不敵なスカウト。酒場の底で、王国の槍を口説き落とせ。
黒鉄連峰の鉱山は、もはやかつての静寂を失っていた。
バルカスが開発した魔導掘削機が重低音を響かせて岩盤を穿ち、九条の里から「適正配置」された若者たちが、かつてない効率で原石を運び出していく。
「……信じられん。我らが数ヶ月かけて掘る量を、あの一台が半日で……」
現場監督として「再配置」された副団長ヴァイザーは、泡を吹いてその場に膝をついていた。彼の眼前では、不純物だらけだと捨てられていた「クズ石」が、カガリの導入した精錬ラインを通り、次々と高純度の魔石へと変換されていく。
「ヴァイザー殿、口を動かす暇があるなら手を動かしてはどうだ。カガリ殿の帳簿に『無能』と記されるのは、拙者なら死より恐ろしい」
マサムネが、街道を警備する傍らで冷たく言い放つ。ヴァイザーは震え上がり、「ひ、ひぃっ!」と悲鳴を上げて現場へと戻っていった。
一方、そんな喧騒を遠くに眺めながら、カガリとアリサは鉱山を見下ろす指揮所に立っていた。
「……壮観だな。これで『アルカディア・トライアングル』の血流は整った」
カガリは手元の手帳を閉じ、満足げに数字を噛み締める。だが、その視線はすでに次の欠落を捉えていた。
「アリサ。組織が巨大化すればするほど、物理的な強さだけではなく、『判断』ができる人間が足りなくなる。……兵隊なら里やギルドに集まった若手で十分だが、私の右腕、あるいはファミリーの幹部を張れるほどの人材が必要だ」
「か、幹部……。カガリさん、またそんな怖い響きの言葉を……」
アリサは、自分がいつの間にか「巨大企業の社長」のような重圧に晒されている現実に、今更ながら頭を抱えた。
「マサムネは最強の剣だが、彼はあくまで武人だ。バルカスは至宝の技術者だが、現場の管理には向かない。
……アリサ、君の広い『人脈』の中に、腕が立ち、かつ組織の頭になれるような逸材はいないか?」
「ええっ、そんな都合のいい人なんて……。あ、でも……」
アリサは、かつて酒場で聞いた真偽の怪しい噂を、何の気なしに口にした。
「……噂ですけど、元王国騎士団長のレオンハルト様が、今はどこにも属さずにこの街の場末の酒場で飲んだくれている……なんて話を聞いたことがあります。
でも、あの『伝説の騎士』がそんなところにいるはずないですよね。きっとただの聞き間違いで――」
「元、王国騎士団長……?」
カガリの瞳の中で、スキル【ファミリー・レジャー】が激しく反応した。
「……軍事組織の頂点に立ち、規律と戦略を知り尽くした男。そして今は『フリー』か。……極上のデッド・ストックじゃないか」
「え、カガリさん? 目が、目が怖いです! まさか本当に会いに行くつもりじゃ……」
「アリサ。最高の資産が埃を被っているのを見過ごすのは、マフィアとして万死に値する罪だ。
……もしその男が本物なら、私がその『絶望』ごと、丸ごと買い取ってやろう」
カガリは不敵な笑みを浮かべ、マサムネに合図を送る。
「マサムネ、出発だ。……酒の匂いを辿って、王国の『忘れ形見』を迎えに行くぞ」
「承知した。……伝説の騎士、か。是非とも手合わせ願いたいものだ」
「わあああ! またギルドがとんでもない方向に進んでいくー!」
アリサの絶叫が鉱山に響き渡る中、カガリの馬車は新たな「幹部」を求めて、街の最底辺へと走り出した。
「……店主。このワイン、樽の香りが死んでいるぞ。
……まるで、敗戦後の泥水を啜っている気分だ。……下げてくれ」
街の酒場「エスト」。
酒場の隅で、その男――レオンハルトは気だるげにグラスをテーブルに戻した。
彼はやさぐれてはいるが、元聖騎士団長だ。その五感は、酒の質だけでなく「周囲の殺気」に対しても異常なほど鋭敏に研ぎ澄まされている。
そこへ、二人の男が近づいてくる。
一人は、この辺りでは見かけない奇妙な黒い服を着た、感情の読めない男。
もう一人は、腰に湾曲した刀を帯び、凄まじい「密度」をまとった武人。
レオンハルトの瞳の奥、死んでいたはずの金色の火がわずかに揺れた。
(……ただの旅人じゃない。黒い男、あの歩き方は……数えきれないほどの『決断』を繰り返してきた、支配者の歩法だ。
……そして侍、貴様の剣気は、全く隠しきれていないぞ)
カガリが男の前の席に座ろうと、椅子を引いた――その瞬間。
「……止まれ。それ以上近づけば、貴様らの正体を『聞く』前に、この槍が答えを出すぞ」
レオンハルトは顔も上げない。
だが、彼の傍らに立てかけられていた2メートルを超える魔導ランス『カラドボルグ』が、彼の重力制御の魔力によって「自律的に」跳ね上がった。
気に留めず動き続けるカガリ。
レオンハルトの右手がランスの柄を掴むと同時に、目にも留まらぬ速さでカガリの喉元へ穂先が突き出される。
それは攻撃というより、「踏み込んではならない領域」を示す、プロの威嚇だった。
だが、その穂先がカガリに届くことはなかった。
「――拙者の友人が、挨拶をしたがっておる。……そう急ぎなさんな、騎士殿」
金属と金属が噛み合う、鈍く重い音が酒場に響く。
マサムネが、抜刀すらしていない刀の「鞘」のまま、ランスの穂先を真横から叩き落としていた。
槍先はカガリの首筋を数センチ逸れ、空を切る。
レオンハルトが顔を上げ、マサムネを、そして微塵も動じなかったカガリを凝視した。
「……鞘のまま、俺の出方を読むか。……面白い」
カガリは喉元を通り過ぎた槍先を見ることすらなく、静かに椅子に腰を下ろした。
「失礼。君のような『鋭い』男には、言葉よりも先にこの音が届くと思ったんだが……少々刺激が強すぎたかな」
カガリは懐から一瓶の濁酒を出し、テーブルに置いた。
「私はカガリ。旅の商人とでも思ってくれればいい。……レオンハルト、君のような一流の騎士が、なぜこんな場所で『死んだ酒』を飲んでいるのか。
……その理由には全く興味がないが、その乾いた喉を潤すのに、もっとマシな選択肢を提供しに来た」
レオンハルトはランスを肩に担ぎ直し、鼻で笑った。
「商人が、侍を連れて俺をスカウトか? ……笑わせるな。
俺の槍が欲しいなら、金や言葉じゃなく、俺を納得させるだけの『何か』を見せてみろ」
マサムネが、楽しげに鯉口を切る。
「……カガリ殿、話はまとまったようでござるな。……レオン殿、まずは拙者の剣が、貴殿の『納得』に値するかどうか……表で語り合おうではないか。
何、退屈はさせない」
レオンハルトはカガリの置いた酒瓶を無造作に掴むと、不敵に笑って立ち上がった。
「……いいだろう。この酒、もし不味ければ、貴様らの首で口直しをさせてもらうぞ」
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます!
鉱山は行ったことが無いのですが、金属系の工場で香る油の匂いって何かいいですよね。
新キャラクター『レオンハルト・フォン・グローリアス』は所謂「イケメン聖騎士」ポジションですが、32歳なので既出のキャラの中では少し年上です。
王都の出身、王都育ちなので、マサムネとは反対の「元シティボーイ」です。
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