第3話 学校一の美形男子が、私を誘った理由
莉子の一言で、美月の不安は一気に大きくなります。
奏太はなぜ美月を誘ったのか。
そして、莉子は本当に恋のライバルなのか。
少しずつ、奏太の本音が見えてくる第3話です。
好きなの?
莉子の一言で、ホームの音が遠くなった。
電車のアナウンスも、周りの話し声も、全部ぼやける。
美月は何も言えなかった。
目の前には莉子。
隣には奏太。
よりによって、本人の前で。
「え、あの、私……」
否定しなきゃ。
そう思った。
好きじゃないって言えば、今まで通りでいられる。
友達ですらないけれど、同じクラスメイトとして、挨拶くらいはできる距離に戻れる。
でも。
好きじゃないなんて、言いたくなかった。
ずっと好きだった。
朝の「おはよう」だけでうれしくて、髪型を褒められた日から同じ髪型にして、LINEを何度も書いて消して、他の子と笑っている姿に勝手に傷ついて。
それを全部、なかったことにはできない。
美月が黙っていると、奏太が莉子を見た。
「一ノ瀬」
「ごめん。でも、聞いた方がいいと思った」
「ここで聞くことじゃないだろ」
「じゃあ瀬川くんは、いつ聞くの?」
莉子は少しも引かなかった。
「美月ちゃんが不安そうな顔してるの、見て分からない?」
美月は驚いて莉子を見た。
不安そうな顔。
そんなに分かりやすかったのだろうか。
莉子は今度、美月に向き直った。
「ごめんね。いきなり聞いて。でも私、瀬川くんのこと好きじゃないよ」
「え……」
「昨日一緒に帰ってたのは、相談されてたから」
相談。
さっき奏太もそう言っていた。
でも、美月はまだ信じきれなかった。
「相談って……」
「美月ちゃんに、どうやって声をかけたらいいか」
莉子はそう言って、奏太を見た。
「ここから先は、自分で言いなよ」
奏太は困ったように眉を寄せた。
その表情が、いつもより幼く見えた。
美月の知っている奏太は、誰にでも余裕があって、優しくて、完璧に見える人だった。
でも今の奏太は、少し不器用で、少し焦っていて、莉子に言い返せないでいる。
こんな顔、初めて見た。
電車がホームに入ってきた。
風が三人の間を通り抜ける。
莉子は一歩下がって、にっと笑った。
「じゃ、私は別の車両乗るね」
「一ノ瀬」
「瀬川くん、今度こそちゃんと言いなよ」
莉子はそう言って、軽やかに人混みの中へ消えていった。
残された美月と奏太は、しばらく黙ったままだった。
電車の扉が開く。
乗客が降りる。
奏太が小さく言った。
「乗ろう」
「うん」
二人で同じ車両に乗る。
混んでいたけれど、奥に進むとドアの横に少しだけ空間があった。
奏太が美月を壁側に立たせるようにして、自分はその前に立った。
近い。
でも、人混みから守られているみたいだった。
電車が動き出す。
揺れた瞬間、美月は少しよろけた。
奏太がすぐに手すりを掴み、もう片方の手で美月の鞄に軽く触れた。
「大丈夫?」
「うん」
それだけで、また顔が熱くなる。
しばらく沈黙が続いた。
でも、不思議と嫌な沈黙ではなかった。
昨日までの沈黙は、怖かった。
何を考えているか分からなくて、自分だけが空回りしている気がした。
でも今は、奏太も何かを言おうとしているのが分かる。
緊張しているのが分かる。
それだけで、少し安心した。
「森下」
「はい」
なぜか返事が敬語になった。
奏太が小さく笑う。
「さっきの、一ノ瀬の話」
「うん」
「相談してたのは本当」
美月は黙って頷いた。
「俺、森下と話したかった」
奏太は電車の窓に視線を向けたまま言った。
「でも、うまく話せなかった」
「瀬川くんが?」
「うん」
「いつも、みんなと普通に話してるのに」
「森下は、みんなじゃないから」
胸の奥を、直接つかまれた気がした。
美月は何も言えなかった。
奏太は少し困ったように笑った。
「こういうこと言うと、重い?」
「重くない」
即答してしまった。
奏太が驚いたように美月を見る。
美月は慌てて目を伏せた。
「重く、ないと思う」
小さな声で言い直した。
奏太は手すりを握り直した。
「森下の髪型、変わった日から覚えてる」
「え?」
「あの日、本当に似合ってると思って言った。でも、そのあともずっと同じ結び方で来るから」
「うん……」
「もしかして、俺が言ったこと、少しは覚えててくれたのかなって思ってた」
美月は顔が熱くなった。
覚えているどころではない。
毎朝、奏太の言葉を思い出しながら髪を結んでいた。
「数学の課題を聞いたのも」
「うん」
「あれ、本当は話す理由が欲しかっただけ」
美月は息を止めた。
二週間前の数学のメッセージ。
ただの課題確認だと思っていた。
何度も何度も読み返して、でも意味なんてないと自分に言い聞かせていた。
あれが、話すきっかけ?
私と?
「でも、結局それ以上続けられなくて」
奏太は少し苦笑した。
「自分でも、何やってるんだろうって思った」
学校中の女子が憧れる美形男子。
誰にでも自然に笑える人。
そんな奏太が、目の前で少し照れたように言葉を探している。
それが信じられないくらい嬉しくて、胸が苦しくなった。
駅に着くまでの時間が、短いようで長かった。
二人が降りる駅は同じではない。
美月の方が一駅早い。
ドアが開く前、美月は鞄を握りしめた。
「私、次で降りるね」
「うん」
奏太は少し残念そうに見えた。
その表情に、また胸が締めつけられる。
勘違いしそうになる。
でも、もう少しだけ信じてもいいのかもしれない。
電車が駅に着く。
美月が降りようとすると、奏太も一緒に降りた。
「え?」
「改札まで送る」
「でも、瀬川くんの駅、次でしょ?」
「一本くらい遅れてもいい」
さらっと言われて、美月は何も返せなかった。
ホームを歩く。
階段を降りる。
改札へ向かう。
学校ではあんなに周りの視線が怖かったのに、駅では少しだけ、二人の世界みたいに感じた。
改札の前で立ち止まる。
ここで別れる。
美月は少し寂しくなった。
「あの」
奏太と同時に声が出た。
二人で固まる。
奏太が笑った。
「森下からどうぞ」
「いや、瀬川くんから」
「じゃあ……」
奏太は少し迷ってから言った。
「明日も一緒に帰りたい」
昨日も聞かれた。
でも今日の言い方は、少し違った。
約束というより、願いみたいだった。
美月は頷いた。
「うん。帰りたい」
言ってから、恥ずかしさで下を向く。
奏太の息を飲む気配がした。
「そっか」
声が優しい。
「よかった」
たったそれだけで、胸がいっぱいになる。
美月は改札を抜けた。
振り返ると、奏太はまだそこにいた。
手を振るべきか迷って、軽く頭を下げる。
奏太は少し笑って、小さく手を振ってくれた。
家に帰る道、美月は何度も今日のことを思い出した。
奏太くんが、私と話したかった。
森下は、みんなじゃないから。
数学の課題も、話す理由が欲しかっただけ。
明日も一緒に帰りたい。
信じたい。
でも、怖い。
期待が大きくなればなるほど、違ったときに傷つく。
その夜、奈緒からLINEが来た。
『今日、瀬川くんと帰ったって本当?』
美月は返事に迷った。
すると続けて、もう一通。
『学校中で噂になってるよ。女子たち、かなりざわついてた』
やっぱり。
美月はスマホを握ったまま、胸が沈んでいくのを感じた。
さらに、別の通知が来た。
クラスの女子グループ。
『森下さんって瀬川くんと仲良かったっけ?』
『なんか今日一緒に帰ってたらしいよ』
『え、意外』
『瀬川くん、優しいから断れなかっただけじゃない?』
指先が冷たくなった。
見なければよかった。
胸が痛い。
やっぱり私なんかが奏太くんの隣にいたら、そう思われる。
優しいから断れなかっただけ。
その言葉が、ぐるぐる回る。
スマホがまた震えた。
奏太からだった。
『明日、朝少し早く来れる?』
美月は画面を見つめた。
続けて届いたメッセージに、息が止まった。
『ちゃんと話したいことがある』
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
奏太が美月を誘った理由、そして以前から美月を見ていたことが少しずつ明らかになりました。
けれど、二人の距離が近づいたことで、今度は周囲の噂や視線が美月を不安にさせていきます。
次話では、美月の「嫌われたくない。でも取られたくない」という本音がこぼれます。




