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盤面外の戦争 〜気象テロと空売り〜

「彼らが『存在の格付け(レーティング)』を上げ、戻ってくるまでの間……我々は盤面外で仕事をさせてもらう」


カガリは万年筆を置き、ゆっくりと立ち上がった。

その視線は、背後のスクリーンで痛々しく明滅する武闘派たちのバイタルデータから、目の前に集ったルシウスやザロフたち「非戦闘員(スーツぐみ)」へと向けられる。


「次なる標的は、八大世界樹の一角……『翡翠樹(ひすいじゅ)』のカルテルだ」


カガリは円卓の中央に、大陸南東部の広大な緑の領域を投影した。


「彼らは大陸の生態系と食糧生産を司る巨大なバイオ企業だ。翡翠樹の魔力を利用して農作物の生産を独占しているだけでなく、霊樹の樹液を精製した『万能薬』や『延命薬』を不当な高値で売り捌き、莫大な利益を搾取している。食と医療、命のインフラを人質に取った典型的な殿様商売だな」


「なるほど。だが、彼らの防衛網もまた強固だ。正面からぶつかれば骨が折れる相手ですが、どう料理するおつもりで?」


ルシウスが、ワイングラスを優雅に傾けながら問う。


「カルテルは自身の生産能力に絶対の自信を持っている。だからこそ、危機管理能力(リスク・ヘッジ)が著しく欠如している。……ルミラ」


「はい、ボス」


部屋の隅に控えていた環境魔術特務官ルミラが、静かに一歩前に出た。


「我々が既に概ね掌握している『蒼海樹(そうかいじゅ)』の気象・海流制御システム。これのアクセス権限を君に付与する。……翡翠樹の領土上空に流れ込むすべての気流と雨雲を、完全に『遮断』しろ」


その言葉の意味を理解した瞬間、経理のミッカが「ヒッ」と小さな悲鳴を上げた。


「そ、それって……!」


「そうだ。翡翠樹の領域一帯に、人為的な『大干ばつ』を引き起こす」


カガリは冷徹な笑みを浮かべた。


「水と気象の供給を絶たれれば、いかに霊樹の魔力があろうと農作物は枯れ、万能薬の生産ラインは完全にストップする。絶対的な供給不足だ」


「……なるほど。供給が止まれば、市場はパニックを起こし、食糧や薬の価格は一気に暴騰するわけですね」


ルシウスが目を細める。


「ですがカガリ殿。それでは彼らの抱える『現物』の価値が上がるだけで、カルテルそのものを買い取ることはできないのでは?」


「ルシウス殿。暴騰(ぼうとう)するのは『現物』の価格だけだ。だが、生産ラインが完全にストップし、自浄能力を失った巨大組織の『信用価値』はどうなる?」


カガリの問いに、バンカーであるルシウスの瞳が紅く輝いた。


「……市場の信用を失い、カルテルが発行している『権利証(ギルド・シェア)』の価値は暴落どころの話ではなく、一瞬で紙屑へと変わるでしょうね」


「その通りだ。だからこそ、干ばつを引き起こす『前』に、貴方の莫大な金融資本を使って、翡翠樹カルテルの権利証を天文学的な規模で『空売り(ショート・セル)』しておく。……今のうちに高値で権利を借りて売り抜き、後で暴落した底値で買い戻せば、我々は莫大な差額利益を手にする」


「だがよォ、ボス。干ばつなんか起こしたら、カルテルだけじゃなく民衆も飢えちまうぜ? それじゃあ俺たちの印象も最悪だ」


ザロフが揉み手を取りながら、卑屈な笑みの中に鋭い疑問を投げかける。


「心配するな、ザロフ。だからこその『アルカディア・トライアングル』だ」


カガリは、自らが『島国』で組み上げた巨大な物流インフラをスクリーンに映し出した。


「干ばつで飢えた民衆や、薬を求めて暴動を起こす富裕層に対し、君の闇市ネットワークを使って、我が社が事前に確保していた『代替の食糧とポーション』を適正価格でばら撒け」


「……ッ! なるほど、そういうことか!」


ザロフが興奮で顔を歪める。

カルテルが何も供給できずパニックに陥っている最中、謎の新興企業(アルカディア)が救世主のように物資を供給する。

これにより、翡翠樹カルテルの『独占企業としての存在意義』は根底から破壊され、市場の信用は完全にアルカディアへと移行するのだ。


「ミッカ。君の出番だ」


カガリが経理のノームへと視線を向ける。


「えっ、わ、私ですか!?」


「市場の信用を失い、生産ラインが崩壊し、空売りによって資金繰りが完全にショートした翡翠樹カルテルは、数日以内に必ず『黒字倒産』、あるいは莫大な負債を抱えて破産する」


カガリは万年筆をミッカの前に滑らせた。


「その瞬間、紙屑同然になった彼らのインフラ設備と霊樹のアクセス権を、底値で一気に買い叩け。……我々アルカディアによる、完全なる敵対的M&Aだ」


「ひ、ひぃぃ……! やっ、やってみますぅ……!」


震える手で万年筆を握りしめるミッカ。彼女の胃はすでに限界を迎えそうだったが、その計算能力は大陸随一であるとカガリは知っている。


「素晴らしい……! あまりにも美しく、そして残酷な『信用創造の破壊』だ」


ルシウスが歓喜に打ち震え、ヴィクトルが恭しく一礼する。


「血を一滴も流さず、天候と帳簿だけで巨大な城を内側から崩壊させる。……まさに、極上の強制執行ですね」


「作業開始だ。ルミラ、気象のロックを」


「……はい。座標、翡翠樹一帯。雨雲の完全排除、実行します」


ルミラの魔導杖が淡く発光し、遠く離れた大陸の空模様が、たった一人の少女とシステムによって人為的に書き換えられていく。


カガリは再び、背後のスクリーンで明滅するバイタルデータに視線を戻した。

彼らはどれほど泥に塗れ、己の無力さに絶望しようとも、絶対に這い上がってくる。アルカディアが誇る最高の『資産』なのだから。


「彼らが理不尽な環境で己の限界を超えようとしている間、我々が指を(くわ)えて待っているわけにはいかない」


カガリは冷めたコーヒーのカップを持ち上げ、静かに、しかし確かな熱を帯びた声で告げた。


「彼らが羽化し、この盤面に帰還するその時……この大陸の物流と経済は、完全に我々の手の中にある。さあ、市場のルールを書き換えよう」


剣も魔法も交えない、冷徹な数字と盤面操作による『経済的包囲網』。

白亜の監査官(オーディター・ナイツ)が世界の法を振りかざすその裏で、アルカディアの相談役(コンシリエーレ)は、静かに、そして確実に、その命脈を断ち切るカウントダウンを始めていた。

ここまでお読みいただき本当にありがとうございました!

内政パート、マフィアっぽくてGood!と思ってくれた方は是非高評価お願いします!


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