろし、冷たい床の感触を確かめた。


 明日、森の奥に踏み込む。


 穢れの源に何があるのか、私にもまだ分からない。だが、あの「嘆き」の正体を確かめなければ、この村の未来はない。穢れの浸食は止まらず、いずれ結界の壁を越えてくる。


 カイルとグラキウスが一緒だ。二人とも、背中を任せられる人だ。


 そして、村にはセラたちとゴルドとマルタとブルーノがいる。リーナがいる。日々の暮らしを営む村人たちがいる。


 大丈夫だ。


 たぶん、おそらく、きっと。


◆◇◆◇◆


 広場の篝火かがりびが、パチッと音を立てて夜の闇を押し返している。

 その赤い灯りのそばで、カイルとグラキウスが並んで座っていた。


 二人の間に酒はない。ロザが淹れてくれた湯気を立てる薬草の茶の木杯を手に、周囲に聞こえないほどの低い声で言葉を交わしている。


「カイル殿。明日の道中だが、森に入ってからの隊列はどう考えている」

「先頭に俺、中央にハルさん、殿しんがりにあんた。ハルさんが穢れの流れを読んで方角を指示する。俺が前方の脅威を排除し、あんたが背後を守る」

「良い配置だ。ただ、殿は少し変えたい。わしが殿だと、後方の視界は確保できるが、横からの奇襲に対応が遅れる。わしは中央の右手にいた方がいい。左腕は動くようになったが、左側の反応はまだ万全とは言えん。右手に剣を持つ以上、右側に立つ方が即応できる」

「…なるほど。では、直線的な隊列ではなく、三角形を崩したような隊列にしよう。先頭の俺が道幅を広げればいい。時間は多少かかるが、その方が不測の事態にも対応しやすい」

 グラキウスは、顎に手をあてて、森の中での隊列を想像した。

「…確かに。それだと直線で進むよりは、対処はしやすいな。それでいこう」


 二人の会話を、私は社殿の前の暗がりから静かに眺めていた。

 声の細部は届かないが、身振りや間の取り方から、二人の気が穏やかに、しかし刃を合わせるように隙なく交わっているのが分かった。


 Aランクの冒険者と、老剣士が、翌朝の作戦を緻密に練り上げている。


 頼もしい。心から、そう思った。


 以前、こういう仲間はいなかった。


 春日社の禰宜ねぎとして、私は一人で多くのことをこなしてきた。武術も、祭祀も、政治的な根回しも。有能な同僚はいたが、自分の命を預け、共に死地に赴く「背中を任せられる相手」はいなかった。

 業火に包まれた焼討の夜、私は一人で戦い、一人で倒れた。


 今は、違う。


 明日、三人で森に入る。


 リーナが言った言葉が、胸の奥で温かく反響している。


『絶対に帰ってきてね』


 帰る場所があるということが、どれほど人間の魂を強くするか。

 それを、今の私は知っている。


 冷たい夜風が吹き抜けたが、不思議と寒さは感じなかった。

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