第13話「埒外の力」
◆◇◆◇◆
オーガの頭部は、カイルと鍔迫り合いをしているため激しく揺れている。カイルの顔のすぐ横、彼の耳から数十センチと離れていない位置に、オーガの左目がある。
軌道が少しでも狂えば、カイルの頭蓋を貫く。
だが、外さない。
息を吐き、弦を離す。
放たれた矢はカイルの右耳のすぐ横を掠め、突風が彼の茶色い髪を大きく揺らし、吸い込まれるようにオーガの左眼窩へと突き刺さった。
鉄の鏃が眼球を破砕し、そのまま脳髄の深部まで到達する。
オーガの動きが、完全に停止した。
カイルを力任せに押し込んでいた巨腕からふっと力が抜け、巨体がゆっくりと後ろへ傾斜していく。そして、巨木が倒れるような地響きと共に、仰向けに崩れ落ちた。
三体目、祓了。
森に、深い静寂が降りた。
木の葉が焦げた匂い、生臭い血の匂い、そして霧散していく穢れの臭気が混じり合い、戦場の空気を重く満たしている。
カイルが力なく剣を下ろし、肩で荒い息をついていた。額からとめどなく汗が流れ、革鎧には幾つもの裂け目が入っている。セラは長剣を杖代わりにしてようやく立ち上がり、ヨルンは膝に手をついてむせ返っていた。
私はゆっくりと弓を下ろし、小さく息を吐いた。
「…お怪我はありませんか」
カイルが振り向き、私を見た。額の汗を拭いもせず、ただ射抜かれたような目でこちらを見つめている。
その表情に浮かんでいるのは、単なる感謝ではなかった。常識を粉砕された驚愕と、底知れぬ力への畏怖。
「…ハルさん。…どうしてここに…」
「お渡しした符の反応で、皆さんが乱戦に陥ったのが分かりましたので」
「符の反応?」
「持ち主が危険に晒されると、自動で身体強化がかかる術式です。四つ同時に発動したので、これは不味いと思いまして」
カイルが震える手で革鎧の内側を探り、墨の文字が書かれた紙片を取り出した。文字は使命を終えたかのように、わずかな光の明滅を繰り返している。
「…これがか。…道理で、途中から異常なほど体が軽くなったと思った」
「お守りだと言ったでしょう。ちゃんと持っていてくれて助かりました」
セラがふらつく足取りでカイルの横に並び、私を見上げた。言葉を探すように唇を震わせ、やがてぽつりと絞り出した。
「…あの体捌きは何だ」
「体捌き?」
「オーガの拳を紙一重で避けて、一瞬で懐に入った。あの動き…私は剣士だから嫌でも分かる。あれは回避じゃない。最初から、当たらない位置を完全に支配している。相手の膂力も軌道もすべて読み切っていなければ、あんな芸当は不可能だ」
「…鹿島の兵法です。昔、厳しい師匠に叩き込まれまして」
「カシマ?」
「遠い異国の武術ですよ。この大陸にはないと思います」
セラは何か言いかけて、やめた。ただ深く息を吐いた。
「…礼を言う。命拾いした」
ヨルンがひどく汚れた眼鏡を外し、布で拭きながら近づいてきた。学者肌の彼の目は、狂熱に近い探求心で燃えている。
「ハルさん、一つだけ聞かせてくれ。あの雷…そして掌から放った炎。あれは、空中に描いた文字がそのまま発動したのか?」
「ええ」
「…我々魔術師は、長い詠唱によって大気中の魔力を練り上げ、属性に変換して放出する。だが、あなたの術式は根本から違う。詠唱もなく、魔力の練成プロセスすら一切感じられなかった。それなのに、あの雷と炎の出力は私の火球術の数倍を凌駕していた…。あれは一体、何なのだ?」
「神様に、お願いしているんです」
「…神に?」
「神様に『雷を落としてください』と祈れば雷が落ちるし、『火をください』と頼めば火を貸してくださる。それだけですよ」
ヨルンが呆然と眼鏡をかけ直した。理論と体系を重んじる彼にとって「お願いしたらできた」という説明は、天地がひっくり返るほどの衝撃だったのだろう。
「…そう、なのか」
「はい。…あっ、信じるか信じないかはお任せします」
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