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第三話 じゃがいものポタージュ

 第三話 じゃがいものポタージュ


「君がレイン君か」


 冒険者ギルドのギルド長は、レインを見るなりそう言った。


 五十代ほどの大柄な男だった。


 名はガレット。


 歴戦の冒険者らしく顔には傷がある。


 だが今注目しているのはレイン本人ではなかった。


 昨日作ったゴブリン肉のハンバーグである。


「信じられん」


 ガレットは唸った。


「ゴブリン肉をここまで旨くできる人間は初めて見た」


「素材は悪くなかったですから」


 レインが答える。


 途端に周囲がざわついた。


 ゴブリン肉を素材扱いできる人間が異常なのである。


 ガレットは苦笑した。


「そこで依頼だ」


 机の上へ地図を広げる。


 王都から少し離れた小さな村だった。


「飢饉が起きている」


 レインの表情が引き締まる。


 飢饉。


 料理人にとって聞きたくない言葉だった。


「作物が不作でな」


 ガレットが続ける。


「まともな食事ができていないらしい」


「何を食べているんです?」


「芋だ」


「芋?」


「ひたすら芋」


 レインは少し考えた。


 別に悪い食材ではない。


 問題は。


「調理法ですね」


「分かるのか?」


「なんとなく」


 前世でもよくあった。


 食材不足。


 予算不足。


 だが本当に苦しい時ほど料理人の腕が問われるのだ。


 三日後。


 レインは問題の村へ到着した。


 村人達の顔色は悪かった。


 痩せている。


 活気も無い。


 そして。


 食卓を見て納得する。


 蒸しただけの芋。


 朝も芋。


 昼も芋。


 夜も芋。


「なるほど」


 地獄だった。


 栄養以前に心が死ぬ。


 食事は楽しみでもある。


 毎日同じものでは辛い。


 その夜。


 村長から相談を受ける。


「どうにもなりません」


 老いた村長が頭を下げる。


「芋しか育たないのです」


 レインは首を横に振った。


「違います」


「え?」


「芋しか無いんじゃなくて」


 フライパンを持ち上げる。


「芋を活かせてないだけです」


 村人達が困惑する。


 意味が分からないのだ。


 レインは笑った。


「まずは一皿作ります」


 翌朝。


 村の広場へ鍋を設置する。


 集まる村人達。


 半信半疑だった。


 たかが芋で何ができるのか。


 そう思っている。


 レインはじゃがいもを手に取った。


 実際にはじゃがいもによく似た異世界芋だったが、性質はかなり近い。


「今日はポタージュです」


 当然。


 誰も知らない。


 ポタージュという料理を。


 レインは説明を始めた。


「料理は食材の量だけで決まらない」


 まず芋を洗う。


 そして皮を剥く。


「同じ食材でも切り方で味が変わる」


 小さめに切る。


 火の通りを均一にするためだ。


 さらに玉ねぎを召喚する。


 村人達がどよめいた。


 食材召喚スキルだった。


「今回のレシピはこんな感じです」


 4人前(異世界版じゃがいもポタージュ)


 じゃがいも 500g


 玉ねぎ 150g


 バター 20g


 水 600ml


 牛乳 300ml


 塩 6g


 黒胡椒 少々


「数字が大事だ」


 レインは言う。


「料理は勘だけじゃない」


 前世の経験だった。


 もちろん最後は感覚も必要だ。


 だが再現性を生むのは分量である。


 フライパンへバターを入れる。


 ジュワッ。


 溶ける。


 香りが立つ。


 玉ねぎを投入。


 透明になるまで炒める。


 ここで焦がしてはいけない。


 甘味を引き出すためだ。


「玉ねぎには糖分が入っています」


 村人達が驚く。


「甘いのか?」


「火を入れるとね」


 玉ねぎが飴色になる少し前。


 芋を加える。


 さらに炒める。


 野菜の香りが混ざる。


 すでに芋を蒸しただけの匂いとは別物だった。


 水を加える。


 煮込む。


 二十分ほど。


 芋が崩れるくらい柔らかくなるまで。


「ここが重要です」


 レインは木べらで芋を潰す。


 本来ならミキサーを使う。


 だが無い。


 なら潰せばいい。


 料理は工夫だ。


 牛乳を加える。


 塩を加える。


 弱火。


 ゆっくり加熱。


 沸騰はさせない。


 牛乳の風味が飛ぶから。


 前世で何度も新人へ教えた工程だった。


 やがて。


 完成する。


 真っ白なスープ。


 じゃがいものポタージュ。


 香りだけで村人達がざわめいた。


「こんなの芋じゃない」


 誰かが呟く。


 その感想は正しかった。


 レインは一杯差し出した。


 最初に受け取ったのは痩せた少女だった。


 恐る恐る飲む。


 そして目を見開く。


「甘い……」


 周囲が静まり返る。


 少女はもう一口飲んだ。


 涙がこぼれる。


「おいしい」


 たった一言だった。


 それだけで十分だった。


 次々に村人が並ぶ。


 一口飲む。


 驚く。


 また飲む。


 笑顔になる。


 さっきまで暗かった広場へ少しずつ活気が戻っていく。


 ガレットが感心したように呟いた。


「同じ芋なのにな」


「だから料理は面白いんです」


 レインも笑った。


 じゃがいもは安い。


 どこにでもある。


 高級食材ではない。


 だが。


 扱い方次第で人を幸せにできる。


 料理人として、それが何より嬉しかった。


 その日の夜。


 村中でポタージュの作り方が広まった。


 そして翌朝。


 レインの元へ新たな客がやって来る。


 豪華な馬車。


 立派な紋章。


 高価な服。


 どう見ても貴族だった。


 男はレインを見るなり鼻で笑う。


「平民が少し料理できたくらいで騒ぎすぎだな」


 面倒な相手だとレインはすぐに分かった。


 そして予感する。


 次は料理勝負になると。


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