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世界を塗りつぶす「三角形」

「……さて、団長。契約は成った。これより、我々『アルカディア・グループ』がこの山の再建を代行する」


 カガリは、ガルドス団長の無骨な印章が押された契約書を丁寧に胸元へ収めた。


「カガリ殿。……『グループ』と言ったか。貴殿、いつの間にそのような組織を……」


 マサムネが、部屋を出るカガリの横で小声で尋ねる。


「つい今しがただ、マサムネ。……バルカスの魔導技術が眠る『ギルド本部アルカディア』。君の同胞が住まい、食料供給を担う『九条の里』。

そして、今手に入れたこの『黒鉄連峰(鉱山)』。……この三点を結ぶ三角形を見て、何も感じないか?」


 カガリは立ち止まり、城壁の窓から外を指差した。

 東には緑豊かな九条の里、北には険しい鉱山の山並み、そして西には自分たちの拠点がある街。


「この三角形トライアングルの内部は、これから私の『ルール』が支配する不可侵の領域シマになる。……里が食糧を出し、鉱山が資金を産み、ギルドがそれらを価値に変える。……外部の理不尽な税も、無能な騎士団の管理も介在しない、完璧な自己完結型経済圏だ」


 マサムネは、カガリが描く地図の大きさに、背筋が寒くなるような高揚感を覚えた。

 カガリのスキル【ファミリー・レジャー】の視界が、大陸の東方を広範囲に捉える。


【構築中:アルカディア・経済トライアングル】

【推定時価総額:算出不能(拡張中)】

【支配率:12%(大陸東方エリア)】


「マサムネ。君には、この三角形の辺――すなわち街道を巡回する『警備責任者』になってもらう。……魔物だろうと、不当な検問を仕掛ける役人だろうと、私の計算を邪魔する不純物はすべて、君の刀で『清算』してくれ」


「……はは、合点承知した。……カガリ殿、貴殿がこの三角形をどこまで大きくするつもりか、拙者も特等席で見せてもらおう」


「大きくするのではない。……世界そのものを、この形に塗りつぶすだけだよ」


 カガリの冷徹な声が、石造りの城塞に響く。

 傍らで、案内役として引きずられていたヴァイザーが、震えながらその会話を聞いていた。彼は悟った。自分たちが喧嘩を売ったのは、ただのギルド職員ではなく、世界を帳簿の上で解体しようとする「怪物」だったのだと。


「……さあ、現場へ行こう。……私の『ファミリー』の拡大に、休みはない」


 カガリは、まだ見ぬ鉱山の深淵を見据え、一歩を踏み出した。

 それは、異世界における「資本主義」という名の、最も静かで、最も残酷な侵略の始まりだった。



 鉄血騎士団との「商談」を終え、カガリとマサムネがギルド『アルカディア』へ帰還したのは、その日の夕刻だった。

 ギルドの扉を開けた瞬間、カガリの視界に飛び込んできたのは、ギルドマスターの席で書類の山に埋もれ、虚空を見つめているアリサの姿だった。


「お帰りなさい、カガリさん……。あはは、なんかもう、玄関に並んでる依頼書が『一国の予算』みたいな数字になってるんですけど、私の見間違いですよね?」


 アリサの瞳は焦点が合っておらず、その手はプルプルと震えている。

 カガリが街の権力構造を「再編」している間、彼女はギルドマスターという責任ある立場として、爆発的に増大する事務処理と格闘していたのだ。


「お嬢さん、それは見間違いじゃない。……ただ、これからはもっと忙しくなる。覚悟しておきたまえ」


「これ以上!? 無理です! 私、しがない弱小ギルドのマスターだったんですよ!? さっきも領主様の使いの人が来て、『アルカディア様に納税の相談を』って頭を下げていったんです。納税の相談って何ですか、うちはギルドですよ!」


 悲鳴を上げるアリサ。そんな彼女の背後から、かつての「飲んだくれ戦士」の面影を微塵も感じさせない、清潔な作業着に身を包んだバルカスが恭しく現れた。その手には、自らの技術を詰め込んだ巨大な図面が握られている。


「カガリ様、お帰りなさいませ。……聞きました。『黒鉄連峰』の採掘権をもぎ取られたとか。流石は私の恩人、凡夫には到底成し得ぬ御業ですな」


覚醒したバルカスは、ここ数週間に渡り職人の仕事にまみれたせいなのか、はたまた何かのスイッチが入ってしまったのか……以前とは全く別人のような所作だ。

その変貌ぶりに一瞬カガリも驚いた表情をするが、何も言わずバルカスの持つ図面に目線で合図を向けた。


 バルカスは深く一礼し、カガリの前に図面を広げた。その目は、職人特有の鋭い光を放っている。


「カガリ様。仰せの通り、例の『掘削機』の試作が完了いたしました。……九条の里で見つかった高純度の魔石を動力源に据えれば、従来の十倍の速度で岩盤を穿つことが可能です。

……私を酒浸りのゴミ山から拾い上げ、『造る喜び』を与えてくださったカガリ様のため、このバルカス、持てる技術のすべてを捧げました」


「……いい配置だ、バルカス。……しかし、これからが本番だ」


 カガリは、困惑するアリサを横目に、地図の上に三つの点を打った。


「我々の拠点であるこの『ギルド』、食糧と労働力の供給源である『九条の里』、そして富の源泉である『黒鉄連峰』。……この三点を結ぶルートを、一つの巨大な工場プラントとして稼働させる。名付けて『アルカディア・トライアングル』だ」


「……トライ……アングル……?」


 アリサが弱々しく繰り返す。


「そうだ。里の若者を鉱山へ投入し、バルカスの重機で採掘し、その成果物をギルドで管理・流通させる。この三角形の中では、外部の無駄な関税も、無能な騎士団の干渉も一切存在しない。

……アリサ、君にはこの三角形の頂点に立つ『ギルドマスター』として、全資産の最終決済権を預ける」


「さいしゅう……けっさい……!? いりません! 私、ただ皆が怪我なく帰ってきて、笑顔で『お疲れ様』って言えるアットホームなギルドの主でいたかっただけなんですぅ!」


 アリサの魂の叫びも、カガリの冷徹な計算の前では心地よいノイズに過ぎない。

 カガリは彼女の肩に優しく(しかし逃げ場を塞ぐように)手を置いた。


「安心しろ、アリサ。君のその善良さは、この冷徹なシステムにおける唯一の『良心』という名の潤滑油だ。……それも立派な『適正配置』だよ」


「カガリさん、それ、絶対褒めてないですよね!? 私の人生、どこで計算が狂ったんですかー!」


 マサムネは、騒がしくも活気に満ちたギルドの光景を眺めながら、静かに刀の鞘を撫でた。




 冷徹な経営者、忠実なる魔導技師、そして、わけも分からず巨大組織の長へと押し上げられる少女。




 この歪で完璧な「ファミリー」が、世界を塗り替える三角形を描き始めようとしていた。

ここまでお読みいただき本当にありがとうございます!


『〇〇・トライアングル』というワードにカタルシスを感じて頂けた方は同志だと想いますので、是非高評価をお願いします。

仲間集めもひと段落…という感じもしてきましたが、もう少し組織ファミリーのメンバーは引き続き増やしていきますので、まだ推せるキャラクターが出てこない…という方も、楽しみにしていてください。


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