↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
13/15

後日談・第三話 川魚の香草ムニエル

 後日談・川魚の香草ムニエル


 野菜の村を旅立ったレインは川沿いの街道を北へ向かっていたのだが、道中ですれ違う荷馬車の御者達が口を揃えて「リーヴァの町には行くな」と言うため少しだけ興味を引かれ、料理人としての勘も働いたことから予定を変更してその町へ足を運ぶことにした。


 昼過ぎに到着したリーヴァは大きな川に面した漁業の町だった。


 港町アズールほど大きくはない。


 だが川魚漁で豊かだったらしい痕跡が町のあちこちに残っている。


 魚市場。


 燻製小屋。


 加工場。


 立派な倉庫。


 しかし今はどれも閑散としていた。


 市場へ入ったレインはすぐ違和感に気付く。


 魚は並んでいる。


 鮮度も悪くない。


 にもかかわらず客がいない。


「前にも似た光景を見たな」


 そう呟きながら一匹の魚を持ち上げる。


 体長は四十センチほど。


 脂もある。


 目も澄んでいる。


 悪い魚ではない。


 だが。


 鼻を近付けた瞬間に原因が分かった。


「泥臭い」


 魚屋の主人が苦い顔で頷く。


「だろ?」


「確かに」


「昔はこんなことなかったんだ」


 主人が言うには数年前から急に評判が悪くなり、王都の商人達も買わなくなったらしい。


 レインは何匹か確認する。


 全部同じ。


 鮮度ではない。


 処理でもない。


「川か」


 レインが呟く。


「え?」


「水草を食べ過ぎてる」


 魚屋は驚いた顔になる。


 レインは前世の知識を思い出していた。


 実際の淡水魚でも生息環境によって泥臭さが出る。


 魚そのものの問題ではなく環境の影響であることも多い。


 つまり。


 旨くないわけではない。


 料理次第だった。


 その夜。


 町長の家で会議が開かれた。


 漁師達。


 魚屋達。


 宿屋の主人達。


 みんな深刻な顔をしている。


「このままだと冬が越せん」


 漁師の一人が言う。


「借金も増えてる」


「息子を王都へ働きに出した」


 そんな話が次々と出る。


 レインは黙って聞いていた。


 話を遮らない。


 まず問題を知る。


 それも料理人の仕事だった。


 全員の話を聞いた後でようやく口を開く。


「明日魚を見せてください」


 それだけ言った。


 翌朝。


 広場には大勢の住民が集まっていた。


 すでに野菜村の噂も広まっている。


 世界を救った料理人。


 捨て野菜を人気商品へ変えた男。


 期待している者もいる。


 半信半疑の者もいる。


 レインは調理台の前へ立った。


 魚を並べる。


 包丁を握る。


 その瞬間、周囲が静かになった。


 調理が始まる。


 魚の鱗を取る。


 腹を開く。


 内臓を外す。


 流水で洗う。


 一連の動きに無駄がない。


「魚料理は下処理が八割なんだ」


 レインが言う。


「料理人は焼くところばかり注目されるけど、実際はその前に勝負が終わってることが多い」


 漁師達が真剣な顔で聞いている。


 彼らも魚は扱う。


 だが料理人ではない。


 目線が違うのだ。


 レインはレシピを書き出した。


 川魚の香草ムニエル(4人前)


 川魚 4尾(約250g×4)


 塩 8g


 黒胡椒 2g


 小麦粉 40g


 バター 40g


 香草 10g


 レモン代替果実 1個


 オリーブ油 15ml


 下処理


 魚の内臓を取り除く。


 流水で血を洗う。


 塩4gを振る。


 15分置く。


 出てきた水分を拭き取る。


 調理


 黒胡椒を振る。


 小麦粉を薄くまぶす。


 フライパンへ油を引く。


 皮目から焼く。


 片面4分。


 裏面3分。


 最後にバターと香草を加えて香りを移す。


 果汁を絞って完成。


「塩をする理由は?」


 漁師が質問する。


 レインは笑った。


「臭い成分と水分を出すため」


 なるほどという声が上がる。


「泥臭さは消せないと思ってる人が多いけど、それは違う」


 魚を持ち上げる。


「問題を分解すれば解決できる」


 前世の料理長時代から変わらない考え方だった。


 料理とは問題解決。


 なぜ不味いのか。


 なぜ旨くないのか。


 それを考える。


 レインは魚を焼き始めた。


 ジュウウウウウウ。


 音が響く。


 香りが立つ。


 観客がざわつく。


 すると若い漁師が首を傾げた。


「なんで川魚なのに臭くないんだ」


「臭い部分を減らしたから」


 レインは答える。


「さらに香草とバターで香りを上書きしている」


 料理漫画の解説そのものだった。


 やがて魚が焼き上がる。


 皮はパリパリ。


 身はふっくら。


 仕上げのバターが黄金色に輝いている。


 完成だ。


 最初に食べたのは町長だった。


 ナイフを入れる。


 湯気が立つ。


 口へ運ぶ。


 噛む。


 そして。


 目を見開いた。


「旨い」


 その一言だった。


 全員が前へ出る。


 試食が始まる。


 老漁師。


 宿屋の主人。


 魚屋。


 子供達。


 次々と口へ運ぶ。


 反応は全員同じだった。


「臭くない!」


「身が甘い!」


「川魚なのに!」


「むしろ海魚より旨いぞ!」


 歓声が広場へ響く。


 ある宿屋の主人が興奮しながら叫ぶ。


「これを名物にしよう!」


 魚屋も頷く。


 漁師達も笑い始める。


 昨日まで諦めていた人間達だった。


 だが今は違う。


 希望があった。


 料理は魔法ではない。


 魚を別の魚へ変えた訳でもない。


 ただ正しく扱っただけだ。


 それだけで価値は変わる。


 レインはその様子を見ながら静かにフライパンを片付ける。


 問題は解決した。


 だからもう十分だった。


 だが旅の終わりは近付いていた。


 その夜。


 宿へ戻ったレインの前へ一通の招待状が届く。


 黒い封筒。


 差出人不明。


 中には短い文だけが書かれていた。


「次は私と勝負していただきたい」


 そして最後に。


 黒い仮面の印が押されていた。


 レインは少しだけ笑う。


 どうやら面白い相手が現れたらしい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。