空間を断ち切る軍刃 〜狂炎の突撃と、無機質なる防衛線〜
バビロン西方、左翼防衛線。
中央戦線で両軍の総帥が天変地異を巻き起こし、右翼でオズワルドの要塞が崩壊の危機に瀕している頃。バビロンの都市機能へと直結する左翼の補給ルートには、狂信的なまでの熱風が吹き荒れていた。
「退けェェッ! ネズミどもが、小賢しい罠ばかり張り巡らせおって!!」
『日輪の鷲』第一突撃魔導大隊長、ガレス・ブラッドバウンズ。
彼は巨大な戦斧を肩に担ぎ、自らの肉体に狂信的な熱量の炎を纏わせていた。その怒りは頂点に達していた。味方の兵站は腐敗し、右翼のオズワルドは陣形に引きこもるばかり。大義や理想を語る副総帥アシュレイの戦い方にも、彼は予てより強い苛立ちを抱いていた。
「戦は力だ! 圧倒的な火力で前線を押し上げ、敵を灰にする! それが皇帝同盟の戦い方だろうが!!」
ガレスは怒号と共に戦斧を振り下ろした。
周囲の雨粒を一瞬で蒸発させるほどの熱量を伴った炎の斬撃が、アルカディア側の防護柵を容易く消し炭に変える。
彼の背後には、彼の蛮勇に付き従う五千の突撃部隊が血走った目で続いていた。彼らは闇市やゲリラ戦のストレスから解放されるように、目前に迫ったバビロンの市街地へ向けて雄叫びを上げる。
これに対するアルカディアの防衛部隊は、わずか千。
数にして五分の一。普通に考えれば、蹂躙されて終わる絶望的な戦力差である。
だが、アルカディアの兵士たちの足並みは、一歩たりとも乱れていなかった。
「……陣形を維持しろ。無駄な迎撃は魔力の浪費だ。敵の突撃は、私が処理する」
最前線。圧倒的な数の暴力を前にして、軍服のようなタイトな装束を着こなし、腰に細身の直刀を佩いた男――ユリウスが、冷徹に部下たちへ指示を出していた。
切れ長で冷たい眼差しが、猛進してくるガレスの軍勢を真っ直ぐに見据えている。
「……アァ? なんだ貴様は。たった千の兵で、この第一大隊の突撃を止められるとでも思っているのか!?」
ガレスが戦斧を構え、凶悪な笑みを浮かべる。
しかし、ユリウスの表情には一切の力みも、恐怖の揺らぎもなかった。彼はただ冷徹な「作業」をこなすような、無機質な美しさを保ったまま、腰の直刀の柄にゆっくりと手をかけた。
「私はアルカディア・グループ幹部、ユリウス。……現在、完全歩合制の契約により、この防衛線の維持業務を請け負っている。私の部下に無用な損害を出させるわけにはいかない」
その静かな自己紹介は、狂乱する戦場において異様なほど浮き立っていた。
「寝言は死んでからほざけェッ!!」
ガレスが大地を蹴り、爆発的な推進力でユリウスの懐へと跳躍した。
マサムネの神速の抜刀に反応するほどの膂力から放たれる、炎を纏った全力の大上段。直撃すれば、巨大な城門すらも一撃で融解・粉砕する致死の一撃。
「死ねェッ!!」
炎の刃が、ユリウスの頭上へと振り下ろされた。
しかし、ユリウスは防御の姿勢すらとらず、ただ指先で小さく空間をなぞった。
『――ズガァァァァンッ!!』
凄まじい衝撃音が響く。
だが、その音はユリウスの頭上からではなく、ガレスの『背後』から鳴り響いた。
「がはァッ!?」
ガレスの巨体が、見えない何かに背中を強打され、前のめりに地面へ叩きつけられる。
彼の背中の分厚い装甲は、まるで巨大な斧で斬り裂かれたように叩き割られ、激しい炎が燻っていた。
「な……にが……起きた……ッ!?」
血を吐きながら振り向くガレス。その後ろには誰もいない。
ただ、ガレスが振り下ろしたはずの巨大な戦斧の『刃の部分』だけが、ユリウスの頭上の空間に吸い込まれるように消失し、ガレスの背後の空間から突き出していたのだ。
「空間を断ち切り、その断面同士を縫い合わせた。名付けるなら『空間断絶・座標縫合』といったところか」
ユリウスが、冷徹な声で種明かしをする。
「貴様の放った斧の刃の空間を、貴様自身の背後の空間とリンクさせた。……つまり、貴様は自分の全力の一撃で、自分の背中を叩き割ったのだ」
「ば、馬鹿な……空間を切り貼りしただと!? そんなデタラメな魔法が……ッ!」
「あの神速の侍と中庭で刃を交え続けて、思い知らされたのだよ」
ユリウスは直刀をわずかに引き抜き、カチャリと鍔鳴りをさせた。
「どれほど強固な空間断絶を張ろうと、純粋な物理速度の前には後手に回る瞬間がある。ならば、己の演算速度を引き上げ、敵の攻撃座標そのものをハッキングする方が理にかなっているとね。……良い勉強になった」
「ふざけるなァッ!!」
己の攻撃を利用された屈辱に、ガレスの怒りが臨界点を突破した。
「小賢しい手品が通用するか! この距離なら、俺の炎の爆発で空間ごと焼き尽くしてやる!!」
ガレスの全身から、先ほどとは比べ物にならない太陽のような超高温の炎が噴き上がる。半径数十メートルを一瞬で灰にする、自爆同然の広域殲滅魔法。
「消えろォォォッ!!」
熱波が爆発的に膨張し、ユリウスを呑み込もうとする。
だが、ユリウスはため息を一つこぼし、直刀を抜き放った。
「『空間断絶・真空層』」
シュンッ、という微かな音と共に、ガレスの周囲を囲むように見えない球状の断絶空間が形成された。
その瞬間。
爆発的に燃え上がろうとしていたガレスの炎が、まるで酸欠になった虫の息のように、プスッと音を立てて『完全消滅』した。
「な……!? 炎が……俺の魔力が消えた!?」
「消えたのではない。燃えられないのだ。……貴様の周囲の空間を球状に断絶し、内側の『酸素』を外の空間へ排出した。いかに強力な炎であろうと、燃焼という物理法則を無視することはできない」
ユリウスの冷酷な事実の提示に、ガレスは初めて底知れない恐怖を覚えた。
力や魔力のぶつかり合いではない。この男は、戦場という盤面の『環境ルール』そのものをいじっているのだ。
「酸素のない空間では、炎も燃えず、人間も長時間は生きられない。……熱意だけでは、組織は回らないということだ」
もがき苦しみ、窒息しかけて膝をつくガレスを見下ろし、ユリウスは静かに刀を上段に構えた。
「業務を完了させる」
ユリウスの姿が、揺らいだ。
彼とガレスの間にはまだ十メートル以上の距離があった。しかしユリウスが刀を振り下ろした瞬間、彼とガレスの間に存在する『空間そのもの』が切り取られ、距離が「ゼロ」になった。
「『空間断絶・無間刃』」
離れた位置から放たれた斬撃が、距離の概念を無視してガレスの胸板に直撃する。
一切の回避を許さない、空間をショートカットした神速の一太刀。
「が、あァァァ……ッ!!」
分厚い胸の装甲を両断され、ガレスは白目を剥いてその場に崩れ落ちた。
完全に意識を失い、ピクリとも動かない。
「だ、大隊長が……!?」
「バカな、たった数合で……それも、一歩も動かずに……!」
目前で繰り広げられた圧倒的かつ冷徹な蹂躙劇に、ガレスの背後に控えていた五千の同盟軍は完全に言葉を失っていた。
「……指揮系統の完全沈黙を確認。敵の士気は、すでにマイナスに振り切れている」
ユリウスは直刀についた汚れをハンカチで拭うと、静かに鞘へと納めた。
彼の軍服には、一滴の返り血すら付着していない。
ユリウスは振り返り、自陣の千の兵士たちへ向けて淡々と、しかし絶対的な威厳を持って号令を下した。
「全軍、前進しろ。敵はすでに烏合の衆だ。……一兵残らず掃討し、最大の利益を上げろ」
「おおおおおおッ!!」
アルカディアの防衛部隊が、一斉に鬨の声を上げて雪崩れ込む。
指揮官を失い、未知の魔法への恐怖で戦意を喪失した五千の同盟軍は、たった千の軍勢を前にして完全に崩壊し、背中を見せて逃げ惑うしかなかった。
ユリウスは無残に瓦解していく敵軍を背に、懐から通信機を取り出した。
「ボス。左翼戦線、敵大将の無力化および防衛線の維持業務、完了した。……完全歩合制の契約通り、特別報酬を期待している」
通信機の向こう側で、カガリが静かに鼻で笑う気配がした。
『ああ、確認した。……頭に血が上っただけの鉄砲玉と、冷徹に数字を弾き出す君の相性は、この総力戦の盤面において最も低リスクでハイリターンを生むと計算していたよ。見事な監査だった』
カガリのシニカルな称賛に、ユリウスの口角がわずかに上がる。
『……特別報酬の件は了解した。後で経理の鋼鉄の金庫をこじ開けておこう』
魔法都市の守護者たる「冷徹な軍刃」は、数で勝る大軍を完璧な計算で蹂躙し、自らの価値を絶対的な数字としてコンシリエーレの帳簿に刻み込んだのであった。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございました!
ユリウスの能力、作者も書きながら意味わからなくなってきてて草…
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