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最終話 世界平和のフルコース

 最終話 世界平和のフルコース


「世界を救う料理を作れるか?」


 二十年前に死んだはずの伝説の料理人にして全ての黒幕である男がそう言った瞬間、競技場を覆っていた黒い雲がさらに濃くなり、空を飛ぶ黒竜達が一斉に咆哮を上げ、それに呼応するように帝国中の魔物達が暴れ始めているという報せが次々と届き、観客席にいた貴族達が逃げ惑い始めたものの、レインだけは静かだった。


「救うさ」


 フライパンを肩へ担ぎながら答える。


「料理人だからな」


 男は笑う。


「なるほど、やはり気に入らんな」


 そして黒竜の背後から現れた巨大な魔法陣が空を埋め尽くし、これまで操っていた毒竜や魔物達を強制的に暴走させ始めた結果、帝国全土が大混乱へ陥ることになる。


 アドラスが叫ぶ。


「兄上、何をするつもりだ!」


「簡単だ」


 男は両手を広げた。


「最高の料理を独占する世界を作る」


 レインはそこで理解した。


 この男は料理人だった。


 だが食べる人のためではない。


 自分のためだけに料理を作る料理人だった。


 だからこそ歪んでしまった。


「料理は支配の道具じゃない」


 レインが言う。


 男は鼻で笑う。


「なら何だ」


 レインは少し考えた。


 そして答える。


「人を幸せにする道具だ」


 その言葉にアドラスが目を見開く。


 兵士達も。


 観客達も。


 静まり返った。


「証明しろ」


 男が言った。


「この世界を救う料理でな」


 勝負だった。


 最後の。


 そして。


 レインはフライパンを握る。


「いいだろう」


 食材召喚を発動する。


 光が溢れる。


 今までで最大規模だった。


 玉ねぎ。


 人参。


 じゃがいも。


 香草。


 牛肉。


 ドラゴン肉。


 ゴブリン肉。


 旅の中で使ってきた全ての食材。


 それらが現れる。


 レインは笑った。


「最後はフルコースだ」


 誰も理解できなかった。


 世界の危機に料理を作る意味が。


 だが料理人だけは違う。


 料理人は信じている。


 食べることの力を。


 レインはレシピを書き始めた。


 世界平和のフルコース(100人前)


 牛肉 20kg


 ドラゴン肉 15kg


 ゴブリン肉 10kg


 じゃがいも 30kg


 玉ねぎ 25kg


 人参 15kg


 香草 500g


 バター 2kg


 塩 600g


 黒胡椒 120g


 スープ用水 100L


 チーズ 10kg


 果実酒 5L


 前菜


 オニオングラタンスープ


 玉ねぎ10kg


 バター1kg


 水50L


 チーズ5kg


 魚代わり


 毒竜薬膳スープ


 毒竜肉8kg


 生姜500g


 長ねぎ3kg


 香草300g


 肉料理


 黒竜ロースト


 黒竜肉15kg


 塩300g


 黒胡椒50g


 香草200g


 主食


 ふわふわ熟成パン


 小麦粉20kg


 発酵種2kg


 塩200g


 水12L


 デザート


 果実コンポート


 季節果実15kg


 蜂蜜2kg


 果実酒500ml


 調理が始まる。


 レイン一人ではない。


 いつの間にか。


 周囲の料理人達が動いていた。


 アドラス。


 村の料理人達。


 ギルドの料理人。


 王宮料理人。


 全員が包丁を握っている。


「手伝うぞ」


 アドラスが言う。


 レインは笑う。


「助かる」


 料理人に敵も味方もない。


 旨いものを作りたい。


 その気持ちだけだった。


 巨大な鍋が並ぶ。


 スープが沸く。


 肉が焼ける。


 パンが膨らむ。


 香りが広がる。


 帝都を。


 王国を。


 そして魔物達のいる戦場までも包み始める。


 おかしな話だった。


 だが。


 空腹だった兵士達が立ち上がる。


 疲れていた人々が笑う。


 暴れ狂っていた魔物達ですら動きを止める。


 香りに惹かれるように。


 食材召喚がさらに輝く。


 世界中へ料理が届く。


 これまで旅で出会った人々の笑顔が頭をよぎる。


 ハンバーグを食べて驚いた冒険者。


 ポタージュで泣いた少女。


 ステーキを奪い合った兵士達。


 みんな。


 ただ美味しいものを食べたかっただけだ。


 男は黙ってその光景を眺めていた。


 そして。


 気付く。


 誰も自分を見ていない。


 料理を見ている。


 笑顔を見ている。


 幸せを見ている。


 それが悔しかった。


 そして。


 少し羨ましかった。


「負けたな」


 男が呟く。


 レインは鍋をかき混ぜながら答える。


「料理に勝ち負けなんてないさ」


 男は笑う。


 今までで一番穏やかな笑みだった。


 その身体が光になる。


 魔法陣も消える。


 黒竜達も静かになる。


 空へ青色が戻る。


 世界は救われた。


 戦争も。


 飢餓も。


 暴走した魔物達も。


 たった一人の料理人によって。


 それから五年後。


 王都の中心には巨大なレストランが建っていた。


 店の名前は。


『フライパン亭』


 安直だった。


 だが繁盛している。


 連日満席だった。


 店の中央ではレインがフライパンを振っている。


 冒険者も来る。


 貴族も来る。


 王様も来る。


 時には魔族まで来る。


 皆が同じ料理を食べる。


 同じように笑う。


 それがレインの目指した世界だった。


「マスター!」


 新人料理人が叫ぶ。


「今日のまかない何ですか!」


 レインは笑う。


 フライパンを振り上げる。


「ゴブリン肉のハンバーグだ!」


 厨房が歓声に包まれる。


 異世界転生。


 ハズレスキル。


 フライパン一本。


 そして料理。


 その全てが繋がって今がある。


 人を救うのは剣だけじゃない。


 魔法だけでもない。


 時には一皿の料理が世界を変える。


 そう信じる料理人は今日も美味しい料理を作り続けるのだった。


 完

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