鉄血のプライド、その査定額は「ゼロ」。
鉄血騎士団本部の回廊は、冷え切った石造りの静寂に包まれていた。
先導する副団長ヴァイザーの背中は、数日前までの傲慢さが嘘のように丸まり、時折ビクリと肩を揺らしている。
(……おかしい。なぜ奴が生きている。九条の里の刺客に依頼したはずだ。あの竹林で、跡形もなく消されているはずだったのに)
ヴァイザーの脳内は、処理しきれない矛盾でパンク寸前だった。背後に従う無名の剣士から放たれる圧倒的な威圧感。それが、自分がかつて「九条の里の不渡り」を盾に暗殺者として使い潰そうとした男、九条マサムネ本人であるとは、微塵も気づいていない。
重厚なオーク材の扉の前で、ヴァイザーが立ち止まった。
「……だ、団長。アルカディアの代理人、カガリ殿をお連れしました」
「入れ」
地を這うような低い声。
扉が開くと、そこには巨大な戦斧を壁に立てかけ、机に広げた地図を睨みつける巨漢が座っていた。鉄血騎士団長、ガルドス。その全身からは、数多の戦場を潜り抜けてきた獣のような血生臭さが漂っている。
ガルドスは顔を上げると、まずカガリを、次いでその背後のマサムネを鋭く射貫いた。
「……ほう。ギルドの使い走りと聞いていたが、連れている『影』はなかなかの業師のようだな。だが、ここは武勲を誇る場ではない。軟弱な書生が何の用だ」
カガリは、ガルドスの威圧を春風でも受けるかのように受け流し、淀みのない動作で机の前に立った。
「鉄血騎士団長、ガルドス殿。私はビジネスの話をしに来ただけだ。……君たちが抱えている『不良債権』を、私が買い取ってあげようと思ってね」
「不良債権だと? 貴様、我が騎士団を侮辱しに来たのか」
ガルドスの拳が机を叩き、凄まじい衝撃音が響く。だが、カガリは眉一つ動かさず、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
「感情はコストの無駄だ、団長。これを見たまえ。……黒鉄連峰の魔石鉱山。直近三ヶ月の産出量は、対前年比で40%ダウン。一方で、坑道の維持費と魔物の間引きに割かれる兵士の人件費は25%上昇している。……数字は正直だ。今の騎士団にとって、あの鉱山は富の源泉ではなく、組織の体力を奪い続ける『毒』に変わっている」
「……なっ! なぜ貴様がそんな数字を……!」
ヴァイザーが横で絶句する。カガリは冷徹な視線を彼に一瞬だけ向け、再び団長へと戻した。
「私のスキル【ファミリー・レジャー】で見れば、隠蔽された赤字など透けて見える。団長、君は武人だ。兵士が食えなくなり、装備が錆び、誇りが失われていくのを黙って見過ごすのが『騎士道』かな?」
ガルドスの瞳に、戸惑いと怒りが混じる。図星だった。武力で支配を広げてきた彼にとって、経営という概念は未知の魔術に等しい。
「……貴様、何を企んでいる」
「提案はシンプルだ。黒鉄連峰の採掘権を、我がギルド『アルカディア』に五年間の独占委託(信託譲渡)してほしい。代わりに、私は君たちに『何もしなくても入ってくる固定報酬』と、騎士団の兵装を一新するための『現物出資』を約束しよう」
「何だと? 我らの領土を差し出せと言うのか!」
「いいや。君たちは『管理』という面倒な非効率から解放されるだけだ。現場の指揮は私が執る。君たちは、最強の矛として訓練に明け暮れていればいい。
……不渡り寸前の騎士団を、私が再建してやると言っているんだ」
静寂が部屋を満たす。マサムネは鞘に手をかけたまま、無言でカガリの背中を見守っていた。
(……恐ろしい男だ。剣も魔法も使わず、ただの言葉と紙切れ一枚で、この猛牛のような男の鼻面を引き回している)
カガリは、机の上に一粒の輝く石を置いた。九条の里で精錬を試作させた、高純度の魔石だ。
「……これは、君たちが『ゴミ』として捨てていた下層の原石から抽出したものだ。……私のやり方なら、この鉱山は再び黄金を産む。
……どうする、団長。このまま沈むか、私と『共犯者』になるか。選択権は、君にある」
ガルドスの視線が、魔石とカガリの間を激しく往復する。
カガリの瞳の中では、騎士団の資産グラフが激しく明滅し、千載一遇の「買い(バイ)」のシグナルを灯していた。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます!
ガルドスは昭和の建設会社の輩社長みたいなイメージですかね。
営業力とか現場指揮能力めちゃくちゃ高いんだけど数字サッパリみたいな……
パワーだけでいうとかなりの実力者なので、いつかどこかで再登場させたいですね。
鉱山はこの地域にとって重要な資源生産地なので、何とかギルドの資産に加えたいところですが……
次回の交渉をお楽しみに!
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