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集うファミリーと、次なる市場(ターゲット)

「……安易な自己破産、だと?」


静まり返ったガレナ渓谷の中央戦線。

カガリの底冷えするような、それでいて圧倒的な重圧を持った宣言に、アシュレイは呆然と立ち尽くしていた。


「命ではなく……金で、我々の誇りを買うというのか。そのような屈辱を、誰が受け入れる……!」


アシュレイが血に濡れた白銀の甲冑を軋ませ、再び大剣を握ろうとした、その時だった。


「……意地を張るな、アシュレイ」


背後の瓦礫の山を踏み越えて、一人の男が歩み出てきた。

炎上する本陣から逃げ延びたはずの財務・兵站統括官、シオン・マーチャント。

その軍服はすすで汚れ、プラチナブロンドの髪も乱れていたが、その瞳にはかつてないほど冴え渡る「算盤使い」としての知性の光が宿っていた。


「シオン! なぜ戻った……!」


「貴官に、最も効率的な『計算式』を提示するためだ」


シオンはアシュレイの隣に並び立ち、上空のドローン――カガリの視線――に向かって静かに見上げた。


「総帥たちは我々を見捨てて逃亡した。皇帝同盟というシステムは、すでに完全に破綻デフォルトしている。……アシュレイ、あの男が言っているのは『降伏』ではない。十万の兵と、我々の故郷の民を養うための『再雇用契約』だ」


「なんだと……?」


「あの男は、我々を殺すのではなく、アルカディアという巨大な経済圏を回すための『労働力リソース』として生かそうとしている。……死んで美しく終わる自己満足よりも、泥に塗れてでも十万の兵と民を生かすことこそが、今の貴官が負うべき真の『大義』だろう!」


シオンの冷徹な、しかし確かな熱を帯びた説得。

アシュレイはハッとして、背後で怯えながらも自分を信じて見つめる兵士たちの顔を振り返った。

自分がここで誇りのために死ねば、彼らもまた無惨に殺されるか、明日からの食い扶持を失い路頭に迷うことになる。


「……私の命の使い所は、ここではないということか」


アシュレイは深く息を吐き、そして、手にした白銀の大剣を静かに地面へと突き立てた。

それは、皇帝同盟の最後の盾が、完全に折れた瞬間だった。


「……アルカディアの軍神、レオンハルト殿。そして、顔も知らぬコンシリエーレよ。私の負けだ。……同志たちの命の保証を条件に、この身、貴殿らの契約に預けよう」


その決断に、レオンハルトはフッと口角を上げ、愛槍『カラドボルグ』を肩に担ぎ直した。


「……賢明な判断だ。死んで逃げるより、泥水の中で這いつくばって理想を証明してみせろ。……歓迎するぜ、聖騎士殿」


かくして、長きにわたる皇帝同盟との総力戦は、「完全買収《M&A》」という形で終結を迎えたのであった。


◆ ◆ ◆


―――それから、数ヶ月後。

アルカディア・バビロン支部、旧『叡智の冠』本部タワー一階。

かつては冷徹なシステムの象徴であった豪奢なエントランスと大広間は、アリサの意向によって暖かみのある空間へと大改装され、今は支部の「受付兼ラウンジ」として開放されていた。

大理石の床には暖かな魔導照明が灯り、今夜は幹部たちが一堂に会する盛大な祝勝の宴が開かれている。


「いやぁ、あの海軍の魔導戦艦群! クレイグ殿に頼み込んで、何隻か『防爆仕様』に魔改造させてもらう約束を取り付けましたぞ! 海の上に浮かぶ工房……これぞドワーフの新たな浪漫!」


顔を真っ赤にしてエール酒をあおるのは、バルカス・ロッソだ。


「……孤児院の子どもたちに、腹いっぱい美味しいものを食べさせてあげられるわ。海軍の輸送網を使って、獲れたての新鮮な海産物を最優先で街へ卸してもらう手はずになってるのよ」


セレーネが上機嫌に言いながら、山盛りの肉料理を平らげている。

彼女の隣では、アリサが「たくさん食べてね、セレーネちゃん!」と嬉しそうにジュースを注いでいた。


その少し離れたテーブルでは、スラム出身の二人が小競り合いを演じていた。


「俺たちの遊撃部隊が暗殺部隊を食い止めなきゃ、今頃お前らの中枢は火の海だったんだぜ? 今回の功労賞はどう考えても俺たちだろ」


巨体を揺らす白黒の獣人ザザが、肉の骨をしゃぶりながら不敵に笑う。


「ハッ、素人の寄り合い所帯がよく言うぜ。俺が空のトカゲどもを物理で叩き落として死角を作ったからこそ、あの防衛網が抜けたんだろうが」


クロウが冷めた顔でネクタイを緩めながら、自身のナックルダスターをテーブルにコツンと置いた。


そんな彼らの喧騒を他所に、ユリウスは静かに壁際で赤ワインのグラスを傾けている。彼の隣にはマサムネが立ち、言葉少なに武人同士の静かな空気を共有していた。


「さぁさぁ、諸君! 今日は私特製の『完全疲労回復・絶対栄養補給スープ』を大量に用意したぞ! 死の淵からでも蘇る至高の一杯だ!」


赤髪の女騎士・カトレイアが、禍々しい紫色の煙を上げる巨大な寸胴鍋を運んできた瞬間、部屋の空気が一変した。


「ば、馬鹿野郎! それをこっちに持ってくるな! 重力で窓の外に捨てるぞ!」


「レオン殿! 落ち着かれよ! 室内での重力魔法は建物のインフラを破壊するでござる!」


レオンハルトが本気でパニックを起こし、マサムネが慌てて彼を羽交い締めにする。


「……ふむ。私は吸血鬼ゆえ、人間の食事は遠慮しておきましょう」


ヴィクトルは、騒ぎに巻き込まれる前に影の魔術を足元に展開し、一切の余裕を崩さぬまま優雅に部屋の隅へと退避した。


ドタバタな日常が流れる中、アリサは「もう、みんな仲良しなんだから」と微笑ましく眺めていた。


◆ ◆ ◆


「……随分と、騒がしいファミリーになったな」


執務室の奥の窓辺で、カガリは下から聞こえてくる騒騒しさを背に受けながら、静かに葉巻をふかしていた。


「ふふっ。でも、良い笑顔ですよ、カガリさん」


エルセが、淹れたてのエスプレッソをデスクに置きながらクスリと笑う。


「……そうか?」


カガリは銀の懐中時計をパチンと開いた。

針は規則正しく時を刻んでいる。

過去のシチリアでの悲劇は、もう彼の足を止めるかせではない。彼はしほんを手に入れ、そして誰も切り捨てることなく、この巨大な盤面を制したのだ。


「カガリ様。ご指示通り、皇帝同盟の残存戦力および、島全土の流通網の再編が完了いたしました。……これで事実上、この大陸の経済と武力は、我がアルカディアが完全に『独占』したことになります」


部屋の隅に控えていたザロフが、うやうやしく帳簿を差し出す。


大陸の完全制圧。

誰もがそこで満足し、平和な統治を望むだろう。


だが、カガリのブラウンの瞳の奥で、冷徹な青い光が脈動した。


「……ご苦労だった、ザロフ。だが、この『島』の整備が終わったなら、次へ行くぞ」


「……『島』ですか。面白い表現ですね」


言葉の意味を瞬時に理解したエルセが、小さな笑みを浮かべて呟く。

カガリは机に広げられた現在の大陸地図を無造作に払い落とし、その下から、エルセとザロフに極秘に準備させていた「もう一枚の地図」を広げた。


そこには、彼らが現在支配している大地を遥かに凌駕する、広大無辺な世界地図が描かれていた。

エルセを含む大陸の情報通の者達には周知の事実であったことだが……彼らが「独占」したこの地は、広大な海に浮かぶ、『巨大な島国のような大陸』に過ぎなかった。


海の向こうには、彼らがまだ手を出せていない本当の「本土」――未知なる列強国家群や多種多様な種族がひしめく、途方もなく巨大な市場が存在しているのだ。


「海軍大提督クレイグの寝返りにより、海のインフラは完全に確保した。空の制空権も、飛竜部隊を接収したことで我がアルカディアのものだ」


カガリは葉巻の煙を長く吐き出し、地図の海の向こう――巨大な『真の本土』を万年筆の先でコツリと叩いた。

これまでは、凶悪な海流と異常気象、そして果てしない距離の壁に阻まれ、どんな船も飛竜も海の向こうへ渡ることは実質不可能とされていた。


だが、そこに至る障害リスクを排除するためにこの大陸でやるべきことは全て成った。


「資本主義において、現状維持は『死』と同義だ。我々の成長スケールに対し、この島国という市場パイはあまりにも小さすぎる」


カガリの瞳に、再び底知れない飢餓感が燃え上がる。


「……さあ。海の向こうの巨大な新市場(グローバル・ビジネス)を独占しに行こうか」


元マフィアの相談役コンシリエーレの冷徹な野望は、まだ満たされてはいない。

新たなる強大な権力と、莫大な利益が眠る「本土」へ向け、アルカディアの新たな帳簿ルールが開かれようとしていた。

―――これにて第三章、「vs皇帝同盟編」が完結となります!

ここから話を広げるならもう「新大陸」しかないですよねぇ……?(圧)

とにかくここまで付き合ってくださっている読者の皆様には本当に感謝です、いつもありがとうございます!

更なる大舞台でカガリのビジネスロジック×ファンタジーのカタルシスを皆様に感じていただけるよう引き続き頑張りますので、今後ともよろしくお願いいたします。


少しでも「面白い」「続きが読みたい」と思っていただけましたら、画面下部にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にし、リアクションや感想を書いて応援していただけると、それがアルカディア・ファミリーの最大の資本になります!

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