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転生神主の日常 〜掃き清めた地が国となるまで〜  作者: 秋澄しえる


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第104話「六柱の御名」

◆◇◆◇◆


 私は、梓弓を泥の地面に突き立てた。


 背中の矢筒から、残された六本の矢を全て抜き出す。

 泥まみれの地面に、一定の間隔を空けて一列に並べる。


 そして、その六本の矢の前に、静かに正座した。


 千二百の魔物の死骸が蠢く戦場の目前。凄まじい死臭と紫色の瘴気が渦巻き、仲間たちの怒号が飛び交い、巨大な死の竜が暴れ回る地響きが大地を揺らす、狂乱の最前線。

 そこで、一人静かに正座し、懐から和筆を抜いた。


 無尽の筆の切先に、漆黒の墨がじんわりと滲む。


 ゆっくりと、目を閉じた。


 意識を、自分の内側の最も深い場所へと沈めていく。


 ドラゴンゾンビの腹の底を揺らす咆哮が、遠くなる。


 騎士たちの悲壮な怒号が、遠くなる。


 激しい剣戟の音が、遠くなる。


 全てが、凪いだ水面のように退いていく。


 極限の静寂に包まれた意識の中心に、六枚の真新しい御札が浮かび上がった。


 あの見慣れた社殿の板壁に並ぶ、六柱の大神の御名。


 私の唇が、ごく自然に動いた。


 大祓詞おおはらえのことばの冒頭が、言霊となって静かに零れ出す。


「高天原に神留座す(たかまのはらにかむづまります)…」


 一本目の矢を手に取り、筆を走らせた。


 細い矢の軸に、一切の迷いのない筆致で、墨で御名を刻み込んでいく。


「…皇神等の命以ちて(すめがみたちのみこともちて)…天児屋根命あめのこやねのみこと…」


 天児屋根命。言霊の神。祝詞の強大な力を司る、・春日社の第一殿の御祭神。


 文字が刻まれた瞬間、一本目の矢に、清冽な翠色みどりいろの光がポッと灯った。


 その矢を静かに地面に戻し、二本目を手に取る。


「…神漏岐命 神漏美命の命以ちて(かむろぎ みこと かむろみの みこともちて)…武甕槌命たけみかづちのみこと…」


 武甕槌命。雷と武を司る神。遠く鹿島の地から春日へ遷座した、圧倒的な力を持つ最強の武神。


 二本目の矢が、稲妻のような眩い金色の光を帯びた。


 三本目を手に取る。


「…八百万の神等を 神集ひに集へ給ひ(やおよろずのかみたちを かむつどいに つどえたまい)…経津主命ふつぬしのみこと…」


 経津主命。あらゆる災厄を断ち斬る神。布都御魂の太刀を振るう、絶対的な浄火の神。


 三本目の矢が、燃え盛るような赤い炎の光を纏った。


 四本目。


「…罪と云ふ罪は在らじと(つみというつみはあらじと)…比売神ひめがみ…」


 比売神。慈愛と護りの女神。全てを優しく包み込み、癒し、清める力を持つ偉大な存在。


 四本目の矢が、真珠のような柔らかな白い光に包まれた。


 五本目。


「…科戸の風の 天の八重雲を吹き放つ事の如く(しなとのかぜの あめのやえぐもを ふきはなつことのごとく)…天押雲根命あめのおしくもねのみこと…」


 天押雲根命。天の岩座の神。決して揺らぐことのない、分厚い大地の礎。


 五本目の矢が、深い夜空のような藍色の光を力強く放った。


 そして、最後の一本。


 六本目の矢を、両手で大切に手に取った。


「…此く宣らば 天つ神は(かくのらば あまつかみは)…地つ神は(くにつかみは)…布可母利久爾多摩命ふかもりくにたまのみこと…」


 布可母利久爾多摩命。この豊かな大地の守り神。深き森、国の魂。


 長きにわたり忘れ去られ、深い穢れに堕ち、それでも決して消えることのなかった神。私自身が名を奉り祀り直した、最も新しく、最も身近な六柱目の神。


 最後の矢が、深い翠と淡い金が複雑に混ざり合った、この上なく温かく、力強い光を帯びた。


 六本の矢が、六色の神聖な光を強烈に放ちながら、血と泥にまみれた戦場の真ん中に整然と並んでいる。


 準備は整った。

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