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存在の格付けとファミリーの追加投資

潮風が吹き抜ける第十三廃棄区画。

少し前まで凄まじい重圧に支配されていた海辺の防爆ゲート前には、深い静寂と、敗北の濃い残滓が漂っていた。


「……信じられん。拙者の剣が、当たる直前で『なまくら』のごとく威力を散らされた」


膝をついたまま、マサムネは自らの愛刀を見つめ、ギリッと柄を握りしめた。その漆黒の瞳には、かつてないほどの濃密な悔恨(かいこん)が渦巻いている。


「俺の重力も同じだ……。魔力を相殺されたんじゃない。ぶつけた質量そのものが、空間全体に『均等に引き伸ばされた』感覚だった」


レオンハルトが荒い息を吐きながら立ち上がり、ひび割れた魔導ランスを大地に突き立てた。


空間を切り離すユリウスの『断層』も、カトレイアの『絶対防壁』も、あの純白の男――エノクが一歩を踏み出しただけで、見えない巨大な手に握り潰されるように砕け散った。

魔法も、純粋な物理的暴力も、あの男の前では一切の『例外』を許されなかった。


「……それに、あの息の詰まるようなプレッシャーだ。俺の脚が、本能で『動くのを拒否』しやがった……」


クロウが舌打ちをし、濡れた髪を乱暴に掻き(むし)る。


彼らを絶望させたのは、エノクの能力そのものだけではない。

魔法の理外にありながら、空間そのものを歪ませ、生命の根源に直接語りかけてくるような『圧倒的な圧迫感』。それは、修羅場を潜り抜けてきた彼らですら、立っていることすら許されないほどの絶対的な暴力だった。


「――無事のようだな、諸君」


静かな靴音が響き、カガリが振り返った。

彼らが命を賭して守り抜こうとした男は、仕立ての良いスーツにシワ一つ作ることなく、泰然(たいぜん)と歩み寄ってくる。その後ろには、静かな笑みを浮かべたヴィクトルと、魔導板を抱えたエルセ、そして巨大な魔導投影機を担いだバルカスが続いていた。


「お見事でした、カガリ殿」


ヴィクトルが恭しく一礼する。


「まさか、世界の権力たる特級監査官を、『別の市場の崩壊』という盤面外のカードで退かせるとは。……ええ、とても美しい交渉(ブラックメール)でした」


「物理的な弾丸で殺せない相手なら、数字と時間で縛り上げるまでだ」


カガリは懐中時計をパチンと閉じ、葉巻にゆっくりと火を点けた。


「バルカス。全員を繋げ」


「承知いたしましたぞ、カガリ様」


バルカスが手元の特注魔導投影機を起動すると、青白い魔力光が円形に広がり、何百キロも離れた各拠点にいる同志たちの姿が、鮮明な立体映像(ホログラム)としてその場に顕現した。


『みんな……! 無事ですか!? カガリさん、怪我はない!?』


通信が繋がるなり、アルカディア本部から投影されたアリサが悲痛な声を上げた。彼女の隣では、セレーネが大剣に手を添えたまま、安堵の息を漏らしている。


『……ひどい有様だな。あのレオンハルトや神速の剣士が、手も足も出ずに膝をつかされたというのか』


日輪の鷲、本部のアシュレイが、ホログラム越しに信じられないものを見るような目を向けた。彼自身が、帝国同盟の戦闘でマサムネやレオンハルトたちの異常な強さを誰よりも知っているからこそ、その戦士たちが泥に塗れている今の光景は衝撃的だった。


『……論理的なコスト計算が合いませんね。彼らの全火力を正面から無力化するなど、いかなる軍事ギルドの総帥であっても不可能なはずだ』


アシュレイの背後で、シオンが冷徹な目でデータを分析しながら呟く。


『へへっ。だが、その化け物からこの港を死守したんだ。スラムの連中も、ウチのボスの悪運の強さには震え上がってるぜ』


バビロンの地下から繋がったザザが、腕を組んで獰猛に笑う。


『海上での手出しを禁じられた時はどうなることかと思ったが……。さすがは我らが主君。見事な采配だった』


クレイグ提督の重厚な声が、艦上の潮騒(しおさい)と共に響き渡った。


「……エルセ。例のデータを共有しろ」


カガリの合図で、エルセが手元の端末を操作し、エノクと対峙した数分間の魔力波形と、空間の異常な変動データを投影した。


「精霊たちの声も、ひどく怯えていました」


エルセがいつもの微笑みを消し、静かに口を開く。


「あの男が纏っていた力……あれは魔法ではありません。彼自身の『魂の重さ』そのものが、周囲の空間に干渉していたんです」


「魂の、重さだと?」


レオンハルトが眉をひそめる。


「ああ。世界のシステムを維持する巨大な権力機関……その頂点に立つ特級監査官にのみ与えられた、世界そのものからの絶対的な承認。言うなれば、『存在の格付け(レーティング)』だ」


カガリは葉巻の煙をふわりと吐き出し、言葉を続けた。


「彼らから見れば、君たちがどれだけ突出した武力を持とうが、それはルールを逸脱した『バグ』でしかない。世界からの格付けが低い存在は、空間そのものから『不要な異物』として排斥される。……それが、君たちを這いつくばらせたあの異常な重圧の正体だ」


その言葉に、その場にいる全員が息を呑んだ。

魔法による攻撃でも、物理的な干渉でもない。

世界という巨大なシステムそのものが、自分たちの存在を「下位」とみなし、押し潰しにきていたという事実。


「今回、私が奴の前に立っていられたのは、私が、彼らの『魂の格』に近い『(エゴ)』を持っていたからにすぎない」


カガリは冷徹な視線で、膝をついた前衛たちを見下ろした。


「……率直に言おう。現状の君たちでは、あのクラスの執行者には傷一つつけられない。これは、今後の我々の事業展開において、極めて深刻な資産価値の低下(あかじ)だ」


マサムネがギリッと唇を噛み、レオンハルトが沈黙する。

彼らは皆、カガリの言う「完璧な正論」を痛いほど理解していた。今の自分たちの力の延長線上に、エノクを打倒するビジョンは全く見えないのだと。


「……だが、誤解するな。私は不渡りを出すのが何よりも嫌いでね。……自社の貴重な資産(アセット)が、他国から不当に低く評価されたまま放置するなど、経営者としてあり得ない」


カガリのブラウンの瞳に、底知れない飢餓の炎が灯った。

ホログラム越しのアリサが、小さく肩を震わせる。彼女は知っていた。カガリがその目をするとき、世界が根底からひっくり返るような無茶苦茶な決断を下すということを。


「今の君たちという『異常値(バグ)』を、世界の理すらねじ伏せる本物へと昇華させる。……これより、我がファミリーの戦闘要員を複数のチームに再編し、君たちの『存在格付け(レーティング)』を強制的に引き上げるための追加投資タレント・インキュベーションを実行する」


「追加、投資……?」


クロウが怪訝そうに聞き返す。


「ああ。君たちのポテンシャルはまだこんなものではない。それぞれの『赤字』を克服し、世界の権力に正面から牙を突き立てるための極秘ミッションだ」


カガリは幹部たちへの期待と信頼を表すかのようにニヤリと笑いながら銀の懐中時計をパチンと鳴らし、円卓のホログラムに新たな大陸の地図を投影した。


「準備と覚悟をしておけ。……ここからは、一時の現状維持も許されない、超高負荷の成長曲線を描くことになる」


その場にいる幹部たちの目に、敗北の暗い影を塗り潰すような、新たな狂気と闘志が宿り始める。

それは、さながら世界の法に反逆するマフィアのように、本当の意味で「理外の怪物」へと羽化(うか)するための、過酷な投資計画の幕開けであった。

ここまでお読みいただき本当にありがとうございました!

ジャ〇プじゃないけど修行編入らせていただきます笑

2年はかけないので……安心して続きをお待ちください!


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