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第五話 ドラゴン肉のロースト

 第五話 ドラゴン肉のロースト


「ドラゴン討伐隊の料理人が逃げました」


 村へ駆け込んできた伝令は、開口一番そう言った。


 レインは思わず聞き返す。


「逃げた?」


「はい」


 伝令は疲れ切った顔で頷いた。


「毎日ドラゴン肉ばかり処理させられて心が折れたとか」


 周囲の村人達が顔を見合わせる。


 気持ちは分かる。


 なにせドラゴン肉は有名な不人気食材だった。


 硬い。


 臭い。


 火が通らない。


 消化も悪い。


「討伐隊の連中も困ってるんです」


 伝令が続ける。


「せっかく倒したのに誰も食いたがらなくて……」


 レインは少し考えた。


 そして笑う。


「面白そうだな」


 料理人としての血が騒いでいた。


 翌日。


 山麓の砦へ到着する。


 そこでは討伐隊が深刻な顔をしていた。


 理由はすぐ分かった。


 巨大なドラゴンの脚肉が山積みになっていたからだ。


「うわ」


 レインは思わず声を漏らす。


 大きい。


 前世なら牛何十頭分だろう。


 指で押してみる。


 固い。


 筋繊維も太い。


 赤身が非常に強い。


 それに独特の鉄臭さもある。


 だが。


 致命的な欠点ではない。


 レインは笑った。


「これ高級肉じゃないか」


 討伐隊全員が固まる。


「は?」


 隊長が聞き返す。


「どこがだ?」


「処理すれば化ける」


 レインは断言した。


 肉自体は素晴らしい。


 問題は相変わらず調理法だった。


 現代日本でも鹿肉や猪肉は処理次第で評価が激変する。


 ドラゴン肉も同じだ。


 その日の午後。


 レインは巨大な肉塊を切り分け始めた。


 まず筋を取る。


 余分な脂を外す。


 大きなブロックに分ける。


 隊員達は不思議そうに眺めていた。


「なんでそんなことを?」


「火を均一に通すためだ」


 簡単な話だった。


 大きな塊のまま焼けば外が焦げて中が生になる。


 料理は物理だ。


 熱の伝わり方を考えなければならない。


 そしてレインはレシピを紙へ書いた。


 ドラゴン肉のロースト(6人前)


 ドラゴン肉 1.2kg


 塩 24g(肉重量の2%)


 黒胡椒 6g


 にんにく 20g


 玉ねぎ 200g


 香草 10g


 油 20ml


 水 200ml


「塩そんなに使うのか?」


 隊員が驚く。


 レインは頷いた。


「塩は味付けだけじゃない」


 肉へ塩を擦り込む。


 全体へ均一に。


「保水」


「ほすい?」


「肉汁を逃がしにくくする」


 もちろん多少の説明簡略化はある。


 だが十分だった。


 さらに黒胡椒。


 潰したにんにく。


 香草。


 玉ねぎ。


 全てを肉へ貼り付ける。


 そして休ませる。


「焼かないのか?」


「まだだ」


 ここが重要だった。


 レインは知っている。


 焦る料理人ほど失敗する。


 肉は準備が九割なのだ。


 一時間後。


 大きな鉄板を熱する。


 ドラゴン肉を乗せる。


 ジュウウウウウウ。


 爆音のような音が響く。


 香りが広がる。


 全員の目が変わった。


「なんだこの匂い」


「腹減った」


「今までのドラゴン肉じゃない」


 まず表面を焼く。


 高温で。


 徹底的に。


 旨味を閉じ込めるためだ。


 その後。


 弱火へ移す。


 ゆっくり。


 じっくり。


 火を入れる。


「肉は焦って焼くな」


 レインが言う。


「火は敵じゃない」


 香りが変わる。


 さらに良くなる。


 隊員達の腹が一斉に鳴り始めた。


 二時間後。


 ロースト完成。


 ナイフを入れる。


 断面が現れる。


 中心がほんのり赤い。


 理想的だった。


 肉汁が流れ出す。


 その光景だけで歓声が上がる。


 隊長が最初の一切れを口へ運ぶ。


 噛む。


 沈黙。


 全員が固唾を飲んで見守る。


 そして。


「うまい……」


 その一言だった。


 次の瞬間。


 皆が群がる。


 肉を奪い合う。


 さっきまで嫌われ食材だったとは思えない勢いだった。


「柔らかい!」


「信じられない!」


「これ本当にドラゴンか!?」


 レインは少し笑った。


 予想通りだった。


 そして隊長が震える声で聞く。


「レイン」


「なんだ?」


「料理って魔法なのか?」


 レインは首を横に振る。


「違う」


 ロースト肉を切り分けながら答える。


「知識だ」


 前世で学んだこと。


 何千回も失敗して覚えたこと。


 それだけだった。


 だが。


 その知識が人を笑顔にできる。


 だから料理は面白い。


 その夜。


 山の見張り台から狼煙が上がる。


 討伐隊がざわめく。


「まずいぞ」


 隊長の顔色が変わった。


「何かあったのか?」


 レインが尋ねる。


 隊長は遠くの山脈を指差した。


「新種だ」


 険しい声だった。


「毒竜が現れた」


 そして。


 討伐隊で唯一毒に詳しかった薬師はすでに死んでいた。


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