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転生神主の日常 〜掃き清めた地が国となるまで〜  作者: 秋澄しえる


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106/107

第106話「新たな始まり」

◆◇◆◇◆


 メルヴァルクの森を抜けてくる風が、七月の濃い草いきれと、力強い夏の熱気を運んでくる。


 早朝の掃き掃除と禊を終え、額に滲んだ汗を拭いながら広場へ向かうと、そこには三ヶ月前には想像もできなかった熱狂が渦巻いていた。


 広場の中心にそびえ立つ、巨大な板敷きの集会所。


 壁を廃し、大きな屋根だけを乗せたその場所は、二百人余りの村人が一堂に会してもなお余裕のある「村の心臓」となっていた。併設された大規模な炊事場からは、大鍋で煮炊きされる麦と野菜の香ばしい匂いが白煙となって立ち上り、広い洗い場では女たちが水しぶきを上げながら笑い合っている。


 テーブルを埋め尽くす人々の顔を眺めながら、私はこの二ヶ月の目まぐるしい変化を思い返していた。


 あの『メルヴァルクの森』での大祓から半月すぎた頃、辺境伯からの大規模な支援物資が村に届いたのが、すべての始まりだった。

 陸続きに連なる百台余の荷馬車に積まれていたのは、当座の食糧となる麦や芋だけではない。秋の収穫を見据えた複数種類の種もみ。開拓のための頑丈なすきくわ。さらには馬で広大な畑を耕すための大型の鉄製農具や大量の建築資材までもが、惜しみもなく届けられた。


 物資の到着と同時に、村はこれまで以上の熱気に包まれた。


 ブルーノと弟子たちは不眠不休で八十人分の新しい住居を作り、この巨大な集会所をも建設した。騎士たちが軍馬を貸し出し、カイルたちが切り拓いた土地を、届いたばかりの農具で新旧の住民が共に汗を流して耕す。


 そして六月上旬。


 東の交易路を通って、カーム村の八十人がついにこの村へ辿り着いた。

 到着したばかりの頃は疲労と不安を顔に張り付かせていた彼らも、今ではこの村の活気ある空気をもたらす欠かせない一部となっている。


 大きな変化はもう一つ。


 調査を終えたカイルたちが、正式にこのルーテ村に居を構えることを決めたのだ。

 彼らのような高ランク冒険者が定住することは、村の防衛にとっても、また冒険者ギルドとの繋がりにおいても、計り知れない恩恵をもたらしている。


 かつては人もまばらだった静かな朝の風景が、今は二百人を超える力強い鼓動となって響いている。


「ハルさん、おはようございます!」

「おはようございます、ハル殿。今日も一段と暑くなりそうですな」


 湯気を立てる椀を手に、次々と声がかかる。

 カーム村から来た者たちも、今では当たり前のように私を「ハルさん」と呼び、親しみを込めて朝の挨拶を交わしてくれる。


 広場の中央、長いテーブルの端で、ゴルドが大きく腕を組んで立ち上がった。

 木のベンチが床を擦る重い音が、集会所の喧騒を少しずつ静めていく。


「全員、…飯を食いながらでもいい、これからの話をしよう。あ、ここにいない者も呼んできてくれるか。皆が揃ってからにしよう」


 その声は、かつての悲壮感など微塵も感じさせない、自信と希望に満ち溢れた「長」の響きだった。


◆◇◆◇◆


 全員が集まるまでに、少し時間がかかった。


 建設現場から走ってきたダリオが汗だくで席に着き、朱の精製をしていたマルタとソフィアが前掛けで手を拭きながら並んで座る。工房から弟子たちに引きずり出されるようにしてブルーノが渋々やってきた。

 カイルとセラとピートとヨルンが後方のテーブルに腰を下ろし、オルランドたち騎士は集会所の太い柱に背を預けて立っている。リーナが、ゴルドの隣の空いた丸太にちょこんと座った。


 二百人を超える村人が一堂に集まるこの風景は、三ヶ月前の私には想像すらできないものだった。


 ゴルドが、一つ大きな咳払いをした。


「まず、現状を確認する。辺境伯閣下からいただいた種もみのおかげで、麦と豆の畑が軌道に乗っている。これはジャコモ殿とファルコ殿の助言のおかげだ。麦と豆の輪作、それからメルヴァルクの森の腐葉土を肥料に使う方法は、すでに成果をあげている。秋には最初の豊かな収穫が見込めるはずだ」


 集会所のあちこちで、深い頷きが広がった。畑仕事はこの二ヶ月間の全員の日課であり、黒い土から芽を出し、目に見えて育っていく作物は、村人たちの希望そのものだった。


「芋、トマト、ナス、ピーマン、カボチャといった夏野菜も順調だ。カーム村の衆が持ってきてくれた綿花も、日当たりの良い畑の一角で青々とした芽を出し始めている。綿花が育てば、いずれ布を自前で作れるようになる。ベルデ、感謝している」


 カーム村の元村長ベルデが、席の奥から照れくさそうに皺くちゃの顔を綻ばせ、手を上げた。


「加えて、メルヴァルクの森の恵みだ。浄化が完了した今、森にはオリーブ、柑橘類、ブドウ、胡桃が自生していることが分かっている。採りすぎない程度にいただく。安全になった森で狩猟もする。基本は農業だが、希望者は狩猟に携わってもらいたい。全員が毎日腹いっぱい食えるよう、最大限に力を合わせていこう」


 割れんばかりの拍手が起きた。ゴルドが「静かにしろ、まだ終わっとらん」と太い腕を振る。


「そのうえでだ。他に何かやりたいことがある者は、今ここで申し出てほしい。この村は、お前たち全員のものだ。お前たちの知恵で、もっとこの村を豊かにできるなら、わしは喜んで耳を傾ける」


 集会所が、水を打ったように静まった。二百人の視線が泳ぎ、誰が最初に手を挙げるかを互いに窺っている。


 最初にすっと右手を挙げたのは、ジャコモだった。

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