八つの大樹と世界を統べる監査人
アルカディア海辺の前線要塞、その円卓の周囲には、この三ヶ月の間に拠点の建設と並行して関所内部の掌握を完了させた幹部たちが腰を下ろしていた。
カガリが静かに指を鳴らすと、バルカスが円卓の中央に設置した特注の魔導投影機が低い駆動音を立てて起動する。青白い魔力光が空間を切り取り、何百キロも離れた場所にいる同志たちの姿を、鮮明な立体映像としてその場に顕現させた。
『……あ、繋がった! カガリさん、みんな、お疲れ様です!』
最初に空間へ浮かび上がったのは、ギルド本部にいるアリサだった。彼女の背後には、まるで過保護な親のように巨大な黒鋼の大剣を背負ったセレーネが腕を組んで立っている。
続いて、洋上の艦隊旗艦からは、波の音とともに敬礼の姿勢をとるクレイグが姿を現した。
さらには、日輪の鷹の執務室からアシュレイも投影され、アルカディアの最高幹部たちが一つの円卓を囲む形となる。
「ご苦労。まずは我が社の大陸市場への『強行上陸』が、無事に完了したことを祝おう」
カガリは淹れたてのエスプレッソが注がれたカップを手に取り、静かに語りかけた。
「現地役人たちの弱みを握り、彼らを我々の掌の上に組み込むことで、ポルタ・マリスの防衛インフラは完全にこちらの支配下に落ちた。……だが、ここはあくまで玄関口に過ぎない」
カガリの視線を受け、エルセが一歩前に出た。
彼女が流麗な手つきで手元のコンソールを操作すると、円卓の上に投影されていた通信映像が切り替わり、広大な大陸全土の立体地図が形成される。
「この三ヶ月間、ポルタ・マリスの中枢ネットワークに潜り、関税の送金ログを追跡・解析しました」
エルセの澄んだ声が、波音に混じってテラスに響く。
「この関所が私たちを含む様々な島国から搾取した莫大な金貨と魔石。その約七割は、オズボーン・シンジケートの『本国』ではなく、利用料として大陸奥地に点在する『七つの異なる座標』へ向けて定期的に分割送金されていました」
地図の上に、天を衝くような七つの巨大な光の柱が浮かび上がる。
「これが、その送金先の座標……八つの『世界樹』と呼ばれる大樹とその周辺の自然環境インフラの周りに構築されたカルテルです。彼らは大地に根を張るこの特殊な力を持った樹木とその周辺環境に寄生し、周辺経済を完全に支配しています。私たちが落としたこの『蒼海樹』の関所すら、彼らの広大なネットワークから見れば、ほんの末端の枝葉に過ぎません」
そのスケールの異常さに、ホログラム越しのアリサが両手で頭を抱え、小さく悲鳴を上げた。
『な、七つ……!? こんな化け物みたいな要塞の親玉が、あと七つもあるの!?規模が大きすぎて、もう全然わかんないよぉ……!』
『……アリサ、落ち着きなさい。あんたが倒れたら誰が溜まった稟議書のハンコを押すのよ』
白目を剥きかけるアリサを、セレーネが呆れたように支える。
一方、武闘派の幹部たちの反応は全く異なっていた。
「……フッ。この三ヶ月、基礎工事の手伝いばかりで体が鈍りきっていたところだ。極上の獲物がまだ七つも残っているとはな」
レオンハルトが首を鳴らし、獰猛な笑みを浮かべる。
「まったく同感でござるな。……退屈な街の巡回よりも、未知の理を斬り裂く方が拙者の性に合っている」
マサムネもまた、腰の反った刀にそっと手を添え、漆黒の瞳に静かな闘志を宿した。
「飯が美味くて寝床が快適なのは結構だが、牙の使い道がないんじゃただの野良猫に戻っちまうからな」
クロウが高級ソファに深く背を預けながら、気怠げに三白眼を細める。
「……血の気があるのは良いことだ。だが、話はまだ終わっていない」
カガリの冷たい声が、場を満たし始めていた熱を瞬時に凪がせた。
「市場が巨大であればあるほど、そこには必ず、独占を目論む『異物』を排除するための免疫機構が存在する」
エルセが再びコンソールを叩く。
七つの光の柱の上空、大陸の最も高い位置に、純白の剣と天秤が交差した荘厳な紋章が浮かび上がった。
それを見た瞬間、島国から投影されていたアシュレイの顔色が変わった。
『……まさか。神話の時代の遺物ではなかったのか』
「知っているのか、アシュレイ」
レオンハルトが鋭い視線を向ける。
『ああ。王国の騎士団の古文書に記されていた、伝説の武力機関……世界経済調律機関『白亜の監査騎士団』だ』
アシュレイは沈痛な面持ちで、その純白の紋章を見つめた。
『彼らは国家やギルドといった枠組みを超越した、絶対的な上位機関。世界の富と魔力は「定められた階級と国家」に固定されるべきであるという、法と均衡を狂信的に掲げる集団だ。……急激な富の集中や、インフラの独占といった市場の破壊を、彼らは『世界の大罪』として容赦なく粛清する』
『大陸全土の経済と魔力バランスを監視し、法を執行する存在……。他市場を支配しながら急激に勢力を伸ばす我々アルカディアとの対立は避けて通れない相手、ということか』
シオンが眼鏡を押し上げ、状況を分析する。
『我々アルカディアがポルタ・マリスを掌握した事実も、いずれ彼らに検知される。そうなれば彼らは、我々のやり方を『市場を乱すテロ行為』と断定し、強制執行を行ってくるだろうな』
その言葉に、部屋の隅の影から一人の男が静かに歩み出た。
「……我々『真紅の天秤』と同じ、監査を名乗る同業者ですか」
顔の上半分を漆黒の仮面で覆ったヴィクトルが、恭しい態度のまま、ひどく不快そうに目を細める。
「しかし、随分と野蛮で独善的な手法をとるようですね。法と均衡という名の暴力で、一方的に他者の富を奪うとは。……美学に反する、下劣な振る舞いです」
彼の周囲に、微かに血の匂いが漂う。同業者としてのプライドが、その赤い瞳に静かな殺意を燃え上がらせていた。
「皆さんの推測通りです。そして――」
エルセが、手元の端末から一つの電子文書を空中に浮かび上がらせた。
「先ほど、ポルタ・マリスの中枢ネットワーク宛てに、ある通達が下されたのを確認しました。『白亜の監査騎士団』より、この関所に対する特別監査の実施……数日内に、彼らの監査人が直接ここに派遣されてきます」
絶対的な法と、大陸全土を巻き込む規模の武力。
『白亜の監査騎士団』は、アルカディアという一つのファミリーが相手にするには、あまりにも巨大すぎる『世界の権力』そのものだった。
円卓を囲む幹部たちの間に、重く、張り詰めた沈黙が降りる。
だが、ただ一人。
円卓の上座に座るカガリだけは、エスプレッソのカップをソーサーにそっと置き、静かな笑みを浮かべていた。
「……恐れる必要はない」
カガリの声は低く、しかし確かな響きを持ってテラス全体に浸透する。
「彼らがどれほど高潔な正義と法を掲げ、絶対的な力を持っていようと……組織である以上、そこには必ず血が流れ、歪みが生じる」
カガリのブラウンの瞳の奥で、膨大な数字と計算式が弾き出されていた。
「神聖不可侵の権力など、この世には存在しない。隠された弱点は必ずある。……彼らが我々を異端として粛清しに来るのなら、その前に、この大陸のすべてのインフラを喰らい尽くす。世界の富の流れる血管を完全に握り、彼らの組織を干上がらせてやる」
それは、世界そのものに対する宣戦布告に等しかった。
「法を盾にするのなら、その法の大元ごと、我々の色に染めるまでだ。まずは、その派遣されてくる監査人とやらを歓迎しようではないか」
カガリの言葉に、円卓に集った幹部たちの目が、一斉に妖しく光り輝いた。
静かな波音が打ち寄せるポルタ・マリスの海辺から、大陸全土、否、世界を呑み込まんとする、未曾有の闘いの始まりを告げる宣言であった。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございました!
監査騎士団はワン〇ースでいうところの海軍みたいな立ち位置にしたくてですね…
ファンタジーにおいて、ライバル組織はマストですよね…?!
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