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第七話 毒竜肉の燻製ステーキ

 第七話 毒竜肉の燻製ステーキ


 五体の毒竜が山の稜線を越えて現れた。


 しかも普通ではない。


 目が赤い。


 動きも異様だった。


 まるで誰かに操られているようだった。


 討伐隊の隊長カインが剣を抜く。


「戦闘準備!」


 兵士達が慌ただしく動き出す。


 だが士気は高くない。


 相手は成体の毒竜だ。


 一体でも災害級。


 それが五体。


 普通に考えれば勝ち目は薄い。


 レインは毒竜達を観察していた。


 そして気付く。


 痩せている。


 筋肉量も少ない。


 鱗も荒れている。


「餌か」


 小さく呟いた。


「どうした?」


 カインが振り向く。


「あいつら栄養失調です」


「なに?」


 意外な答えだった。


 レインは真剣な顔をしている。


 前世のシェフ時代から食材を見る目には自信があった。


 人間も動物も同じだ。


 食べた物が身体を作る。


 毒竜達は明らかに状態が悪い。


「たぶん無理やり使役されてる」


 レインは言う。


「まともな餌を与えられてない」


 その時。


 毒竜の一体が倒れた。


 ふらついている。


 兵士達が驚いた。


 レインの予想は正しかった。


 そして。


 彼はある作戦を思い付く。


「カイン隊長」


「なんだ?」


「捕まえられます?」


「一体なら何とか」


 レインは笑った。


「料理の時間です」


 一時間後。


 弱った若い毒竜が捕獲された。


 当然ながら暴れている。


 だがレインは気にしない。


 なぜなら。


 美味そうだったからだ。


 周囲の兵士達は引いていた。


「お前、本当に料理人か?」


「料理人です」


「時々猟師とか解体職人に見えるんだが」


 否定できなかった。


 レインは肉を取り分ける。


 今回選んだのは背肉。


 脂の乗った部分だった。


 前世で言えばサーロインに近い。


 そして紙にレシピを書いた。


 毒竜肉の燻製ステーキ(4人前)


 毒竜肉 800g


 塩 16g(肉重量の2%)


 黒胡椒 4g


 にんにく 15g


 香草 10g


 果実酒 50ml


 燻製用チップ 100g


 油 10ml


 下準備


 毒竜肉へ塩を擦り込む。


 全体へ均一に。


 黒胡椒をふる。


 潰したにんにくと香草を塗る。


 果実酒を全体へかける。


 一時間置く。


 燻製


 燻製チップ100gを加熱。


 肉を吊るす。


 70〜80℃程度で45分。


 香り付けを行う。


 仕上げ


 強火で両面2分ずつ焼く。


 その後弱火で10分。


 焼き終わったら5分休ませる。


 肉汁を落ち着かせる。


「なんで燻すんだ?」


 若い兵士が聞く。


 レインは燻製チップを見せた。


「保存性」


 一本目の指を立てる。


「香り」


 二本目。


「臭み消し」


 三本目。


「つまり便利」


 兵士達は感心していた。


 異世界では燻製はほぼ保存食。


 味を良くする技術として認識されていなかった。


 レインは肉を燻し始める。


 煙が立ち上る。


 ゆっくりと。


 じっくりと。


 兵士達は最初意味が分からなかった。


 だが。


 十分後。


 空気が変わる。


 香りだ。


 肉の香り。


 木の香り。


 煙の香り。


 全てが混ざり合う。


「なんだこれ」


「やばいぞ」


「腹減る」


 兵士達がざわつく。


 レインは満足そうに頷いた。


 こういう反応は好きだった。


 料理人冥利に尽きる。


 燻製後。


 肉を焼く。


 ジュウウウウウウッ。


 音が響く。


 完全に兵士達の戦意より食欲が高まっていた。


「普通は戦争前なんだがな」


 カインが苦笑する。


「飯は大事ですよ」


 レインは真面目に答える。


「腹が減った軍隊は弱いです」


 前世の知識だった。


 歴史上でも兵站は重要だった。


 空腹の兵士は戦えない。


 そしてステーキが完成する。


 美しい焼き色。


 燻製の香り。


 滴る肉汁。


 レインは切り分けた。


 断面は綺麗なロゼ色。


 理想的だった。


 カインが一口食べる。


 次の瞬間。


 目を見開いた。


「柔らかい」


 それが第一声だった。


「毒竜肉だぞ?」


 信じられないらしい。


 他の兵士も口へ運ぶ。


 そして沈黙。


 しばらく誰も話さない。


 夢中になっていた。


 食べるのに。


 やがて。


 歓声が上がる。


「うめぇ!」


「今まで食った肉で一番かもしれん!」


「酒持ってこい!」


「戦闘前だぞ!」


 士気は完全に回復していた。


 カインが笑う。


「なるほどな」


「何がです?」


「お前の料理は武器だ」


 レインは少しだけ考えた。


 確かにその通りかもしれない。


 剣ではない。


 魔法でもない。


 だが人を幸せにできる。


 それなら十分だった。


 その時。


 見張り台から伝令が飛び降りてきた。


 顔が真っ青だった。


「大変です!」


 全員が振り向く。


「毒竜を操っていた犯人が判明しました!」


 カインの目が鋭くなる。


「誰だ」


 伝令は震えながら答えた。


「美食侯アドラスです」


 レインが首を傾げる。


 聞いたことのない名前だった。


 しかし周囲の兵士達は凍り付いていた。


「あいつか……」


「最悪だな」


「狂人だ」


 ただならぬ空気だった。


 カインが重い声で言う。


「レイン」


「はい」


「次の相手はドラゴンじゃない」


 遠くの帝都を見つめる。


「料理人だ」


 レインは少し笑った。


 ドラゴンよりも強敵が現れたらしい。

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