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君と見た最後の海 ~海に咲いた、二十歳の恋~ 二十歳の恋の行き先は、未来ではなく、二人で向かった最後の海だった。  作者: 雨宮ぐみ


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第三十一話 薫の涙

第三十一話 薫の涙


朝。


さとるは目を覚ました。


外はまだ薄暗かった。


目を開けたまま。


しばらく天井を見つめる。


眠ったはずなのに。


身体が重かった。


昨日の訓練が頭に残っている。


動作を間違えた。


何度もやり直した。


身体が止まった。


教官に叱られた。


そして。


自分でも認めた。


――怖い。


さとるは布団の中で。


両手を握った。


昨日と同じように。


指先が震えている。


握る。


開く。


もう一度握る。


それでも震えは止まらない。


「……あと二日」


小さく呟いた。


昨日は三日だった。


今日は二日。


明日が過ぎれば。


その次の日には。


沖縄へ向けて出発する。


その事実を考えた瞬間。


胸が苦しくなった。


さとるは急いで起き上がった。


考えないようにするためだった。


---


朝食。


さとるは昨日よりも意識して食べた。


一口。


二口。


ゆっくり噛む。


けれど。


箸を持つ手が震えた。


味がよく分からない。


剛が向かいから見ていた。


「眠れなかった?」


さとるは顔を上げる。


「……少し」


「俺もだ」


剛はそれだけ言って。


飯を食べ続けた。


二人とも。


出発のことを話さなかった。


話さなくても。


頭の中には同じことがある。


あと二日。


---


「集合!」


声が響いた。


さとるは立ち上がった。


昨日のことを思い出す。


集合という言葉を聞くだけで。


胸が跳ねる。


今日は何も告げられない。


ただの訓練だ。


そう分かっている。


それでも。


身体は緊張した。


訓練場へ向かう途中。


さとるは何度も自分の手を握った。


震えを抑えるように。


---


「開始!」


訓練が始まった。


さとるは昨日より慎重だった。


一つ。


一つ。


動作を確認する。


遅れない。


間違えない。


止まらない。


そう自分に言い聞かせる。


ところが。


次の指示が出た瞬間。


頭の中に。


また浮かんだ。


――沖縄。


足が一瞬止まった。


「続けろ!」


教官の声。


さとるは慌てて動く。


「はい!」


だが。


今度は手の動きを間違えた。


「違う!」


「……はい!」


もう一度。


やり直す。


今度は成功した。


けれど。


その直後。


さとるは大きく息を吐いた。


まるで。


息をすることすら忘れていたようだった。


---


休憩時間。


剛が隣に座った。


「昨日よりマシだな」


「そうか?」


「ああ」


さとるは苦笑した。


「でも、怖い」


剛は頷いた。


「俺もだ」


しばらく二人は海を見た。


剛が言う。


「あと二日だ」


さとるは返事をしなかった。


「明日は最後の日だな」


その言葉に。


さとるの指が止まった。


「……最後」


口に出した瞬間。


胸が詰まった。


剛はそれ以上言わなかった。


---


訓練が終わった。


さとるは。


自分の荷物の整理を始めた。


何度も確認する。


必要なもの。


不要なもの。


一度まとめる。


また確認する。


そして。


また最初から確認する。


剛が見ていた。


「さとる」


「ん?」


「さっきから三回目だぞ」


さとるは手を止めた。


「……そうか」


「落ち着かないんだろ」


「うん」


自分でも分かっていた。


何かをしていないと。


不安だった。


手を動かしていないと。


出発のことを考えてしまう。


剛は静かに言った。


「明日も会えるさ」


さとるは少しだけ笑った。


「……そうだな」


けれど。


二人とも。


その言葉を。


約束にはできなかった。


---


夕方。


高台へ向かった。


薫が待っていた。


さとるを見つけると。


すぐに笑った。


「来てくれた」


「ああ」


二人は海を見た。


今日は風が少し強い。


薫の髪が風に揺れる。


さとるは。


その姿を黙って見ていた。


「どうしたの?」


薫が聞く。


「……見てた」


「何を?」


「薫を」


薫は少し照れたように笑った。


「変なの」


「ごめん」


「ううん」


薫は笑った。


けれど。


その笑顔は。


いつもより少し寂しかった。


二人とも。


分かっている。


あと二日。


---


「さとる」


「ん?」


薫が海を見ながら言った。


「明日も会えるよね」


さとるは。


すぐには答えられなかった。


昨日なら。


「会える」と言えたかもしれない。


でも。


明日が最後の日になる。


そして。


その次の日には出発する。


だから。


さとるは。


「……会いたい」


と答えた。


薫が振り向く。


「私も」


「明日も会いたい」


「うん」


「だから……」


さとるは言葉を止めた。


「だから?」


薫が待つ。


「……明日、来る」


それは。


約束というより。


願いだった。


薫は小さく頷いた。


「私も来る」


---


しばらくして。


薫が突然。


さとるの胸に顔を埋めた。


「薫?」


返事がない。


肩が小さく震えている。


「……泣いてる?」


薫は首を横に振った。


けれど。


涙が止まらない。


「ごめん」


「謝らなくていい」


「だって……」


薫の声が震える。


「三日後には、さとるはいなくなるんだよね」


さとるは。


薫の背中に腕を回した。


「……うん」


「沖縄へ行くんだよね」


「ああ」


「遠いね」


「うん」


「帰ってくるか分からないんだよね」


さとるは。


答えられなかった。


薫の肩を抱く。


強く。


「……ごめん」


「謝らないで」


薫が顔を上げた。


涙で濡れた目。


「私……さとるに帰ってきてって言いたい」


「うん」


「でも……」


言葉が途切れる。


「帰ってきてって言ったら、さとるが苦しくなる気がする」


さとるは。


薫の涙を指で拭った。


「薫」


「うん」


「俺も帰りたい」


薫の目から。


また涙が落ちた。


「生きて帰りたい」


「……うん」


「薫と、普通に暮らしたい」


薫は泣きながら頷いた。


「私も」


そして。


二人は抱き合った。


長い間。


何も言わずに。


ただ。


互いの存在を確かめるように。


---


日が沈み始めた。


薫が顔を上げる。


「もう帰らないと」


「ああ」


二人は離れた。


けれど。


すぐには歩き出せなかった。


さとるは。


薫の顔をもう一度見た。


その顔を。


忘れたくなかった。


「薫」


「なに?」


「明日も……」


言葉が止まる。


「うん」


薫が微笑む。


「明日も会おう」


「……うん」


二人は。


静かに別れた。


---


基地へ戻ったさとるは。


寝床の前で立ち止まった。


荷物を見る。


明後日には。


この場所を出る。


さとるは荷物を持ち上げた。


重い。


けれど。


その重さより。


胸のほうが重かった。


荷物を置く。


もう一度確認する。


そして。


また確認する。


必要以上に。


何度も。


それは準備というより。


不安を紛らわせるための行動だった。


剛が言った。


「もう大丈夫だろ」


さとるは。


「……うん」


と答えた。


けれど。


また荷物を確認した。


剛は何も言わなかった。


ただ。


さとるの隣に座った。


二人は暗い部屋の中で。


しばらく黙っていた。


あと二日。


明日が過ぎれば。


残りは一日になる。


さとるは。


眠れないまま。


夜を迎えた。

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