第39話「穢れの源」
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日が傾き始めた頃、ゴルドの家の板の間に主要な面々が集まった。
ゴルド、私、カイル、グラキウス。
リーナは粘ったものの、ゴルドに外へ追い出された。マルタは自宅で薬草の仕分け中だが、後で詳細を伝えるようにと言い残している。
暖炉に火は入っていないが、大人四人が車座になると、部屋の空気が少しだけ濃密に感じられた。
カイルが姿勢を正し、静かに切り出した。
「ハルさん。俺たちが街に戻ってから、ギルドに報告を上げた。この辺りの魔物の異常な減少と、森の奥の穢れの活性化について。ギルドは調査の正式許可を出した。俺たちがその調査隊を兼ねている」
「そうでしたか。…報告書には、どこまで書かれましたか」
カイルの目に、苦く重い光が宿った。
「事実だけだ。魔物の活動状況、穢れの分布、オーガの異常個体。あんたのことは直接は書いていない。だが…村の周辺だけ魔物が全くいないという異常は、報告書を読めば誰でも気づく」
報告義務と、私を厄介事から守りたいという個人的な感情。その板挟みになっているのが、口調から痛いほど伝わってくる。
「気にしないでください。事実を書くのは当然のことです。嘘の報告を出す方がよほど問題ですから」
「…すまん」
「謝ることではないですよ。それより、カイルさん。前回いらした後に、一つ大きな出来事がありました」
私は、あの午後のキマイラの襲来について話した。
三つの頭を持つ巨大な魔獣が村の入り口に迫ったこと。グラキウスが剣一本で、たった三閃のうちに仕留めたこと。
そしてその個体が、穢れによって異なる獣を無理やり繋ぎ合わされた、自然界ではありえない人工的な存在だったこと。
カイルの顔から、一切の表情が消えた。
「キマイラだと。こんな辺境に?」
「ええ。しかも、穢れの濃度が異常でした。森の奥の穢れに侵されて、異なる獣が融合させられたものです」
「グラキウスが一人で仕留めた、と」
カイルの鋭い視線が、壁にもたれて腕を組んでいるグラキウスに向いた。
「三振りで三つの首を落としたそうだが」
「まあ、ちょうど良い位置に首があったのでな。運が良かっただけだ」
「運だと?運だけでは無理だろう。…あんた、何者だ」
「…何度も聞かれるが、元旅人の居候だよ」
カイルはそれ以上追及しなかった。
詮索は無用。ルーテ村の暗黙の流儀を、彼ももう十分に理解している。
「…話を戻す。ハルさん、森の奥の穢れについて、何か新しく分かったことはあるか」
「あります。キマイラの件もそうですが、この一ヶ月、グラキウスさんと一緒に何度か森の縁を歩きました。穢れの方向性は以前よりさらに明確になっていて、森の奥から村に向かって、少しずつ、だが確実に浸食が進んでいます。そして…」
私は一度言葉を切り、膝の上の自分の手を見た。
「穢れの中心に近づくと、怒りや悪意ではなく、もっと別のものを感じるんです。悲しみに近い。何かが嘆いている。長い間、孤独に、忘れ去られたことを嘆いているような」
カイルが眉間を深く刻んだ。
「悲しみ? 穢れが感情を持つのか」
「穢れそのものが、ではなく、穢れの源にいるものが。まだ確証はありませんが、あれはただの瘴気の塊ではない。あの奥に、何かがいる」
部屋に重い沈黙が落ちた。
グラキウスが静かに口を開いた。
「カイル殿。ハル殿の話を疑う余地はない。わしもあの森の空気を読んだ。瘴気の広がり方は自然のものではなく、何らかの意志が介在している。だが、わしの鼻では、その奥にあるものの正体までは分からん。ハル殿にしか感じ取れない領域だ」
「…確かめに行く必要があるな」
カイルが膝の上で両手を組んだ。
「俺たちの調査任務の範囲内だ。森の奥の穢れの源を特定し、可能であれば排除する。それがギルドからの依頼だ」
「排除、という言葉は少し待ってください」
私の声に、カイルが目を向けた。
「まだ正体が分からない段階で、排除を前提にするのは早いと思います。もし私が感じている通り、あの穢れの源が『嘆いている存在』なのだとしたら、力で叩き潰すのは正しい対処ではないかもしれない」
「では、どうする」
「まず、確かめに行きたい。森の奥まで。あの穢れの中心に何があるのかを、この目で見て、この肌で感じ取りたい。その上で、どうするかを判断させてください」
カイルはしばらく私の顔を見つめていた。瞳の奥で、冒険者としての合理性と、私への信頼が天秤にかけられている。
やがて、小さく、だが力強く頷いた。
「…分かった。あんたの勘は信じる。護衛には俺たちがつく。一人で行かせるつもりはない」
「ありがとうございます」
壁際から、衣擦れの音がした。グラキウスが背を起こしている。
「わしも行く。森の地形は何度か歩いて頭に入っている。役に立てるはずだ」
カイルの視線が、グラキウスの腰の長剣、その白翼の柄に注がれた。
「…あんたの剣があれば、確かに心強い。だが、村の守りはどうする。俺たち全員が森に入ったら、村が無防備になる」
「セラとヨルンとピートが残ればいい。わしとカイル殿がハル殿の護衛につく。三人もいれば、村の守りは十分だろう」
カイルが背後のセラの方を振り向いた。セラが無言で、小さく顎を引いて了承を示す。
「…決まりだな。明日の朝、出発する。ハルさん、準備は何が要る」
「掃除道具と、符の材料と、祝詞を唱えるための静寂です」
「…掃除道具?」
「冗談です。符の材料だけで大丈夫です」
「冗談に聞こえなかったんだが」
半分は本気だったが、私は静かに微笑むだけにとどめた。




