後日談・最終話 伝説竜の至高フルコース
後日談・第五話 伝説竜の至高フルコース
王都大闘技場の観客席は完全に埋め尽くされており、貴族も商人も冒険者も職人も、そして遠方の町からやって来た農民達ですら集まっているほどの熱狂の中で、中央の巨大な調理場には二つの厨房が並び、その一方へ立つレインはいつも通りの旅装束と使い込まれたフライパンだけを携え、もう一方には黒い仮面と黒いコートを身に纏った料理人が静かに立っていた。
司会役の大臣が叫ぶ。
「これより王国料理祭決勝戦を開始する!」
歓声が轟く。
レインは軽く手を振る。
一方の仮面の料理人は全く動かない。
その佇まいからだけでも一流だと分かる。
だが。
嫌な空気も感じた。
「時間制限は二時間!」
さらに歓声。
「テーマは伝説竜肉!」
会場中央へ巨大な肉塊が運び込まれる。
かつてレインが世界を救った際にも使った最高級食材。
だが扱いは難しい。
火を入れすぎれば固くなる。
足りなければ生臭い。
そして何より。
ソースとの相性が極端に出る肉だった。
審査員席には王族や大貴族、さらにはアドラスまで座っている。
アドラスは少し笑った。
「面白い勝負になりそうだ」
開始の鐘が鳴る。
その瞬間だった。
仮面の料理人が驚異的な速度で肉へ包丁を入れ始める。
速い。
観客から驚きの声が上がる。
さらに大量の高級食材。
希少香草。
熟成ワイン。
特上バター。
高級茸。
次々に並ぶ。
まるで財力そのものを叩き付けているようだった。
「なるほど」
レインは笑う。
本気らしい。
だが次の瞬間。
仮面の料理人が隣の厨房へぶつかった。
ガタン。
レインの調味料棚が倒れる。
観客席がざわめく。
「失礼」
仮面の料理人は謝った。
だが目は笑っている。
わざとだった。
レインは何も言わない。
料理人としてではなく勝負師として来ている。
そういう相手だと理解した。
さらに三十分後。
今度は仮面の料理人の使い魔がレインの薪置き場へ突っ込む。
薪が散乱する。
火力管理が狂う。
周囲から怒号が飛んだ。
だが仮面の料理人は気にしない。
そして叫ぶ。
「料理は勝負だ!」
会場が静まり返る。
「心など不要!」
ナイフを振り上げる。
「勝てばいい!」
歓声を上げる者もいた。
極端な実力主義。
ある意味では分かりやすい。
だがレインは首を横へ振る。
「違うな」
肉を焼きながら呟く。
仮面の料理人が睨む。
「何がだ」
「料理は食べる人のためにある」
仮面の奥の目が少し険しくなった。
だが手は止まらない。
勝負は続く。
レインは今回ある作戦を考えていた。
凝りすぎない。
派手にしない。
伝説竜肉が最も美味しくなる構成を選ぶ。
料理名は。
『伝説竜の至高フルコース』。
前菜からデザートまで総合力で勝負する。
レシピを書き出す。
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伝説竜ロースト(8人前)
伝説竜肉 2kg
塩 40g
黒胡椒 8g
香草 20g
にんにく 20g
バター 60g
赤ワインソース
赤ワイン 500ml
玉ねぎ 200g
伝説竜の出汁 500ml
バター 30g
塩 6g
野菜の付け合わせ
人参 300g
じゃがいも 500g
玉ねぎ 200g
調理工程
肉へ塩と胡椒を振り30分置く。
表面を強火で焼く。
180℃相当で25分。
休ませる時間15分。
その間にソースを仕上げる。
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一方。
仮面の料理人も似た構成だった。
だが違う。
とにかく品数が多い。
豪華。
複雑。
派手。
観客受けを狙っている。
そして時間も削られていく。
残り一時間。
残り四十分。
残り二十分。
観客席も気付き始める。
仮面の料理人の作業量が異常だと。
アドラスも眉をひそめた。
「まずいな」
王様が聞く。
「何がだ」
「料理は引き算です」
アドラスは静かに答えた。
「足し算ではありません」
残り十分。
ついに問題が起きる。
仮面の料理人は肉を仕上げた。
付け合わせも完成した。
盛り付けも美しい。
だが。
ソースがまだ煮詰まっていない。
伝説竜肉最大の難所だった。
肉よりソースの方が難しい。
旨味をまとめる時間が必要なのだ。
仮面の料理人の額に汗が流れる。
初めてだった。
焦った顔を見せたのは。
残り五分。
必死に煮詰める。
だが足りない。
香りも弱い。
濃度も不足している。
残り一分。
鐘が鳴る。
終了だった。
仮面の料理人は俯いた。
完成しなかった。
それだけだった。
レインは静かに皿を提出する。
全て計算通り。
肉も。
付け合わせも。
ソースも。
審査が始まる。
まずは仮面の料理人。
肉は完璧。
技術も凄まじい。
だが。
ソースだけが足りない。
「ふふふ、このソースが絶品なのだ」
「で、そのソースは?」
「りんごと玉ねぎを刻み、各種調味料を絶妙に配合してだな・・・」
「だからそのソースはどこ」
「そ、そのソースはだなァ・・・」
「後一分もあれば余裕で完成したのだ!」
仮面の料理人は自信満々に言う。
威張る事ではなかった。
みなの突き刺すような視線に仮面の料理人は恥ずかしそうに沈黙するだけだった。
「料理以下の未完成品」
全員が同じ評価だった。
そしてレインの皿が運ばれる。
肉を切る。
香りが立つ。
ソースを絡める。
食べる。
沈黙。
数秒後。
王様が笑った。
「旨い」
一人。
また一人。
評価が上がる。
そして。
満場一致。
勝者。
レイン。
闘技場が揺れるほどの歓声が上がった。
仮面の料理人はしばらく俯いていた。
やがて。
静かに仮面を外す。
現れたのは若い女性だった。
会場が驚く。
彼女はレインを見る。
悔しそうだった。
だがどこか吹っ切れてもいた。
「なぜだ」
小さく尋ねる。
「私の技術は負けていなかった」
レインは頷く。
「そうだな」
「ならなぜ負けた」
レインはソース鍋を指差した。
「料理は完成させて初めて料理なんだ」
女性は黙る。
「途中では評価されない」
彼女の目が揺れた。
レインは笑う。
「勝負だからこそ最後まで逆算しないと駄目なんだ」
長い沈黙。
やがて。
女性は頭を下げた。
「負けました」
その瞬間。
観客席から盛大な拍手が起こる。
レインも手を差し出した。
女性は少し迷った後で握る。
勝負は終わった。
料理だけが残った。
その夜。
王都中の料理人が集まって宴会が開かれた。
勝者も敗者も関係ない。
旨い料理を食べる。
それだけだった。
そして翌朝。
レインはまた旅に出る。
フライパンを背負って。
新しい食材。
新しい町。
新しい料理。
まだ知らないものが世界には無限にある。
料理人レインの旅は終わらない。
きっとこれからもずっと続いていくのだから。
完




