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未開拓市場への黒船 〜巨大プロジェクトの始動〜

アルカディア本部城塞、最上階の『カンファレンス・ルーム』。

かつては倒産寸前のボロ屋だったギルドから始まり、今や大陸のすべてを握るまでになったこの巨大な部屋に、アルカディアの最高幹部たちが集結していた。


巨大な円卓の中央に投影されているのは、エルセの精霊通信網とザロフの裏情報、そしてカガリの推論によって弾き出された「真の世界海図」である。


「……だが、腑に落ちんな」


腕を組んで海図を見つめていたレオンハルトが、低い声で口を開いた。


「俺も王国の騎士団長時代、西の海については何度も調査記録を読んだ。凶悪な海流と、一年中吹き荒れる異常な暴風雨……。物理的にも魔法的にも、いかなる船も飛竜も越えられない『完全な隔離領域』だったはずだ。それが急に突破可能になったというのか?」


その疑問に答えるように、カガリは葉巻の灰を静かに落とし、万年筆で海図の「魔の海域」を指し示した。


「当然の疑問だ、レオンハルト。だが、前提が間違っている。あの海域の異常気象は、決して『自然現象』ではない」


「……何?」


「エルセ、例のデータを」


カガリの合図で、エルセが手元の魔導板を操作する。円卓の海図の上に、魔力波形のデータがグラフ化されて表示された。


「……信じられないわね。これ、人工的な魔力パルスの波形よ」


経理のミッカが、眼鏡の奥で目を丸くして呟く。


「その通りだ。あの海域は、海の向こう……『本土』を牛耳る超巨大なメガコーポが、我々のような『外の資源』を管理・搾取するために構築した、巨大な広域環境制御システム――つまり、『見えざる関税障壁』に過ぎない」


カガリの冷徹な事実の提示に、幹部たちの間に戦慄が走った。

天候すらもシステムで支配し、大陸ひとつを「檻」に閉じ込めて管理する。それが本土のカルテルが持つ、桁違いの資本力と技術力だった。


「なるほど……。単なる一ギルドの力では、到底その壁は越えられないというわけだ」


元・皇帝同盟の財務統括官であるシオンが、顎に手を当てて納得の声を漏らす。


「だからこそ、貴方(あなた)は皇帝同盟を滅ぼすのではなく、『買収』という形で大陸の全リソースを一つの財布(アルカディア)に統合した。……この壁を叩き壊すための、莫大な『資本』を手に入れるために」


「……そういうことだ。そして今、我々には壁を越える手札がある」


カガリは口角を吊り上げ、海軍大提督クレイグと、その傍らに立つ一人の少女へ視線を向けた。


「皇帝同盟の気象・環境魔術特務官、ルミラ・ウィーバー。彼女を我がファミリーの正規社員として迎え入れ、『正当な報酬と適切な労働環境』を与えたことで、彼女の天候操作能力は本来の出力(パフォーマンス)を取り戻した」


うつろだったルミラの瞳には、今や確かな意志の光が宿り、彼女はコクリと小さく頷いた。


「クレイグ提督の魔導艦隊、ルミラの気象相殺、そしてバルカスの防爆技術。すべてを連携させれば、あの見えざる(システム)は突破できる。……これより、我がアルカディアは本土市場への強行上陸(グローバル・ビジネス)を開始する」


カガリは円卓に両手をつき、幹部たちをゆっくりと見回した。

そのブラウンの瞳には、かつてないほどの底知れない飢餓感が燃えている。


「目的はただ一つ。本土の物流を牛耳る巨大インフラ……『海上関所』と思われるポイントの掌握。これを内側から懐柔し、アルカディアからいつでも誰でも本土へ自由に出入りできる『確固たる玄関口(ゲート)』を創り出すことだ」


「……フッ。最高だな。腕が鳴るぜ」


レオンハルトが獰猛な笑みを浮かべ、マサムネが静かに鯉口を鳴らす。


「海外出張の手当は、きっちり請求させてもらうぞ、ボス」とユリウスが眼鏡を押し上げ、「経費で落ちる旅行ならスラムの連中も喜ぶぜ」とクロウが首を鳴らした。


アルカディア・グループ総出の巨大プロジェクトが、今ここに幕を開けた。


◆ ◆ ◆


数日後。西の海。


鉛色の雲が渦を巻き、山のような大波が荒れ狂う『魔の海域』。

その絶望的な自然の猛威の中を、漆黒に塗装された巨大な魔導戦艦の船団――『アルカディア・フリート』が、一歩も退かずに突き進んでいた。


「波が来るぞ! 総員、衝撃に備えろ!」


旗艦の艦橋で、クレイグ大提督が分厚い胸板を張り、怒号を飛ばす。


「カトレイア殿、防壁の出力を最大へ!」


「承知した!」


艦首に立つカトレイアが、大盾を海面に向けて突き出す。


「『絶対防壁・慈母の愛イージス・オブ・アガペー』!!」


展開された真珠色の結界が、艦隊を飲み込もうとした数十メートルの大波の運動エネルギーを「静止」させ、巨大な水の壁となって真っ二つに切り裂いた。


「ルミラ! 上空の気圧配置の乱れを相殺しろ!」


「……残業代、キッチリいただきます」


ルミラが杖を掲げると、上空の狂ったように渦巻く雷雲が、彼女の魔法によって中和され、艦隊の上だけぽっかりと晴れ間が覗いた。


「おいおい、海の中からバカでかい海竜(シー・ドラゴン)のお出ましだぜ!」


海面を割って現れた巨大な魔物に対し、甲板からレオンハルトが跳躍する。


「沈んでろッ! 『星墜(メテオ・フォール)』!!」


極限の重力が海竜の頭上に叩きつけられ、悲鳴を上げる間もなく海底へと圧殺される。

さらに、海中から密かに接近していた水棲魔物の群れは、マサムネの放った神速の飛ぶ斬撃によって、海面ごと一刀両断された。


「……ふはははっ! さすがは我が工房の特注推進炉! これだけの悪天候でも出力は全く落ちておらんな!」


機関室では、バルカスが計器を見つめながら高笑いを上げていた。


各幹部の異常な能力、その連携と、莫大な資本の投下。

アルカディアという一つの巨大な企業体(システム)は、本土のカルテルが構築した『絶対の檻』を、力とロジックの暴力で完全に蹂躙しながら進んでいった。


◆ ◆ ◆


やがて、荒れ狂う嵐の壁を抜けた先。

視界が開け、波一つない穏やかな海面が現れた瞬間、甲板に立っていたレオンハルトやマサムネたちは言葉を失い、完全に絶句した。


「……なんだ、ありゃあ……」


レオンハルトが、信じられないものを見るように目を細める。


水平線の彼方にそびえ立っていたのは、彼らの想像を遥かに超える「絶望的な規模の人工建造物」だった。

島国の王城すら霞むほどの巨大な防壁が海を丸ごと分断し、その上には見たこともない形状の巨大魔導砲座が無数に並んでいる。空には金属の装甲で覆われた飛行船が飛び交い、夜明けの海を照らす魔力光は、一つの都市を形成しているかのように眩い。


それが、本土カルテルが管理する『第零関税都市ポルタ・マリス』。

大陸(しまぐに)の人間にとっては神話か悪夢にしか見えない、圧倒的な技術格差と資本力の象徴であった。


『――警告する。島国からの未登録武装船団。直ちに機関を停止し、拿捕(だほ)を受け入れろ。抵抗する場合、無条件で撃沈する』


関所側から、魔導通信による無機質で高圧的な警告が響き渡る。

同時に、関所から発進した数十隻の最新鋭の魔導哨戒艇(まどうしょうかいてい)が、アルカディアの艦隊をぐるりと包囲した。


「チッ……。いきなり歓迎の挨拶とはな。どうする、ボス。やっちまうか?」


レオンハルトがカラドボルグの柄を握り、マサムネが静かに鯉口を切る。幹部たちの間に一触即発の殺気が満ちた。


「――待て。武器を収めろ」


だが、艦橋から降りてきたカガリが、片手で彼らを制した。

カガリは仕立ての良いスリーピース・スーツの埃を優雅に払い、包囲する哨戒艇に向かって、愛想の良い――しかし、極めてシニカルな笑みを浮かべた。


「発砲は控えたまえ。我々は野蛮な海賊ではない。辺境の島国から、新たに莫大な魔石を納入しに来た『新興ギルドの商人』だ」


哨戒艇から乗り移ってきた関所の役人たちは、カガリの言葉を鼻で笑った。


「田舎の成金どもが。ここを通るための通行税(ルール)も知らねぇのか。積み荷の八割の没収と、特別関税として金貨十万枚を置いていくなら、港への停泊だけは許可してやる」


明らかな不当要求と、搾取。

幹部たちが再び殺気を漏らそうとするが、カガリはそれを目で制し、深く頭を下げた。


「ええ、我々は辺境のしがない商人ですから。ルールの勉強代として、喜んでお支払いしましょう」


「……フン、物分かりのいい田舎者で助かったぜ。さっさと手続きを済ませろ」


役人たちはアルカディアの船団を嘲笑しながら、彼らを関所の港へと誘導していく。


「……カガリ殿。あのような侮辱、なぜ黙って受け入れる?」


マサムネが納得のいかない表情で低く問う。


カガリは去っていく役人の背中を見つめながら、万年筆を指先で滑らせた。

彼の網膜には、【ファミリー・レジャー】によってスキャンされた、役人たちの「裏帳簿」――不正な袖の下、カルテル内部の派閥争い、そして天文学的な個人の負債データが、赤々と表示されていた。


「彼らをこの場で殺せば、一時的な憂さ晴らしにはなるが、関所(インフラ)を敵に回すことになる。……だが、彼らの『弱み』を握り、合法的に内部から腐らせれば、この巨大な施設は丸ごと我々のものになる」


カガリは銀の懐中時計をパチンと閉じた。


「さあ。まずはこの施設の監査(あらさがし)から始めようか……DD(デューデリジェンス)だ。羊の皮を被った我々の最高の仕事を見せてやろう」


アルカディアの本土侵略。

それは派手な砲雷撃戦ではなく、マフィアの相談役(コンシリエーレ)による静かで恐ろしい「インサイダー工作」から、幕を開けたのであった。

ここまでお読みいただき本当にありがとうございました!

第四章がスタートしてしまいました…!

カガリの名台詞「現状維持はデフォルトと同義である」…作者も引き続き連続更新、頑張ります…!


少しでも「面白い」「続きが読みたい」と思っていただけましたら、画面下部にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にし、リアクションや感想を書いて応援していただけると、それがアルカディア・ファミリーの最大の資本になります!

合わせて【ブックマークに追加】もぜひよろしくお願いいたします!

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