後日談・第二話 畑野菜のミネストローネ
後日談・第二話 畑野菜のミネストローネ
港町アズールを出発してから十日ほど経った頃、レインは緩やかな丘陵地帯に囲まれた農村地帯へ辿り着いていたのだが、遠くから見える畑は青々として豊かに見えるにもかかわらず、なぜか村人達の表情は暗く、荷車の上には大量の野菜が積まれているというのに市場へ運ばれる様子もなく、そのまま畑の隅へ捨てられている光景があちこちで見られたため、料理人としての好奇心より先に違和感が生まれていた。
「不作じゃないのに困ってるのか」
レインは独り言を漏らしながら捨てられている野菜を一つ手に取る。
人参だった。
少し曲がっている。
だが色は鮮やかだ。
みずみずしさもある。
次は玉ねぎを拾う。
少し傷があるだけだった。
味に問題があるようには見えない。
「これはおかしいな」
そこへ一人の農夫が歩いてきた。
筋骨隆々の男だったが顔色は暗い。
「兄ちゃん旅人か」
「そんなところです」
「買うなら好きなだけ持っていってくれ」
レインは眉をひそめる。
「売らないんですか」
「売れないんだ」
農夫は悔しそうに答えた。
今年は豊作だった。
だが豊作すぎた。
市場には野菜が溢れた。
値段が暴落した。
さらに少しでも形が悪い野菜は買い叩かれるか見向きもされない。
結果として捨てるしかない。
レインは周囲を見回した。
人参。
玉ねぎ。
キャベツ。
豆。
芋。
どれも立派な食材だった。
前世のレストランなら喜んで使う。
「もったいないな」
その言葉に農夫達が苦笑する。
全員がそう思っている。
だがどうにもならない。
だから諦めているのだ。
その夜、レインは村長の家へ呼ばれた。
食卓には野菜料理が並んでいる。
だがどれも単調だった。
茹でる。
焼く。
煮る。
それだけ。
不味くはない。
だが野菜の魅力を引き出しているとは言い難かった。
食事を終えたレインは村長へ尋ねた。
「捨ててる野菜、全部使っていいですか」
村長は目を丸くした。
「全部?」
「全部です」
「何に使うんだい」
レインは笑った。
「価値を作ります」
翌朝。
村の中央広場には巨大な鉄鍋が設置されていた。
農夫達も集まっている。
子供達も興味津々だ。
レインはまず山積みの野菜を運び込ませた。
曲がった人参。
小さなキャベツ。
傷の付いた玉ねぎ。
売り物にならなかった野菜達である。
そして大声で宣言する。
「料理は高級食材を旨くする技術じゃない」
全員が聞き入る。
「価値が無いと思われている食材へ価値を作る技術だ」
農夫達の表情が少し変わる。
レインは包丁を握った。
人参を切る。
玉ねぎを切る。
キャベツを刻む。
じゃがいもも切る。
均一に。
同じ大きさに。
そこへ少年が質問した。
「なんで同じ大きさなの?」
レインは少し嬉しくなった。
こういう質問は好きだった。
「火の通り方を揃えるためだ」
「火の通り方?」
「小さいのだけ煮えすぎたり大きいのだけ生だったりしたら困るだろ」
少年は感心したように頷く。
料理漫画の主人公らしい説明だった。
次にレインは鍋へ油を入れた。
召喚した高品質のオリーブ油である。
そこへ玉ねぎとにんにくを投入する。
ジュウッという音が響く。
香りが立つ。
村人達がざわめいた。
まだ何も完成していない。
だが既に良い匂いがする。
「料理は香りから始まる」
レインは木べらを動かしながら言った。
「特に玉ねぎは重要だ」
色が変わる。
白色から透明へ。
透明から薄茶色へ。
さらに。
さらに炒める。
「ここで手を抜くと旨味が出ない」
「焦げそうだぞ!」
農夫の一人が叫ぶ。
レインは笑う。
「まだだ」
さらに炒める。
やがて飴色になった。
そこでようやく人参とキャベツを投入する。
野菜の香りが爆発した。
歓声が上がる。
今まではただ捨てるだけだった野菜から、こんな匂いが出るとは思わなかったのだ。
レインはレシピを板へ書いた。
畑野菜のミネストローネ(12人前)
人参 600g
玉ねぎ 500g
キャベツ 800g
じゃがいも 700g
トマト 600g
にんにく 20g
オリーブ油 50ml
水 4000ml
塩 25g
黒胡椒 5g
作り方
玉ねぎとにんにくを飴色まで炒める。
人参とキャベツを加える。
トマトを潰しながら投入。
じゃがいもを入れる。
水4000mlを加える。
弱火で40分。
塩と胡椒で調整して完成。
村人達は真剣な顔でメモを取っていた。
普段捨てている野菜の価値が変わり始めているからだ。
やがて鍋が完成する。
真っ赤ではない。
派手でもない。
だが美しい。
野菜の色が生きている。
湯気が立ち上る。
香りが村中へ広がる。
最初に食べたのは昨日の農夫だった。
スプーンを口へ運ぶ。
噛む。
飲み込む。
そして固まった。
「甘い」
思わず呟く。
続いてもう一口。
「人参が甘い」
さらにもう一口。
「キャベツもだ」
周囲の人々も食べ始める。
次々と歓声が上がる。
子供達はおかわりを要求する。
野菜嫌いらしい少年まで夢中になっている。
その光景を見ながらレインは満足そうに鍋をかき混ぜた。
高級食材ではない。
珍しい料理でもない。
だが。
価値が無いと思われていたものへ価値を与える。
それこそ料理人の仕事だった。
そして三日後、村へ大都市の商人達が押し寄せることになる。
噂が広まったのだ。
捨て野菜から作る絶品スープの村として。
一方レインはその頃にはもう次の町へ向かっていた。
今度は川沿いの漁村だった。
そこで待っている問題をまだ知らないまま。




