2章2話 カルヴァン神父の謀略
テレサは王宮に向かって馬車を走らせていた。
そうしなければ、ならない事があるからだ。王子のワガママな行動を阻止しなくてはならないからだ。
「私が表に出たとしても王子様は制御出来ないだろう……。」
テレサは無言で外の様子を見ながら王宮へと向かった。
その頃、聖ペトラ教会では、カルヴァン神父が、他にも鉱山に勤めている鉱夫に、ダンジョンへの呼びかけをしていた。
「皆の者、よく聞け。あのダンジョンには何か秘密があるらしい。地下のアルピニアン石も取れなくなる程の変化だ。」
「何とも言えないですが、そのダンジョンで産出するあの石がダンジョンの影響によって変化しているのですね?」
政務官は問い詰めた。
「確かに、パッと見は分かりづらいが、地殻変動が起きている事は確かです。」
政務官は困惑した。なぜなら、アルピニアン石との関連は聖ペトラ教会のカルヴァン神父から伝わって来ている。
カルヴァン神父の影響力は絶対だ。
「私達にはアルピニアン石の消失とダンジョンの出現は関連付けられないのですが。」
政務官は、青ざめた王子を見た。
「まだ、ダンジョンの全てが明かされた訳では無い。」
レオナルド王子は床に目を伏せながら話した。
「まだ、ダンジョンは上層までしか進んでないのでどうなるかよく分からない。」
ダンジョンは縦に深いのだ。
その話が王宮で進んでいる間に、ダンジョンでは、高い給料に鉱夫たちが続々と集まって来ている。
「どうやら、高い給料が出るらしいぞ。」
鉱夫達が笑いながら、ダンジョンに向かった。
確かに地上に近いダンジョンは、アルピニアン山脈よりかは幾分安全だろう。
でも、落石があったという事実は変わらない。
鉱夫達が一斉に、ダンジョンの第三階層にある、巨石にツルハシを入れた。
その丸い茶色い岩は、なかなか硬くて、何度も何度もツルハシを入れてもなかなかひびが入らない。
「もしかして、この巨石もダンジョンの一部なのか?」
一人の鉱夫が疑問に思い、一つの石の欠片を見つけて、そこに、金槌を持ってきてヒビを入れた。
するとその石はパカリと割れた。
「どうやら、ダンジョンの力では無さそうだな。」
鉱夫はそう言いながら、欠けた石を投げ捨てた。
今度はのみと金鎚で石に溝を入れながら、ガンガンと金鎚を、打ち込んでいく。
すると、石はのみを入れた溝の部分から、パックリと割れ始めた。
薄っすらと、階段と、壁に彫り込んだ彫刻が見えた。
白っぽい、象牙を思わせるような壁はどこまでも続いていて、そこに刻まれた彫刻はダンジョンの歴史と物語を感じるような重みだった。
「多分、土砂が詰まっているだろう。」
慌てて鉱夫達は、スコップみたいな道具で溜まった土砂をサクサクと掘り進めていく。
そんな事も知らずにエミリーもとい栄二は、赤竜のフレイとシンシアと共に、孤児院のベッドで雑魚寝をしていた。
シスター・ヴィヴィアンが、雑魚寝をしているエミリー達に、フライパンをカンカンと鳴らして起こしていた。
「皆さん、朝ですよ〜!起きてください!」
「は~い!」
2階の寝室で寝ている子達が一斉に返事をした。
もう2階の寝室の窓には日が差している事に気がついた。
「もう、こんな時間かよ。」
エミリーもとい栄二は、
自分が遅くまで寝てしまった事に驚いた。
でも、ここまで寝てしまったのは仕方ないと思った。
なぜなら、あの後、4時間近くキャッチボール遊びをしていたのだ。
エミリーは溜め息をついた。
幾ら子供と言えどクタクタになってしまった。
「まさか……あんな時間まで遊ぶなんて思いもしなかった。」
(それよりも、早く飯を食べるっすよ!兄貴!)
フレイに急かされ、エミリーはパジャマから、水色のドレスに着替えた。
これはシスター・ヴィヴィアンお手製のドレスで、縫い目も丁寧だ。
(さすがはシスター・ヴィヴィアン、作り込みも丁寧だなぁ。)
エミリーが感心していると、横ではシンシアが、濃い青のドレスに着替えていた。
髪をブラシでとかした後自分でピンクのリボンを結んでいた。
「シンシア、おはよー。」
「おはよー、エミリーちゃん。」
そう言ってエミリーとシンシアが階段を駆け下りて行った。
下では台所で朝食のいい匂いがしていた。
「これは全部シスター・ヴィヴィアンが作ったのよ。」
孤児院の子がエミリーに言った。
「いない時にはシンシアお姉ちゃんが担当なの!」
そういう事だったのかとエミリーは納得した。
「私が街中で騒いでいた時に、シスター・ヴィヴィアンがいなくて大変な目に遭わせて、済まなかったな!」
エミリーがそう話すとシンシアは、キョトンとした。
「知らないなら別にいいぜ!」
朝食が食べ終わり、2人は年長なので片付けを始めた。
今朝、井戸から汲み上げた水を木桶に入れて、洗った。
その間に、シスター・ヴィヴィアンと、カルヴァン神父は孤児院の子達の為に朝のミサの準備をしていた。
そして、子供達が全員準備が出来たので、シスター・ヴィヴィアンは、子供達に教会に来るように促した。
教会にチェンバロが響いた。
ステンドグラスはとても煌びやかで美しく、ここがダンジョンがある、不思議な世界である事を一瞬忘れてしまっていた。
「讃美歌ありがとう。」
シスター・ヴィヴィアンの穏やかな挨拶で、なんだかホッとしていた。
転生しても信用出来る人はいるのだと理解出来た。
その頃、カルヴァン神父は、教会から街に降りて来て、偵察をした。
(怪しい奴らはいないな……特に獣人族は要注意だ。)
そう思いながら慎重に事を進める。
実はパトリック公国では、獣人族の扱いがとても厳しくて、隣国から扱いに対しての不満が出ているのだ。
(確か……シンシアって娘が、獣人族の検問所から出てきたな。)
あの時にシンシアは、検問所の人達に散々問い詰められていたのだ。
だが、彼女には獣人族の証も無くて、ただ彼女はわんわん泣いているだけ
だった。
(すると、彼女は獣人族のある国家から出て来た訳ではないのか?)
カルヴァン神父は首を傾げた。
パトリック公国はエミリーが考えているよりもっと複雑な事情があるらしい。
カルヴァン神父は街中を、歩きながら、溜め息をついた。
その頃エミリー達は大騒ぎしていた。「フレイって面白〜い!」
赤竜のフレイが孤児院の子供達にいじくり回されているのだ。
「何を気にしているのかな?」
シスター・ヴィヴィアンは穏やかな顔をしていた。
日差しに当たると、ステンドグラスが、朝日に煌めいていた。
「そう……ここは異世界だったな!」何度も忘れてしまうので、栄二としての記憶も怪しくなってきた。
「これが終わったら、おやつにした後に勉強しましょう」
シスター・ヴィヴィアンは、ニコニコしながら、孤児院の子供達に沢山の白い紙―ここの世界での自由帳と言うのだろうか。
それをヴィヴィアンは、整理しながら机に用意をしていた。
机の上では、木炭がこちらの世界で言う鉛筆に近い形に加工されていた。
「これは、鉛筆……なのですか?」
エミリーもとい栄二は、木炭を指で差しながら質問をした。シスター・ヴィヴィアンは納得したように、それを見つめていた。
「エミリーお嬢様は、触った事無いのね。これは木炭ですね。」
そう言って元に戻した。
シンシアは黙々と勉強している。
その間に小さな子達がベッドで遊んでいたり、外を眺めていたりすると、外にいた男の子達が、慌てて孤児院に帰って来ていた。
「シスター・ヴィヴィアン、大変ですよ!大雨と……。」
年長の男の子が、外の稲光と土砂降りに困っていた。
「さっきまで、快晴だったのに……。」
「大雨と……空と、なんですか?」
シスター・ヴィヴィアンは、その子に話を聞いていた。
「ダンジョンの様子が可怪しいのです。」
男の子は息を切らしながら話した。
カルヴァン神父にでもダンジョンの話はするなと言われているのだろう。
シスター・ヴィヴィアンはそれを静かに聞いていた。
「分かりました。外にいる全ての子供達を孤児院に避難させて下さい。」
シスター・ヴィヴィアンは、年長の男の子の話を聞いた後に彼にそう伝えた。
その子は外に出て、外にいる全ての孤児院の子達を呼び寄せた。
「なあ、何が起きているんだよ。」
エミリーもとい栄二はその慌ただしい様子に驚いていた。
「ダンジョンが……動いているのね。」
シンシアは、カルヴァン神父の言葉を思い出したらしく呟いていた。
「ダンジョンが…動く?」
エミリーが困惑していると、シンシアは淡々と説明した。
「確か、カルヴァン神父はこう話していたの。あの石は詰まりだから取り除いたら、奥に潜んでいる魔物達が一斉に出てくるだろうと。」
シンシアは、白い紙に木炭で何かを描きながら話していた。
「数百年、1回もしくは数千年に1回、あるか無いかと言われているの。」
シンシアは、ゴブリンのイラストを描きながらエミリーに伝えた。
「そんなに、頻繁に起きるのか?」「頻繁に起きる訳ではないけれど、一度起きるとそれが何年も続くの」
シンシアはカルヴァン神父やシスター・ヴィヴィアンから教わったダンジョンの知識を淡々と話し始めた。
「何千年も昔、ドラゴンを従えて、ダンジョンを封じた一族いたのね。それがエミリーの所のロゼッタ家。」
シンシアは、説明している。
「シンシア……何を話しているんだよ。確かにロゼッタ家はテレサから、名門とか聞いていたけど、ドラゴンテイマーなんて都合のいい事ある訳ないじゃん。」
エミリーは、驚きながら話していた。
「これがこの世界の理です。」
シンシアは淡々と話している。
「この世界の理ってなんなんだよ。」
エミリーは、さらに困惑した。
「ドラゴンテイマーだとドラゴンとテレパシーで会話出来ます。」
「確かに話出来るけどさあ。」
エミリーがさらに怯えていると、シスター・ヴィヴィアンが、パンパンと拍手を鳴らして勉強を止めさせた。
どうやら、シンシアはダンジョン学の勉強を、口頭で話して暗唱していたらしい。
「雨が振っていなければ、弓矢の練習出来たのに……。」
シンシアは外を窓越しに見ながら、悲しんでいた。
「シンシアはそんなに弓矢が大好きなのね。」
シスター・ヴィヴィアンはとてもニコニコしながら、シンシアに話しかけた。
「アレスおじさんにそう伝えておくね。」
ヴィヴィアンは、ニコニコしながら、保管庫に向かった後に、すぐに戻って来た。
「今は、孤児院の子達は、聖ペトラ教会に避難した方がいいかもしれません。」
ヴィヴィアンは神妙な顔つきをした。
「どうしてですか?」
エミリーは困った顔をしていた。
エミリーは、この土砂降りで土砂崩れが起きるのだろうと、天変地異の方だと勘違いしていた。
「違います……ダンジョンから魔物が溢れ出す、魔物大増殖の兆候が見え始めたのです。」
シスター・ヴィヴィアンは、机に置いてある資料を眺めた。
「魔物……大増殖?」
エミリーは困惑していた。なぜなら、前世で聞いた事のない言葉だからだ。
「カルヴァン神父曰く、アルピニアン石の減少、大きな石の出現、そして赤竜が出現すると発動するらしいのです。」
「らしいって……?」
「何千年も前からある資料からなのです。」
シスター・ヴィヴィアンには、経験した事か無いので、説明はしづらい。
エミリーには意味が良く分からなかった。
「それはともかくエミリーさんもシンシアちゃんを呼んできてくれますか?」
シスター・ヴィヴィアンは元の顔に戻った。
「はーい、呼んできます!」
エミリーは、孤児院の部屋に戻ったが、シンシアの姿はなかった。
「あれ……シンシア?」
寝室にも戻って見てみるといなかったので、屋根裏の部屋まで行くが、シンシアはいない。
仕方なく、エミリーは孤児院の子達が避難している聖ペトラ教会まで戻った。
「なあ、シンシア知らないか?」
エミリーは孤児院の子供達に聞くと。
「シンシアなら、保管庫に向かったよ〜、だってあそこにはシンシアが大切に使っている弓矢がしまってあるんだもの。」
一人の子が、シンシアの居場所を思い出して、話していた。
「分かった、ありがとう。」
そう言うとエミリーはドアに手を開けて、薬草畑を通り抜けて保管庫に向かった。
保管庫は石造りの為に、雨で濡れるとツルツルと滑る。
(なんだか……動きづらいな。)
そうエミリーは心の中で呟きながら、保管庫の階段を降りて行く。
保管庫には小さくなった蝋燭と予備の蝋が何本か置いてあった。
(これだけの蝋燭では心もとないな。)
エミリーもとい栄二は、不安を覚えながら下に向かって行った。
雨の暗さも相まって暗闇がエミリーを飲み込むようだった。




