第102話「融合」
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最初に異変に気づいたのは、足元だった。
地面が、小刻みに震えている。微かに。だが確かに。大型の魔物が走る物理的な振動ではない。何かが、地の底から這い上がってくるような、不気味で粘り気のある振動。
次に、視界がそれを捉えた。
戦場に累々と散らばっていた千余体の魔物の死骸が…蠢いていた。
最初は微かな痙攣に過ぎなかった。死んだはずのゴブリンの緑色の指先がピクリと動き、首を落とされたオークの胴体が、ずるりと不気味な音を立てて泥の上を滑る。バジリスクの切断された首からドロリと流れ出した黒い血が、まるで自らの明確な意志を持っているかのように、一つの方向に向かって地を這い始めた。斬り飛ばされた体の部位までも、すべてが。
やがて、その動きは爆発的に加速した。
無数の死骸が、血が、千切れた肉片が、砕けた骨が、臓物が。
戦場の全域から、凄まじい速度で一つの方向に向かって集まり始めた。
南東の最奥部。森の浄化が全く届いていない、穢れが最も濃く滞留する、吹き溜まりの完全な中心地に向かって。
「…おい。何だ、あれは」
カイルの喉から、ヒュッと空気が漏れるような掠れた音がこぼれた。
「集まっている。死体が…今倒した全部の死体が、一箇所に集まっています!」
高台のファルコの声が、完全にパニックを起こして裏返っていた。その鷹の目が、この世のものとは思えない地獄の光景を鮮明に捉えているのだ。
千二百体分の巨大な骸の山。血と肉と骨。
それら全てが、吹き溜まりの極濃の穢れの力で吸い寄せられるように引き寄せられ、一つの巨大な肉の塊を形成し始めた。ずるり、ずるり、メチャァ、という耳を塞ぎたくなるような湿った音を立てて、異なる種の魔物の死骸が重なり合い、融合し、無秩序に膨れ上がっていく。
泥と血にまみれた肉の塊が、異常な速度で膨張していく。
十メートル。二十メートル。三十メートル。まだ止まらない。四十メートル。五十メートル。
そして、その形が定まった。
竜だ。
体長五十メートルを優に超える、規格外の超巨体。
千二百体分の死肉と骨が複雑に絡み合い、融合し、背中からは皮膚のただれた不気味な巨大な翼を広げている。頭骨の空洞の眼窩からは、紫黒色の濃密な瘴気が滝のように噴き出し、この世の全ての死と絶望を一つに凝縮したような圧倒的な異形。
腐敗したような分厚い肉の隙間からはゴブリンやオークの白い骨が棘のように無数に突き出し、巨大な顎に並ぶ牙は、死んだ魔物たちが握っていた折れた剣や槍の刃が融合して形成されていた。
それが、ゆっくりと天に向かって翼を広げた瞬間、夕日の光が完全に遮られ、戦場が夜のような深い闇に包まれた。
そして、天地を揺るがす咆哮。大地そのものが恐怖で悲鳴を上げているかのような、鼓膜を物理的に破壊するほどの轟音。
ドラゴンゾンビ。
森の最奥の穢れの吹き溜まりが、千二百の魔物の死という莫大な供物を喰らい、最後の力を振り絞って生み出した、究極の『死の化身』。
「嘘だろ…」
カイルが、虚ろな目で天を仰ぎ、呻いた。大剣を握り直そうとする両手が、痙攣するようにガタガタと震えている。
ピートが地面にへたり込んだまま、涙を流して五十メートルの巨竜を見上げて固まっている。セラが本能的に双剣を構え直したが、その刃先は微かに揺れていた。ヨルンは杖を握りしめたまま、学者の冷静さを完全に失い、口をパクパクと開閉させて絶句している。
歴戦の勇士であるヴァレリオの大盾を構える太い腕が、この日初めて目に見えて震えを帯びていた。
全員が、体力を完全に使い果たした限界の中で、己の命の終わりを告げる五十メートルの死の化身を見上げている。
ただ一人、グラキウスだけが、一切の震えを見せていなかった。
鞘に収めかけていた白翼の剣を、静かに、もう一度抜き放つ。
背後の六枚の光の刃が、主人の闘志に呼応するように、最後の力を振り絞って再びゆっくりと宙へ浮かび上がった。
「…でかいな」
呆れたような、それでいてどこか楽しげな、たったそれだけの一言だった。
私は、背中の矢筒にそっと手を伸ばした。
指先が触れた矢の数は、残り六本。
六本。
あの社殿でお祀りしている、六柱の大神の数と同じ。
…いける。
「グラキウスさん」
「何だ」
「あと一仕事、お付き合いいただけますか」
「…断ると言ったら?」
「リーナに言いつけます」
「…それは困るな」
グラキウスが、白い髭を揺らして、フンと短く鼻を鳴らした。
ズズン…!
ドラゴンゾンビが、山のような巨体を揺らし、こちらへ向けて最初の一歩を踏み出した。大地がすり鉢状に砕け散り、凄まじい衝撃波が戦場の空気を切り裂いて押し寄せてくる。
真の怪異祓いが、今始まる。




