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第四話 オニオングラタンスープ

 第四話 オニオングラタンスープ


「貴様が噂の料理人か」


 馬車から降りてきた男は、露骨に見下すような視線を向けてきた。


 年齢は四十代半ば。


 高価な服。


 宝石の付いた杖。


 肥えた腹。


 いかにも裕福な貴族だった。


「私は伯爵家専属料理長のグレインだ」


 男は胸を張った。


 周囲の村人達がざわめく。


 有名人らしい。


 だがレインにとっては初対面だった。


「それで?」


「それで、だと?」


 グレインの眉がぴくりと動く。


 どうやら敬意を払われるのに慣れているらしい。


「平民風情が料理で名を上げているそうだな」


「別に名を上げるつもりはないです」


「ふん」


 グレインは鼻で笑った。


 そして村人達を見渡した。


「こんな芋のスープで騒いでいるとはな」


 村人達の顔色が曇る。


 レインも少しだけ眉をひそめた。


 料理人にも色々いる。


 腕の良い料理人。


 悪い料理人。


 そして。


 客を見ない料理人。


 レインが最も嫌いなタイプだった。


「では勝負しろ」


 グレインが言う。


「料理対決だ」


 やっぱりそうなったか。


 レインはため息を吐いた。


 前世でもよくいた。


 高級食材を使うことが料理の腕だと思っている人間。


 だが料理はそうじゃない。


 本当に難しいのは。


 限られた材料で美味い物を作ることだ。


「テーマは?」


「スープ」


 グレインが笑う。


「三十分後に判定だ」


 周囲から歓声が上がる。


 村人達はお祭り気分だった。


 レインは仕方なくフライパンを持ち上げた。


 勝負なら受ける。


 どうせなら全力で。


 グレインが取り出した食材は豪華だった。


 高級鳥肉。


 熟成チーズ。


 香辛料。


 高級ワイン。


 見事な品揃えだ。


 一方。


 レインの前にあるのは。


 玉ねぎだけだった。


「終わったな」


 誰かが呟く。


 確かに普通ならそう思う。


 だが。


 レインはむしろ笑った。


 玉ねぎは偉大な食材だからだ。


「今日はオニオングラタンスープにするか」


 前世でも大好きな料理だった。


 シンプル。


 だが奥が深い。


 料理人の腕が出る。


 レインはまずレシピを書き出した。


 オニオングラタンスープ(4人前)


 玉ねぎ 500g


 バター 30g


 小麦粉 10g


 水 800ml


 塩 8g


 黒胡椒 少々


 パン 4枚


 チーズ 80g


「材料これだけかよ」


 冒険者達が驚く。


 レインは頷いた。


「十分だ」


 そして調理を始める。


 最初に玉ねぎを薄く切る。


 できるだけ均一に。


 ここが重要だった。


 厚さがばらつくと火の通りも変わる。


 料理は下準備で半分決まる。


 バターを溶かす。


 玉ねぎを投入。


 そして炒める。


 ひたすら。


 ただひたすら。


 時間をかけて。


「まだか?」


 村人が聞く。


 レインは首を横に振る。


 まだだ。


 玉ねぎは透明になり。


 やがて茶色になる。


 さらに炒める。


 焦がさない。


 だが深い飴色まで。


「玉ねぎはな」


 レインが言う。


「炒めることで甘くなる」


「本当か?」


「本当だ」


 玉ねぎに含まれる糖分が変化し、旨味も増す。


 前世では当たり前の知識だ。


 だが異世界では違う。


 皆驚いていた。


 やがて玉ねぎが深い琥珀色になる。


 そこで小麦粉を加える。


 軽く炒める。


 水を投入。


 ゆっくり混ぜる。


 スープが完成に近付く。


 香りが変わった。


 甘い。


 優しい。


 食欲を刺激する香り。


 村人達の目が変わる。


 まだ完成すらしていないのに。


 グレインも少しだけ真顔になった。


 そして最後。


 パンを浮かべる。


 チーズを乗せる。


 火で炙る。


 表面がこんがり焼ける。


 完成だった。


 オニオングラタンスープ。


 玉ねぎだけで戦う一皿。


 審査は村人達だった。


 まずグレインのスープを飲む。


 豪華な味。


 高級感。


 間違いなく美味い。


 歓声が上がる。


 だが。


 次にレインのスープを飲んだ瞬間。


 空気が変わった。


 村人達が黙る。


 一人。


 また一人。


 静かになっていく。


「……どうした?」


 グレインが不安そうに言う。


 誰も答えない。


 全員スープを飲んでいる。


 夢中で。


 そして。


 老いた村長が涙を流した。


「懐かしい」


 皆が振り向く。


 村長は震えていた。


「昔、妻が似たものを作ってくれた」


 レインは何も言わない。


 それで十分だった。


 料理は記憶だ。


 思い出だ。


 ただ高級であればいいわけじゃない。


 グレインもついにスープを飲む。


 そして。


 絶句した。


 旨味。


 甘味。


 香り。


 全てが玉ねぎだけで成立している。


 信じられなかった。


「馬鹿な……」


 グレインが呟く。


 レインは肩を竦めた。


「高級食材は誰が使ってもそこそこ美味い」


 静かな声だった。


「でも安い食材は違う」


 玉ねぎのスープを見つめる。


「料理人の腕が出る」


 完全な勝負だった。


 圧勝だった。


 そして。


 敗北したグレインは知らない。


 自分が負けた本当の理由を。


 それは技術ではない。


 客を見るかどうか。


 ただそれだけだった。


 その日の夜。


 村へ新たな報せが届く。


 近くの山でドラゴンが目撃されたのだ。


 しかも。


 討伐隊が食料不足で困っているらしい。


 レインの新しい依頼が始まろうとしていた。


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