後日談・第四話 王都市場の野菜テリーヌ
後日談・第四話 王都市場の野菜テリーヌ
黒い仮面の印が押された招待状を受け取った翌朝、レインはすぐに王都へ向かったわけではなく、むしろ逆方向へ歩き出そうとしていたのだが、その途中で偶然立ち寄った王都近郊の大市場で異様な光景を目にしたことで予定を変更せざるを得なくなり、広大な市場の一角には売れ残った野菜が山のように積まれ、まだ十分食べられるにもかかわらず荷車へ投げ込まれて廃棄場へ運ばれていく様子が続いていたため、料理人として見過ごすことができなくなっていた。
「また食材が泣いてるな」
レインはそう呟きながら人参を手に取る。
形は少し曲がっている。
だが色は鮮やかで張りもある。
次にアスパラに似た野菜を見る。
こちらも味に問題は無さそうだった。
キャベツも同じだ。
虫食いが少しあるだけで中身は立派だった。
すると近くにいた農家の女性が苦笑する。
「見た目が悪いからね」
「売れないのか」
「貴族向けは特にね」
レインは市場全体を見回した。
確かに高級店の料理人達は真っ直ぐで美しい野菜ばかりを選んでいる。
その気持ちも理解できる。
見た目は商品価値の一部だからだ。
しかし。
「捨てるのは別だろ」
レインは肩を竦める。
食材としては一級品なのだから。
昼過ぎになると市場の責任者が現れた。
名はドワン。
大柄な男だった。
最近ずっと頭を悩ませているという。
「毎年増えるんだ」
山積みの野菜を指差す。
「安く売っても利益にならない」
「加工は?」
「保存技術が弱い」
なるほど、とレインは思った。
前世で言う規格外野菜問題だった。
そして解決法も似ている。
見た目ではなく料理へ変換すること。
「場所借りてもいいか」
ドワンが目を丸くする。
「何するんだ」
「食わせる」
簡単な答えだった。
翌日。
市場中央に大きな調理場が作られた。
農家達。
市場関係者。
料理人。
さらには貴族まで集まっている。
世界を救った料理人が何かすると聞けば当然だった。
レインは机の上へ野菜を並べる。
人参。
キャベツ。
アスパラ風野菜。
玉ねぎ。
全部が売れ残りだ。
「今日は高級料理を作る」
会場がざわつく。
「こんなので?」
誰かが言う。
レインは笑った。
「だから作るんだ」
その言葉で農家達の表情が変わる。
今まで馬鹿にされてきた野菜ばかりだからだ。
レインはまず下茹でを始める。
野菜ごとに茹で時間を変える。
人参は少し長め。
葉物は短く。
アスパラ系は食感が残る程度。
すると若い料理人が質問した。
「一緒じゃ駄目なんですか」
レインは野菜を持ち上げる。
「全部違うからな」
「違う?」
「火の入り方も水分量も」
料理人達が黙る。
基本だが大切な部分だった。
さらに卵と乳脂肪を混ぜ始める。
泡立てないよう静かに。
そして言う。
「料理人っていうのは食材を支配する職業じゃない」
会場が静かになる。
レインは混ぜ続ける。
「食材に合わせる職業なんだ」
そこへ下茹でした野菜を並べる。
色鮮やかだった。
美しい。
さっきまで売れ残りだったとは思えない。
貴族達も見惚れていた。
やがてレシピを書き出す。
王都市場の野菜テリーヌ(8人前)
人参 300g
アスパラ風野菜 300g
キャベツ 300g
玉ねぎ 150g
卵 4個
生クリーム相当 300ml
塩 10g
白胡椒 3g
バター 10g
作り方
人参は3分下茹で。
アスパラ風野菜は1分半。
キャベツは30秒。
玉ねぎはバターで炒める。
卵4個に生クリーム300mlを加える。
塩10g。
白胡椒3g。
よく混ぜる。
型へ野菜を敷き詰める。
卵液を流し込む。
160℃相当の湯煎で45分。
冷却して一晩寝かせる。
「料理は冷ます時間も料理だ」
レインが言う。
「待つのも技術」
その言葉に市場の料理人達が頷く。
出来上がりを急ぐ人間ほど失敗する。
それは料理でも人生でも同じだった。
完成したテリーヌが切り分けられる。
断面は美しかった。
赤。
緑。
白。
黄色。
宝石箱のようである。
最初に食べたのは王都屈指の高級店の料理長だった。
神妙な顔で口へ運ぶ。
噛む。
香りを確かめる。
そして黙り込む。
十秒ほど経ってからようやく呟いた。
「高級店で出せる」
会場がどよめいた。
続いて貴族達も試食する。
絶賛だった。
一皿ごとに売値まで計算し始める者すらいた。
農家達は信じられないという顔になる。
昨日まで捨てられていた野菜だからだ。
ドワンは震える手でテリーヌを見つめた。
「これが……あの売れ残りか」
「売れ残りじゃない」
レインは答える。
「使い方を知られてなかっただけだ」
その瞬間だった。
市場の入口が騒がしくなる。
黒い外套。
黒い仮面。
あの招待状と同じ紋章。
誰も名を知らない料理人が立っていた。
そして静かに拍手する。
「見事です」
女性の声だった。
全員の視線が集まる。
仮面の料理人はレインを見る。
「ですが」
その声には絶対の自信があった。
「次は私が勝ちます」
風が吹く。
仮面がわずかに揺れる。
レインは笑った。
久しぶりに本物の勝負ができそうだった。




