第18話「冒険者の旅立ち」
◆◇◆◇◆
カイルたちの滞在は、四日目の朝に終わりを迎えた。
ピートの背中の痛みは嘘のように引き、重い荷物を背負って普通に歩けるまで回復していた。乱戦で折れた短弓の代わりに、私がしなやかな真竹を削って応急の竹弓を作ってやった。ブルーノが横から「削りが甘い、仕上げが雑だ」と文句を言いながら、弦を張る部分の強度だけ完璧に手直ししてくれた合作だ。
出発の朝。広場の入り口で、ゴルドが腕を組んで見送りに立っている。
リーナがピートに向かって「絶対また来てね!」と大きく手を振っている。マルタがカイルに、報酬である辰砂の小袋と乾燥させた薬草の束を手渡した。
「カイル、次はいつ来る」
「…なるべく早めに来るようにする。森の奥の異常強化の件がどうしても気になる。ギルドに報告して、正式な調査依頼を出すつもりだ」
「そうか。道中、気をつけてな」
カイルが踵を返し、真っ直ぐに私の方へ歩み寄ってきた。
「ハルさん。色々と世話になった」
「いえ。こちらこそ、いつもこの村を守ってくださってありがとうございます」
「…頼みがあるんだが」
「何でしょう」
「あのお守りの符。追加でもらえないか。一枚でいい。俺用に」
カイルの目が、真剣そのものだった。
初日に渡した時の「気休めですよ」という私の謙遜が、もう彼らには一切通用しないことは分かっていた。あの紙切れ一枚が戦場で生と死をどれほど明確に分けるか、カイルは身をもって知ってしまったのだ。
「…いいですよ。ただ、あれの効果は使い切りです。一度発動して光が消えたら、新しいものが必要になります」
「構わない」
私は懐から筆入れを出し、一枚の紙に『堅磐常磐 護身』と書き入れた。カイルに手渡すと、彼はそれをまるで宝物でも扱うかのように両手で受け取り、荷物入れの中に大事そうにしまい込んだ。
「…ありがとう」
「お気をつけて。街で変な噂は——」
「言わないと約束しただろう。俺を信じろ。…ただな」
「ただ?」
「あの漆塗りの水筒。ブルーノが改良したやつ。あれは街で堂々と見せてもいいか。あれなら、教会も文句は言わない。ただの『馬鹿みたいに精巧で美しい水筒』だからな」
「…ブルーノさんに直接聞いてみてください。彼も職人ですから、自分の作品が街で正当に評価されるのは嬉しいはずですよ」
カイルが頷き、ブルーノの作業場に向かった。しばらくして戻ってきた時、その手には漆塗りの見事な竹の水筒が握られていた。ブルーノが作った、蓋の噛み合わせが真空のように完璧なやつだ。
「快く譲ってもらった。代わりに、次来る時に街で一番いい砥石を持ってくると約束した」
「ブルーノさん、砥石は泣いて喜びますよ」
カイルたちが、朝日を浴びる古い交易路を歩き出す。
セラが振り返り、剣士らしく無言で小さく手を上げた。ヨルンは眼鏡の位置を直しながら、深く、敬意を込めた一礼をした。ピートが「ハルさん、また来ます! 次は、弓教えてください!」と大声で叫んだ。
教える、か。私の弓を。
…まあ、それは彼らが本当に戻ってきた時に考えよう。
四人の背中が交易路の向こうの森に完全に消えるまで見送ってから、私は立てかけてあった竹箒を手に取った。
「さて。掃除しますか」
「ハルさん、ほんと掃除ばっかり」
いつの間にか隣に戻ってきていたリーナが、頬を膨らませてジト目を向けている。
「神主にとって、一番大事なことですから」
「カイルさんたち、また来てくれるかなぁ」
「来てくれますよ。男同士で、ちゃんと約束しましたから」
「ハルさんとカイルさん、すっごく仲良くなったよね。なんか私まで嬉しい」
リーナがにこにこ笑いながら、自分の箒を握って落ち葉を掃き始めた。相変わらず掃き方はめちゃくちゃだが、私が教えた手首の返しだけは、前より少しだけましになっている。
…仲良く、か。
前世の三十数年の人生を含めても、本気で「お前を信じる」と言ってもらえた相手は、片手で数えるほどしかいない。
ふと見上げると、黒漆の鳥居が、秋の透き通った朝の光を受けて静かに、力強く輝いていた。竹箒の柄を握り直す手に、ごく自然に、温かな力がこもった。
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