表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/78

追憶②血の帳簿と、冷徹なる獣の誕生

夜明け前。

戦闘の準備を終え、アジトの奥にある薄暗い礼拝堂で、一人静かに祈りを捧げている男がいた。

マルコ・ファルコーネ。


十字架の前に跪くその広い背中へ向かって、カガリは音もなく歩を進める。

懐に隠したベレッタの金属の冷たさが、胸の皮膚を焼き切るように痛い。


(……すまない、マルコ兄貴。俺は……アンタの誇りより、アンタ以外の全員の命を選ぶ)


銃のグリップを握るカガリの手は、今のレオンハルトのように、いや、それ以上に激しくガタガタと震え、瞳からは制御できない涙が止めどなく溢れ落ちていた。


「……来たか、カガリ」


背中を向けたまま、マルコが静かに口を開いた。

礼拝堂の冷たい空気が、決定的な悲劇の幕開けを告げていた。


「……カルテルの犬どもと、話をつけてきたんだな」


ゆっくりと立ち上がり、振り返ったマルコの顔には、裏切り者に対する怒りも、死への恐怖もなかった。ただ、自らの不甲斐なさを恥じるような、深い慈愛と少しの寂しさだけが浮かんでいた。


カガリは嗚咽おえつを噛み殺し、震える両手でベレッタを構え、最も愛する兄弟分へと銃口を向けた。


「……はい。アンタの首一つと引き換えに、他の皆の命は保証する……そう約束させました」


「俺が自首しても、ダメだったか」


「ダメです……! アンタが自己犠牲の英雄のまま死ねば、若い衆は必ず復讐に走る。誇りに狂った連中は、全滅するまで止まらない! ……だから、身内の裏切りによって、無惨に死んでもらうしかないんです……!!」


血を吐くようなカガリの叫びが、静寂の礼拝堂に木霊こだまする。


「……そうか」


マルコは優しく微笑んだ。


「お前は、自分が泥を被ってまで、俺たちの命を拾いにいってくれたんだな。……すまねぇ、カガリ。俺の不器用な誇りが、お前に一番重い十字架を背負わせちまった」


「アンタの美しい理想が……その誇りが、皆を殺す猛毒なんだ! なんで分からないんですか!」


涙で視界が滲む中、カガリの叫びは裏返っていた。

マルコは静かに歩み寄り、震えるカガリの両手ごと、冷たいベレッタの銃口を自らの心臓へと真っ直ぐに誘導する。


「いいか、カガリ。俺は誇りのために死ぬ。だがお前は、お前のやり方で……その冷たい帳簿ルールで、不器用な家族ファミリーを守り抜いてくれ。……俺たちの『誇り』ごと、お前が全部背負って生きろ」


「マルコ兄貴……ッ!!」


「撃て、兄弟」


その声は、かつてシチリアの陽光の下で笑い合った時と変わらない、温かな響きを持っていた。

カガリは絶叫と共に、固く目を閉じ、引き金を引いた。


『―――パーァンッ!!!』


乾いた銃声が、礼拝堂のステンドグラスを震わせる。

崩れ落ちる巨体。広がっていく血の海。

十字架の下で、若き日のカガリ・ヴィスコンティは、永遠に物言わぬ肉塊となった兄弟分にすがりつき、獣のように慟哭どうこくした。


(二度と……二度と、不確かな感情ほこりで組織は動かさない。俺が、すべてを冷徹な数字ルールで支配してやる……!!)


この瞬間、シチリアの街角で笑い合っていた青年は死んだ。

代わりに、世界を数字と損得だけで冷酷に切り刻む、一匹の『冷徹なるコンシリエーレ』が誕生したのである。


◆ ◆ ◆


――カチ、カチ、カチ。


銀の懐中時計が刻む秒針の音が、遠いシチリアの幻影を打ち払った。


魔法都市バビロン、最上階。

カガリは静かに瞳を開き、目の前の巨大な魔導スクリーンを見据えた。


画面の中央では、ガレナ渓谷の瓦礫の中で、レオンハルトがアシュレイの首元に槍を突き立てたまま、かつての自分と同じように「高潔な敵を殺すことの葛藤」に激しく身を震わせている。

背後では、アリサが祈るように両手を組み、エルセが沈痛な面持ちでそれを見つめている。


カガリの瞳は、絶対零度の冷徹さを保ちながらも、その奥底でかつてないほどの激しい思考の渦を巻いていた。


(……聖騎士アシュレイ・ヴァン・ルージュ。戦局を不当に引き延ばす敵の不良債権。皇帝同盟の最後の精神的支柱である彼をこの場で処理ロスカットすることが、我がアルカディアにとって最も効率的な決済クリアランスだ)


それが、コンシリエーレとしての完璧な計算式だった。

部下のために自らを犠牲にしようとするあの騎士の首を刎ねれば、敵の十万は完全に烏合の衆となり、盤面はアルカディアの圧倒的な黒字で幕を閉じる。


だが。

スクリーンに映るアシュレイの姿が、部下を庇い、己の大義に殉じようとするその眩しさが――礼拝堂の冷たい床に沈んだ、あの不器用な兄弟分の笑顔と重なって消えなかった。


そして、かつて引き金を引いた己と同じように、致命的な一撃を放つことができずに震えるレオンハルトの背中。

周囲の幹部たちが抱く、敵将への痛いほどの共感と敬意。


カガリは銀の懐中時計の蓋をそっと撫でた。


(……私の冷たい帳簿ルールは、二度と同じ悲劇を繰り返さないために作り上げたものだ。それなのに、今の私は、あの日のカルテルと同じように……気高い誇りを無惨にへし折ることを、自らの将に強要しているのではないか?)


損得だけで切り捨てるなら、簡単なことだ。

だが、その決断は、アルカディアという新たな家族ファミリーの魂に、永遠に消えない傷を刻むことになる。


カガリの視線が、微かに揺らいだ。

脳内の計算式が凄まじい速度で組み替わっていく。

死を以て誇りを証明しようとする者を、どうすれば救える?

いや、救うのではない。「利益」として取り込むのだ。

彼らの抱える天文学的な負債ごと、すべてを強引に買収し、生かしたまま盤面を支配する超法規的な解決策。


(そうだ。あの時の私と、今の私とでは、決定的に違うものがある)


「……あの時、私にはしほんがなかった」


カガリの唇から、ふと、そんな呟きがこぼれた。

アリサが驚いたように振り返る。


「力がないからこそ、最も愛するものを帳簿から切り捨てるしかなかった。……だが、今は違う。我がアルカディアには、世界を丸ごと買い叩けるだけの莫大な資本がある」


カガリは手元の魔導通信機マイクを取り上げ、その拡声ボタンのスイッチを押し込んだ。


『――レオンハルト。槍を下ろせ』


戦場に響き渡った静かな、しかし絶対的な命令に、レオンハルトの肩がビクッと跳ねた。


「ボス……?」


「情けなど無用だ! 殺せ、アルカディアの軍神!!」


死を渇望するアシュレイの絶叫を遮るように、カガリの冷徹な声が戦場全域に降り注ぐ。


『情けではない。不良債権の処理方法アプローチを変更しただけだ。……聖騎士アシュレイ・ヴァン・ルージュ。貴君のその重たすぎる誇り、そして戦場に散ろうとする十万の兵士たちの命……。それら全額すべて、我がアルカディアが買い取ろう』


「……な、に?」


アシュレイが、呆然と宙を見上げる。

レオンハルトもまた、カガリの常軌を逸した宣言に目を見開いた。


『死んで責任を取るなどという、安易な自己破産は認めない。貴君らは今日、この瞬間から我々の資産かしだ。……這いつくばってでも生きて、その高潔な誇りを、アルカディアの社員としての労働で返済してもらおう』


殺すのではなく、すべてを背負い、生かす。

それは、かつて礼拝堂で散った『誇り』に対する、彼なりの不器用で、最大級の弔いだった。


冷徹な計算式と追憶によって導き出された『超法規的買収《M&A》』の宣言。

その言葉は、沈黙の戦場に新たな血を流させることなく、長く苦しい総力戦の終わりを告げる、静かな夜明けの鐘のように響き渡った。

ここまでお読みいただき本当にありがとうございました!

少しでも「面白い」「続きが読みたい」と思っていただけましたら、画面下部にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にし、リアクションや感想を書いて応援していただけると、それがアルカディア・ファミリーの最大の資本になります!

合わせて【ブックマークに追加】もぜひよろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ