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転生神主の日常 〜掃き清めた地が国となるまで〜  作者: 秋澄しえる


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第2話「職人のこだわり」

◆◇◆◇◆


 ブルーノの作業場は、村の中ほどの大きなならの木の下にある。


 三方を板壁で囲んだ簡素な造りだが、道具の手入れは完璧で、木の削りかすと漆の甘い匂いが入り混じった独特の空気は、いつ来ても心地よい。


「来たか」


 ブルーノは削りかけの木材から目を離さず、ただその一言だけで私を迎えた。


 三十代半ば。背は高いが余計な肉のない体つきで、手だけが職人らしくごつい。このルーテ村で唯一の職人であり、漆塗りの技術を持つ男。そして私が「ハルさん」と呼ばれ始めるよりも前から、対等に付き合ってくれている数少ない人だ。


「おはようございます。鳥居の柱が傷んでいまして…見てもらえますか」

「もう見た。左の柱の中ほど、表面にひびが二筋。漆を塗り直せば当面は持つ」

「さすがに早い」

「当たり前だ。俺の仕事だ」


 ブルーノとの付き合いは、鳥居を建てた時に始まった。私が短刀(神具・小狐丸)で檜を粗く整形し、ブルーノが仕上げの加工をし、二人で組み上げた。

 その過程でブルーノが最初に口にしたのは、神域だの結界だのという話ではなく、「この木は、今まで触ったどの木とも違う」という一言だった。職人は素材で対話する。以来、ブルーノは私を「神主」としてではなく「良い素材を持ってくる男」として扱ってくれている。


「ほどよく寝かせた漆がある。補修には充分だ。あとは乾きを待つだけだな」

「助かります。午後にでも取りかかりましょうか」

「ああ。…あと、これ」


 ブルーノが作業台の端から何かを取り上げて、こちらに差し出した。漆を塗った竹の筒。蓋の合わせ目が見事なまでに精密で、微かにひねると真空のようにぴたりと噛み合う。以前私が作った竹の水筒を見て、自分なりに改良したものらしい。


「持っていけ。前にあんたが作ったやつ、蓋が甘かった」

「…ありがとうございます。確かに甘かったです」

「素材は悪くないんだがな。あんたは仕上げが雑だ」

「耳が痛いです」


 ブルーノの隣の腰を下ろし、削りかけの檜の端材を手に取った。今日は小狐丸を社殿から持ってきていないので、ブルーノの使い込まれた小刀を借りる。刃を当て、すうっと引くと、薄く透き通った木屑がくるりと丸まって足元に落ちた。新しい木の爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。

 シュッ、シュッという一定のリズムで木を削る音だけが、静かな作業場に響く。ブルーノも無言でかんなをかけ続けている。二人で言葉少なに木と向き合う、この静謐な時間が好きだ。


 前世で春日社にいた頃も、きらびやかな祭事の合間に、こうして裏方として境内の補修をしている時間がいちばん心穏やかだった。興福寺の坊主連中が血で血を洗う権力争いに明け暮れるたびに、「すみません、屋根の修理がありますので」と木槌片手に逃げていたのを思い出す。世界が変わっても、私のやっていることはほとんど変わっていない。


 まあ、性に合ってるんだろうな。


◆◇◆◇◆


 昼過ぎ。社殿に戻った私は、秋の柔らかい陽射しを背に浴びながら竹を割き、新しい箒の穂先を編んでいた。

 遠くの広場からは、羊を追う子供たちの笑い声がかすかに聞こえてくる。平和で、のどかな午後。


 だが、ピタリと、私の手が止まった。


 肌を撫でていた心地よい風の質が、唐突に変質した。ざわめいていた竹林が、まるで何かに怯えるように一瞬にして静まり返る。

 正確に言えば、風に混じる「穢れ」の匂いが劇的に変わったのだ。生温かく、鉄錆と腐肉を煮詰めたような、肺の奥にへばりつく重く不快な瘴気。


 この辺りの穢れは普段極めて薄い。毎朝掃き清めて、祝詞を唱え、神域の気を保っているからだ。だが今、森の方角から、明らかに濃密な穢れの気配が一直線に流れてきている。


 獣かな。複数。しかも速い。


 気配を探り、数を読む。穢れの塊が一つ、二つ…十を超えた。十五か。中型の魔獣だろう。この村の脆弱な木の柵と村人では到底防ぎきれない数だ。


 ここに着くまで、あと少しもない。


 十五体もいれば、執拗に襲ってくるだろう。時間を稼いだとしても、魔獣があきらめて帰ってくれる可能性は低い。


 はあ…やるしかないか。

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