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君と見た最後の海 ~海に咲いた、二十歳の恋~ 二十歳の恋の行き先は、未来ではなく、二人で向かった最後の海だった。  作者: 雨宮ぐみ


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第三十八話 海へ向かう道

第三十八話 海へ向かう道


港を離れてから。


どれくらい歩いただろう。


さとるには。


時間の感覚がなくなっていた。


ただ。


一歩。


また一歩。


足を前へ出していた。


隣には。


剛がいる。


前にも。


後ろにも。


出発する仲間たちがいる。


誰も。


ほとんど話さなかった。


朝の冷たい風が。


頬を撫でていく。


さとるは。


一度だけ振り返った。


故郷の海が見えた。


遠い。


さっきまで。


あんなに近くにあった海が。


もう小さく見える。


その瞬間。


胸の奥が締めつけられた。


――本当に離れるんだ。


そう思った。


「……さとる」


剛が呼んだ。


「ん?」


「見るか?」


「何を?」


剛が。


自分の後ろを指した。


「俺も見たい」


さとるは。


少しだけ笑った。


「じゃあ、一緒に見るか」


二人は。


歩きながら。


最後にもう一度。


故郷の方向を見た。


海。


山。


そして。


自分たちが過ごした場所。


さとるは。


心の中で。


静かに言った。


――行ってきます。


誰に向けた言葉なのか。


自分でも分からなかった。


家族なのか。


薫なのか。


故郷なのか。


それとも。


この海そのものなのか。


---


しばらくして。


移動のための車が用意された。


全員が乗り込む。


さとるは。


窓の外を見た。


町の景色が。


ゆっくり後ろへ流れていく。


見慣れた道。


店。


家。


畑。


海。


どれも。


昨日までは。


何気ない景色だった。


今日は。


違って見える。


「……あそこ」


さとるが。


窓の外を指した。


剛が見る。


「何だ?」


「あの道」


「?」


「薫と歩いたことがある」


剛は。


何も言わなかった。


ただ。


小さく頷いた。


「覚えておけ」


「……うん」


「帰ったら。


また歩けばいい」


その言葉に。


さとるは。


少しだけ笑った。


「そうだな」


---


車が進む。


故郷の景色が。


少しずつ消えていく。


山。


町。


海。


全部。


後ろへ流れていく。


さとるは。


窓に額をつけた。


冷たい。


その冷たさが。


心地よかった。


「剛」


「ん?」


「沖縄って。


どんなところなんだろうな」


剛は。


少し考えた。


「……分からない」


「俺も」


二人とも。


沖縄へ行ったことはない。


ただ。


聞かされているだけだった。


沖縄方面。


その言葉が。


今までは。


遠い場所の名前だった。


でも。


今日は違う。


自分たちが。


そこへ向かう。


「……遠いな」


さとるが言った。


「ああ」


剛が答えた。


「すごく遠い」


---


しばらく。


車の中には。


沈黙が続いた。


誰かが。


小さく咳をした。


誰かが。


窓の外を見ている。


誰も。


眠っていない。


さとるも。


眠れなかった。


目を閉じると。


薫が浮かぶ。


昨日。


高台で抱き合った。


泣きながら。


「また明日」


と言った。


――明日。


その言葉を。


自分はまだ信じていいのだろうか。


さとるは。


胸の中で問いかけた。


答えは。


出なかった。


---


やがて。


移動の先に。


海が見えた。


大きな港だった。


そこには。


これから向かう先へ進むための準備がされている。


さとるは。


その海を見て。


息を呑んだ。


故郷の海とは。


違う海。


けれど。


同じ海でもある。


海は。


どこまでも続いている。


その先に。


沖縄がある。


そして。


その先には。


自分たちがまだ知らない未来がある。


「……ここからか」


剛が言った。


「うん」


二人は。


車から降りた。


---


港には。


重い空気が流れていた。


出発する者たちが。


静かに集められている。


さとるは。


周囲を見た。


誰も。


笑っていない。


けれど。


誰も逃げていない。


その姿を見て。


胸が苦しくなった。


みんな。


怖いのだ。


それでも。


ここまで来た。


さとるも。


同じだった。


怖い。


帰りたい。


それでも。


ここまで来てしまった。


剛が隣に立った。


「さとる」


「ん?」


「まだ怖いか?」


「……うん」


「俺も」


剛は。


少し笑った。


「じゃあ。


まだ普通だな」


さとるも。


少しだけ笑った。


「そうだな」


---


そのとき。


遠くから。


船の姿が見えた。


さとるは。


黙って見つめた。


これから。


あの海へ出る。


故郷の海を離れ。


沖縄へ向かう。


そう考えた瞬間。


胸の奥が。


また締めつけられた。


「……薫」


小さく。


名前が漏れた。


剛が聞いた。


けれど。


何も言わなかった。


ただ。


隣に立っていた。


それだけで。


十分だった。


---


さとるは。


最後に空を見上げた。


青い空。


その下に。


海が広がっている。


どこまでも。


どこまでも。


海は続いている。


その海の向こうへ。


自分たちは向かう。


怖かった。


それでも。


歩く。


剛と並んで。


仲間たちとともに。


そして。


心の中に。


薫を残したまま。


二十歳の青年は。


沖縄へ向かう海へ。


足を踏み出した。

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