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転生神主の日常 〜掃き清めた地が国となるまで〜  作者: 秋澄しえる


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第39話「穢れの源」

◆◇◆◇◆


 日が傾き始めた頃、ゴルドの家の板の間に主要な面々が集まった。


 ゴルド、私、カイル、グラキウス。

 リーナは粘ったものの、ゴルドに外へ追い出された。マルタは自宅で薬草の仕分け中だが、後で詳細を伝えるようにと言い残している。

 暖炉に火は入っていないが、大人四人が車座になると、部屋の空気が少しだけ濃密に感じられた。


 カイルが姿勢を正し、静かに切り出した。


「ハルさん。俺たちが街に戻ってから、ギルドに報告を上げた。この辺りの魔物の異常な減少と、森の奥の穢れの活性化について。ギルドは調査の正式許可を出した。俺たちがその調査隊を兼ねている」

「そうでしたか。…報告書には、どこまで書かれましたか」


 カイルの目に、苦く重い光が宿った。


「事実だけだ。魔物の活動状況、穢れの分布、オーガの異常個体。あんたのことは直接は書いていない。だが…村の周辺だけ魔物が全くいないという異常は、報告書を読めば誰でも気づく」


 報告義務と、私を厄介事から守りたいという個人的な感情。その板挟みになっているのが、口調から痛いほど伝わってくる。


「気にしないでください。事実を書くのは当然のことです。嘘の報告を出す方がよほど問題ですから」

「…すまん」

「謝ることではないですよ。それより、カイルさん。前回いらした後に、一つ大きな出来事がありました」


 私は、あの午後のキマイラの襲来について話した。


 三つの頭を持つ巨大な魔獣が村の入り口に迫ったこと。グラキウスが剣一本で、たった三閃のうちに仕留めたこと。

 そしてその個体が、穢れによって異なる獣を無理やり繋ぎ合わされた、自然界ではありえない人工的な存在だったこと。


 カイルの顔から、一切の表情が消えた。


「キマイラだと。こんな辺境に?」

「ええ。しかも、穢れの濃度が異常でした。森の奥の穢れに侵されて、異なる獣が融合させられたものです」

「グラキウスが一人で仕留めた、と」


 カイルの鋭い視線が、壁にもたれて腕を組んでいるグラキウスに向いた。


「三振りで三つの首を落としたそうだが」

「まあ、ちょうど良い位置に首があったのでな。運が良かっただけだ」

「運だと?運だけでは無理だろう。…あんた、何者だ」

「…何度も聞かれるが、元旅人の居候だよ」


 カイルはそれ以上追及しなかった。

 詮索は無用。ルーテ村の暗黙の流儀を、彼ももう十分に理解している。


「…話を戻す。ハルさん、森の奥の穢れについて、何か新しく分かったことはあるか」

「あります。キマイラの件もそうですが、この一ヶ月、グラキウスさんと一緒に何度か森の縁を歩きました。穢れの方向性は以前よりさらに明確になっていて、森の奥から村に向かって、少しずつ、だが確実に浸食が進んでいます。そして…」


 私は一度言葉を切り、膝の上の自分の手を見た。


「穢れの中心に近づくと、怒りや悪意ではなく、もっと別のものを感じるんです。悲しみに近い。何かが嘆いている。長い間、孤独に、忘れ去られたことを嘆いているような」


 カイルが眉間を深く刻んだ。


「悲しみ? 穢れが感情を持つのか」

「穢れそのものが、ではなく、穢れの源にいるものが。まだ確証はありませんが、あれはただの瘴気の塊ではない。あの奥に、何かがいる」


 部屋に重い沈黙が落ちた。


 グラキウスが静かに口を開いた。


「カイル殿。ハル殿の話を疑う余地はない。わしもあの森の空気を読んだ。瘴気の広がり方は自然のものではなく、何らかの意志が介在している。だが、わしの鼻では、その奥にあるものの正体までは分からん。ハル殿にしか感じ取れない領域だ」

「…確かめに行く必要があるな」


 カイルが膝の上で両手を組んだ。


「俺たちの調査任務の範囲内だ。森の奥の穢れの源を特定し、可能であれば排除する。それがギルドからの依頼だ」

「排除、という言葉は少し待ってください」


 私の声に、カイルが目を向けた。


「まだ正体が分からない段階で、排除を前提にするのは早いと思います。もし私が感じている通り、あの穢れの源が『嘆いている存在』なのだとしたら、力で叩き潰すのは正しい対処ではないかもしれない」

「では、どうする」

「まず、確かめに行きたい。森の奥まで。あの穢れの中心に何があるのかを、この目で見て、この肌で感じ取りたい。その上で、どうするかを判断させてください」


 カイルはしばらく私の顔を見つめていた。瞳の奥で、冒険者としての合理性と、私への信頼が天秤にかけられている。

 やがて、小さく、だが力強く頷いた。


「…分かった。あんたの勘は信じる。護衛には俺たちがつく。一人で行かせるつもりはない」

「ありがとうございます」


 壁際から、衣擦れの音がした。グラキウスが背を起こしている。


「わしも行く。森の地形は何度か歩いて頭に入っている。役に立てるはずだ」


 カイルの視線が、グラキウスの腰の長剣、その白翼の柄に注がれた。


「…あんたの剣があれば、確かに心強い。だが、村の守りはどうする。俺たち全員が森に入ったら、村が無防備になる」

「セラとヨルンとピートが残ればいい。わしとカイル殿がハル殿の護衛につく。三人もいれば、村の守りは十分だろう」


 カイルが背後のセラの方を振り向いた。セラが無言で、小さく顎を引いて了承を示す。


「…決まりだな。明日の朝、出発する。ハルさん、準備は何が要る」

「掃除道具と、符の材料と、祝詞を唱えるための静寂です」

「…掃除道具?」

「冗談です。符の材料だけで大丈夫です」

「冗談に聞こえなかったんだが」


 半分は本気だったが、私は静かに微笑むだけにとどめた。

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