第19話「特産品」
◆◇◆◇◆
カイルたちが街へ帰ってから数日。ルーテ村には、再び穏やかで静かな日常が戻っていた。
ただ、以前とはほんの少しだけ空気が違う。
社殿の周辺を不気味に思って避ける村人が、一人もいなくなったのだ。
以前は「変な場所」扱いだった漆黒の鳥居の周りに、今では子供たちが集まってかくれんぼや鬼ごっこに興じている。
主婦たちは「ハルさんの鳥居の前は日陰で涼しいし、虫も来ないから」と言って、洗濯籠を抱えたまま長時間、井戸端会議を繰り広げている。
それを見かねたゴルドが「おい、ハルさんの邪魔をするな! ここは遊び場じゃないぞ!」と怒鳴りに来るのだが、当の私自身は全く気にしていない。
「いえ、賑やかな方がいいですよ。神様も、静かで寂しいより、楽しくて明るい方がお好きですから」
私が笑ってそう言うと、ゴルドは「ソル・デウス様以外の神様の好みなんか知るか」と渋い顔をして去っていくのがお決まりのパターンになっていた。
だが、実際のところ——人が集まり、笑い声が響くようになると、神域の「気」が明らかに安定するのは事実だった。
鳥居の周辺で人々が笑い、話し、穏やかに過ごす。その何気ない生活の営みそのものが、ごく微かな「祈り」に似た波動を生むのだろう。神に向けられた明確な信仰とは呼べないほどの、ただ「ここが心地よい」という、ささやかで無意識の感謝の念。
それでも、その温かな感情の欠片が、少しずつ、少しずつ、神域の結界に染み込んでいく。
結界の範囲自体はまだ広がっていない。だが、その強固さ、純度の密度は、確実に増している気がした。
◆◇◆◇◆
ブルーノの作業場は、最近活気づいていた。
私が彼に竹細工を教わりながら、一緒に籠を編んでいるからだ。
いや、正確に言えば、教わっているのはブルーノの方かもしれない。竹の割り方、繊維の削ぎ方、基本的な編み方といった基礎知識は、私の方が引き出しが多い。
前世で春日社の雑用や神事の準備をこなしていた時、嫌というほど竹という素材を扱わされたからだ。
だがブルーノは、私が教えた基礎知識を自身の職人としての類稀なる空間把握能力と組み合わせて、私が思いもしなかった強度と美しさを持つ新しい形に仕上げていく。
「ハルさん。その編み方だと、重い物を入れた時に底が抜けやすい。こっちの組み方の方が、構造として圧倒的に強い」
「なるほど…。確かに、網目への力の分散が全く違いますね。見事です」
「素材の特性や歴史を知っているのはあんただが、木理や構造を知っているのは俺だ」
ブルーノはそう言って、私が編みかけた竹籠の底を、より複雑で堅牢な網目へと迷いなく編み直した。
私が前世から持ち込んだ技法と、ブルーノという職人の知恵が交差して、どちらの世界のものでもない全く新しい竹籠が出来上がる。驚くほど軽く、大人が乗っても潰れないほど丈夫で、しかも網目の模様が幾何学的に美しい。
「ブルーノさん、この籠の内側に漆を分厚く塗ったら、完全な防水になりますよね」
「…それだけでは厳しいな。漆は生き物だ。乾けば縮むし、竹もまた呼吸して動く。ただ塗るだけでは、いずれ編み目の隙間に、水の道ができてしまうだろうよ」
「あ、そうですね。ダメかあ」
「…いや、待てよ。漆に木くずを混ぜて、それで目止めしてやればいけるか。さっそくやってみるか」
「それができれば、湿気を嫌う薬草を運ぶのに最適ですね。マルタさんに見せてみましょうか」
「好きにしろ」
数日後、内側の漆が完全に硬化した竹籠をマルタのところに持っていくと、老婆は驚いたように籠を受け取った。持ち上げ、ひっくり返し、指の関節で軽く叩いて音を聞き、重さを量り、中を覗き込む。
しばらく無言で徹底的に吟味してから、低い声で言った。
「…こいつは良い。信じられないくらい軽いのに、岩みたいに丈夫だ。おまけに内側の漆のおかげで湿気も完全に防げる。高価な薬草をたんまり詰めても、移動中に葉を損なう心配がない」
「よかった。マルタさんの仕事で必要なら、暇を見ていくつか作りますよ」
「いくつか、じゃないよ」
マルタの眼光が、獲物を見つけた鷹のように鋭く光った。
「これは、極上の売り物になる」
「…え?」
「辰砂を買い付けに来る商人がいる。ペドロってんだがね。次にペドロが来たら、こいつを見せてやるんだ。旅商人ってのはな、長旅の荷物の扱いに四六時中苦労してるからね。この手の『軽くて丈夫で防水の入れ物』は、喉から手が出るほど欲しがるはずさ。銀貨でも金貨でも払うだろうね」
「いや、私は別に商売をするつもりは…」
「あんたの意見は聞いてないよ。村の明日のためだ」
マルタの目が、ギラギラと燃えている。
この人がこの目をした時は、何を言っても絶対に無駄だということを、私はこの数ヶ月の付き合いで骨の髄まで学んでいた。
◆◇◆◇◆
マルタの容赦ない号令で、竹細工の量産体制が強引に始まってしまった。
ブルーノが構造を設計・監督し、私が竹を切り出してひたすら割り、基本形を編む。そしてブルーノが完璧な漆を塗る。二人で作業に没頭し、一日に五つほどの籠や水筒を作れるようになった。
竹は神域の過剰な生命力のおかげで、切っても切っても翌日にはタケノコが顔を出し、数日で若竹に育つ。材料には全く困らない。困らないどころか、村の家の裏まで野放図に伸びまくっていた竹が伐採・活用されて、ゴルドが一番喜んでいた。
「…なんで、私が、神主、なのに、内職みたいな、ことを」
「やるからには妥協するな、最高の物を作れ。そこ、削りが甘い」
ブルーノに容赦なく叱られながら竹を編む日々。広場を通りかかったゴルドが、「ついに神主から職人に転向か? ハルさんが?」と目を丸くして笑った。
「職人じゃないです。マルタさんに脅されて言われただけで…」
「マルタばあさんが本気で動いたなら仕方ないな。あの人に逆らえる者は、この村にはただの一人もおらん。俺を含めてな」
長であるゴルドすら逆らえないのか、あの老婆は。
そこへ、リーナが走ってきて、天日干しされている出来上がった竹籠の山を見つけた。
「わあ、すっごいきれい! これ、ハルさんとブルーノさんが作ったの?」
「ええ。マルタさんに命じられまして…」
「私も作りたい! 教えて!」
「刃物で竹を割くのは危ないですから、編むところだけなら」
私がリーナに竹の編み方を教え始めると、面白そうだと村の他の子供たちもわらわらと集まってきた。四人、五人と増えて、気がつけば、即席の竹細工教室になっていた。
「そう、そこを交互にくぐらせて…そうそう、筋がいいですよ」
「ハルさん先生だ!」
「先生じゃないです。私はただの…」
「ただの神主でしょ。知ってる知ってる!」
リーナに得意げに先回りされてしまった。
子供たちがキャッキャと笑い声を上げながら、不器用な手つきで竹を編んでいる。
その温かな光景を、社殿の奥の御札が静かに見守っている。風が竹林を揺らし、さわさわと心地よい音を立てている。
悪くないな。
私がこの世界にあの社殿と鳥居を建てたのは、こういう風景のためだったのかもしれない。
だが、神がもたらす『奇跡』の種は、私の預かり知らぬところで、すでに静かに芽吹き始めていたのだ。
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