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極上なる不良資産と海辺の要塞

夜の静寂に包まれた、アルカディア仮事務所の最上階。

コンソールから空中に投影されたのは、エルセが深層ネットワークから引きずり出した未知なる七つの座標だった。


「……関税の七割を上納させている、真の支配者たちの帳簿か」


カガリは窓ガラスに映る自身の冷徹な瞳を見つめたまま、低く呟いた。この深淵の如き巨大な市場を解読し、喰い破るためには、腰を据えて解析と前線指揮を行うための盤石な『城』が必要不可欠となる。現在の仮事務所では手狭な上、物理的な防衛力に欠けていた。


数時間後。呼び出された港湾管理官のロイドは、カガリの要求を聞いて顔を引きつらせていた。


「拠、拠点ですか……? いや、いくらコンサルタント殿の頼みでも、ポルタ・マリス内の土地はどれも異常な地価で、新規の商会に回せるような空き区画は……」


「まともな土地である必要はありません」


カガリはロイドの言葉を遮り、冷徹な視線を向けた。


「カルテルが持て余している『負の遺産』はありませんか。開発が頓挫し、維持費だけで赤字を垂れ流しているような不良債権が」


ロイドはハッとして、しばらく口ごもった後、恐る恐る口を開いた。


「……『第十三廃棄区画』。十年前、魔力炉の暴走事故で次元の歪みが生じ、魔物が無限に湧き出すようになった呪われた土地です。定期的な掃討と封鎖結界の維持費だけで、毎年カルテルの財政を圧迫している完全なゴミ土地(しさん)ですが……」


「素晴らしい」


カガリが冷徹な笑みを浮かべた。


「その赤字、我が社が丸ごと引き受けましょう。カルテルからは、土地の完全な所有権と共に、相応の『処理負担費』を頂きますよ」


「お繋ぎするのは構いませんが……あんな場所をどうする気で?」


◆ ◆ ◆


潮風が吹き抜けるポルタ・マリス外縁部。

『第十三廃棄区画』を隔てる重厚な封鎖ゲートの前に、クレイグの魔導艦隊で密かに上陸を果たしたアルカディアの『本隊』が立ち並んでいた。島国から招集されたアイアン・メイソンの職人たちも、重機や資材と共にその背後に控えている。

分厚い鋼鉄の扉が、耳障りな軋みを上げてゆっくりと開かれる。

その瞬間、奥の薄暗い空間から、腐臭とともに無数の異形――多脚の獣や、酸の粘液を滴らせる魔物の群れが津波のように押し寄せてきた。


「作業開始だ。私の部下に、無用な損害(あかじ)を出させるわけにはいかない」


最前列に立ったユリウスが、軍服の裾を揺らしながら細身の直刀を無造作に振るう。剣気も魔力の輝きもない、まるでオーケストラの指揮者がタクトを振るかのような静かなる所作。だが次の瞬間、殺到していた魔物の群れの先頭が、見えない断層に激突したかのようにピタリと止まり、そのまま上半身と下半身が不自然にズレて崩れ落ちた。


「カトレイア殿、漏れた残骸を頼む」


「承知した。これより先は私の『聖域』だ」


ユリウスの隣で、カトレイアが身の丈ほどもある大盾を突き出す。後続の魔物たちが放った腐食性の酸や無数の毒針が、彼女の展開した真珠色の結界『慈母の愛』に触れる。その瞬間、あらゆる物理的運動エネルギーが極小まで減衰し、毒液は空中で静止したままパラパラと無害な塵となって崩れ落ちた。

二人の幹部(プロフェッショナル)によって、幅数十メートルに及ぶゲートの開口部に、一ミリたりとも越えられない完璧な防波堤が形成される。

だが、次元の歪みから生じた規格外の質量を持つ大型の魔獣が、壁を避けるように上空へと跳躍し、防衛ラインを飛び越えようと襲いかかってきた。


「フッ。少しは骨のある奴が出てこねェと、退屈で死にそうだったところだ」


レオンハルトが獰猛な笑みを浮かべ、魔導ランス『カラドボルグ』を握りしめて地を蹴る。空中の魔獣に向かって槍の穂先が突き出されると、極限まで圧縮された重力の塊が叩きつけられた。

魔獣は悲鳴を上げる間もなく、自らの質量の数倍の加重に押し潰され、地面ごとクレーターのように圧殺される。


その横を、一筋の黒い風がすり抜けた。


「……大陸の魔物も、これしきでござるか」


マサムネである。瞬きすら置き去りにする神速の踏み込み。チャッ、という微かな鍔鳴りの音が響いた時には、すでに彼は別の魔獣の背後に着地していた。魔法の構造的脆弱性を正確に断ち切られた魔獣は、血を噴き出すことすらなく、幾つもの肉塊となって崩れ落ちる。

さらに、死角から炎息(ブレス)を放とうとした魔物の顔面を、地を蹴り宙を舞うクロウの靴底が捉えた。


「ったく、人使いが荒いぜ…!」


魔力相殺の鉱石が火息(ブレス)を物理的に踏み砕き、そのまま強靭な脚力が魔物の顎をカチ上げ、脳天を天井の鋼鉄に叩きつける。

圧倒的な強者としての余裕と、無駄を削ぎ落とした洗練された暴力が、溢れ出す魔物の波を次々とミンチに変えていく。


そして、その凄惨な地獄絵図の真後ろ――防衛ラインからわずか数メートルの距離で、狂気の沙汰としか思えない光景が繰り広げられていた。


「おい前衛! そこに基礎を流し込む、あと二メートルラインを押し上げろ!」


デダロスが、魔物の血飛沫が舞う真横で図面を広げ、目を血走らせながら怒号を飛ばしている。


「よっしゃあ! 次行くぞ!」


ブロックが巨大なハンマーを振り下ろし、大地を均していく。アイアン・メイソンの職人たちも、目の前の戦闘に一切の恐怖を抱いていなかった。アルカディアの防衛ラインが破られることなど万に一つもないと、絶対の信頼を置いているのだ。魔物の死骸すら基礎材のつなぎにする勢いで、驚異的な速度で巨大な要塞の骨組みが組み上がっていく。


―――その狂気の現場から少し離れた、安全圏の艦隊甲板。


エルセは持ち込んだパラソルの下で、優雅に紅茶のカップを傾けていた。彼女の傍らでは、大きすぎるローブを羽織ったルミラが無表情で空模様を安定させている。


「あのような頭のネジが飛んだ方々のすぐ隣で働くなんて、いくら残業代が出てもお断りですね」


エルセが眼下の狂宴を見下ろしながら、呆れたようにため息をつく。


「……同感です」


ルミラが、感情の抜け落ちた声で小さく頷いた。

その眼下の現場では、地響きとともにさらなる異形が姿を現していた。

分厚い鋼鉄の装甲に覆われた巨大な防爆魔導重機――『アルカディア・ギア零式』である。


「これぞドワーフの浪漫! 物理と魔導の完全なる融合ですぞ!」


コクピット内で歓喜の声を上げるバルカスは、巨大なパイルバンカーで残存する魔物を粉砕しながら、区画の中心にある『次元の歪み』へと真っ直ぐに突貫した。


「あんな大きなもの…よく、持ち込みましたね……」


ルミラが無表情で呟くと同時。

カトレイアが盾の出力で歪みの周囲の空間を一時的に固定し、デダロスが瞬時に超高密度の魔導防壁でその周囲をパッケージ化する。そこにバルカスが重機のアームを操作し、防壁の心臓部へ極太の『抽出パイプ』を直接叩き込んだ。


ゴォォォォンッ!という重低音が響き渡る。


パイプが接続された瞬間、無限に湧き出していた魔物たちの姿がピタリと止んだ。次元の歪みから放たれる莫大なエネルギーが、バルカスの構築したフィルターを通り、新拠点の魔力炉へと暴力的な勢いで吸い上げられていく。

ただの不良債権だった魔境が、無限の自家発電エネルギーを誇る『極上のインフラ』へと変換された瞬間だった。


挿絵(By みてみん)


◆ ◆ ◆


―――それから三ヶ月後。

呪われていた廃棄区画には、潮風が吹き抜ける白亜のテラスと、堅牢な防爆魔導ガラスを備えたリゾート風の『仮拠点』が完成していた。

優雅なヴィラを思わせる外観とは裏腹に、地下には魔物から無限の魔力を吸い上げる抽出システムと、アイアン・メイソンが手掛けた多重の物理・魔導防壁が張り巡らされ、最新鋭の前線要塞と成っていた。

見渡す限りの穏やかな海と、ポルタ・マリスの喧騒を遠くに望むテラスの円卓。

カガリは淹れたてのエスプレッソの香りを楽しみながら、集まった幹部たちを静かに見渡した。


「この三ヶ月間の調査で、あの送金先……この大陸の『八つの巨大市場』の正体が掴めた」


カガリの言葉に、幹部達の眼に鋭い光が宿る。


「他の皆も呼んで会議(コミッション)を始めよう。……我々アルカディアを更に多角化させるための、次なる買収計画をな」


優しく波音が響くテラスの盤上で、新たな闘いの幕が静かに上がろうとしていた。

ここまでお読みいただき本当にありがとうございました!

ヴィラ風のアジトウラヤマシス。次回八つの新市場が明らかになります、お楽しみに!


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