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血の監査と白黒の牙 〜要塞を喰らう不死の軍団〜

右翼戦線を映すメインスクリーンの分割画面には、異様なほど静的で巨大な「障害物」が鎮座していた。


「……空の脅威は去りましたが、右翼の戦線が完全に膠着こうちゃくしています」


エルセが手元のタルトを切り分けながら、スクリーンの映像に視線を向ける。


「『日輪の鷲』の補給基地防衛隊長、オズワルド・ストーンウォール。彼の『重装要塞結界』が、前哨戦の時よりもさらに多重化され、まるで巨大な山脈のように進軍ルートを塞いでいます。……どうしますか、コンシリエーレさん」


画面の中では、ミスリル合金に匹敵する硬度を持つ数十メートル級の岩の城壁が、アルカディアの兵士たちの行く手を完全に阻んでいた。さらにその要塞の内側からは、安全な場所から一方的に魔術や矢を放つ同盟軍の重装歩兵たちの姿が見える。


「あんな分厚い壁、大砲でも撃ち込まないと壊せないんじゃ……!」


アリサが不安そうに身を乗り出すが、カガリは銀の万年筆を指先で滑らせながら、冷徹に鼻で笑った。


「どんなに分厚い金庫ハコを作ろうとも、内側から鍵を開けられればそれは意味をなさない。……物理的な硬度を誇る相手には、物理法則を無視する『バグ』をぶつければいいだけのことだ」


カガリは懐中時計を確認し、魔道通信機マイクのスイッチを入れた。


「……債権回収部門。及び、遊撃部隊。業務を開始しろ」




◆ ◆ ◆




―――右翼戦線。


そびえ立つ巨大な岩の要塞の上から、オズワルドは眼下で立ち往生するアルカディアの兵士たちを見下ろしていた。


「……フン。マサムネとレオンハルトの奇襲には肝を冷やしたが、あの二人が中央と空に釘付けになっている今、このオズワルドの壁を抜ける者など、大陸には存在しない」


オズワルドの地響きのような低い声が、要塞に響き渡る。


「第一大隊、要塞内より迎撃の準備を! 十万の軍を支えるこの拠点は、何があろうと落ちぬ! アルカディアのネズミどもめ、ここで圧殺してくれよう!」


同盟軍の重装歩兵たちが一斉にときの声を上げ、要塞の銃眼から武器を構えた。


だが、彼らが放つはずだった矢や魔法は、出力されることはなかった。


「――おやおや。ずいぶんと『滞納された利息』が溜まっているようですね」


要塞の内部。一万近い兵士たちが密集する陣形のど真ん中に、突如としてうやうやしい声が響いた。


「な、何者だ!?」


「上だ! 空から何かが来るぞッ!」


兵士たちが見上げた頭上――要塞を覆うドーム状の岩壁の隙間から、赤い瞳を持つ無数の蝙蝠こうもりと、不気味な濃霧が滝のように雪崩れ込んできた。


霧は石畳に降り立つと同時に、青白い肌と鋭い牙を持つ『夜の怪物たち』へと姿を変える。


「ひっ……!? ヴァ、ヴァンパイアの軍勢だと!?」


「殺せ! 魔法を放てッ!」


重装歩兵たちが慌てて槍を突き出し、炎の魔法を放つ。しかし、致命傷を負ったはずの吸血鬼たちは、傷口を瞬時に霧化むかさせて再生し、冷酷な笑みを浮かべたまま兵士たちの首筋へと喰らいついた。


「ぎゃあァァァァッ!?」


「陣形が崩れる! 逃げ――」


それは戦闘ではなく、一方的な蹂躙とりたてだった。


アルカディアが得た最強の隠密部隊。常夜の聖域から呼び寄せられた不死の軍勢は、物理的な装甲など意に介さず、圧倒的な速度と再生力で同盟軍の重装歩兵たちを血の海へと沈めていく。


その凄惨せいさんな地獄絵図の中心に、仕立ての良い漆黒のスリーピース・スーツを完璧に着こなした長身の男が、一切の返り血を浴びることもなく立っていた。


顔の上半分を漆黒の仮面で覆った吸血鬼――ヴィクトル・ローランである。


「ば、馬鹿な……! 私の絶対防壁を、いつすり抜けたというのだ!?」


オズワルドが驚愕に目を見開く。


「簡単なことです。あなた方の兵士が落とす『影』の隙間から、少々お邪魔したに過ぎません」


ヴィクトルは美しい所作で一礼すると、足元で震える同盟軍の兵士を冷酷に見下ろした。


「ええい、化物どもめ! ならば要塞ごと貴様らを圧殺してくれる!」


オズワルドが太い腕を振り下ろす。要塞内部の壁が生き物のようにうごめき、ヴィクトルと吸血鬼たちを四方から押し潰そうと迫り出した。


「……少々、監査の時間が押しているようですね。一括で決済とさせていただきましょう」


ヴィクトルが仮面の奥の赤い瞳を細め、両腕を広げた。


「『血影大魔術――連帯保証チェイン・コントラクト』」


ヴィクトルの身体から、おびただしい量の血液が赤い霧となって爆発的に噴出した。


それは周囲で倒れた兵士たちの血だまりと共鳴し、要塞全域を埋め尽くすほどの巨大な『真紅の魔法陣』を床一面に形成する。


「なっ……何だこの魔法は!?」


「影が、影が勝手に……ッ!」


魔法陣から無数に生え出した『鋼の針』が、要塞内に残っていた数千の兵士たちの足元の影を、一瞬にして縫い止めた。


「がっ……!? か、体が動かな――」


「滞納された利息は、命で決済していただきましょう」


ヴィクトルが指を鳴らした瞬間。


影を縫われた数千の兵士たちの体内へ、血の針が内側から一気に侵入する。


『ドスッ、ドスドスドスドスッッ!!!』


悲鳴を上げる間すらなかった。要塞内部の軍勢は、ヴィクトルのたった一つの大魔術によって、文字通り「一括処刑けっさい」されたのである。


「ば、ばかげている……。一万の軍勢が、たった数分で……!」


オズワルドが絶望に膝を屈しかけた、その時だった。


「――お前らが派手に暴れてくれたおかげで、裏口がガラ空きだったぜ」


オズワルドの背後――分厚い岩の壁の中から、まるで水面から浮かび上がるようにして「透過」して現れた影があった。


二メートル近い巨体を揺らす、白黒の縞模様の毛皮に覆われた獣人――ザザである。


「き、貴様……魔力を持たぬ獣人風情が、我が『重装要塞結界』を無傷ですり抜けただと!?」


「スラムの野良犬を舐めるなよ。コンサルタントとの契約でな、俺たちにはこの街を守る義務があるんだ」


ザザの全身を覆う「黒の縞模様」が、異様な魔力光を帯びて明滅する。


ザザのルーツとなる白虎の固有能力【位相獣化フェイズ・ストライプ】。黒の模様部分を拡張させることで、自身の肉体を『質量のない影』へと変換し、あらゆる物理的障壁を透過して侵入したのだ。


「ええい、小賢しい獣め! 叩き潰してくれる!」


オズワルドが激昂し、ザザの周囲の地面から無数の鋭い岩の槍を隆起させる。それは檻のようにザザを全方位から包み込み、そのまま串刺しにしようと迫った。


「ヴィクトル、手出しは無用だぜ。コイツは俺の『査定』の獲物だ」


ザザは岩の槍が迫る中、余裕の笑みを浮かべて一歩も動かなかった。


岩の槍がザザの肉体を貫く――かに見えた瞬間、槍は『黒い影』となった彼の身体をすり抜け、空しく虚空を突いた。


「なにィッ!?」


「当たり判定がないってのは、便利だろう?」


すり抜けた直後、ザザは一気に距離を詰め、オズワルドの懐に飛び込んだ。その瞬間、彼の肉体を覆う毛皮が、黒から『純白』へと激しく発光する。


「『位相獣化・ホワイト絶拳・ブロー』!」


影から質量への極限変換。白の『絶対硬度』を帯びたザザの巨大な拳が、オズワルドの腹部に深々と突き刺さった。


「がはァッ……!?」


オズワルドの巨体が『くの字』に折れ曲がり、要塞の岩壁に激突して大きなクレーターを作る。


「馬鹿な……私の防壁魔術ごと、肉体を殴り抜いただと……!? ぐぅぅぅッ!!」


口から血を流しながらも、オズワルドは両腕を交差させ、最大の防御魔法を急展開した。


「『重装要塞・巨人ティターン・イージス』ッ!!」


オズワルドの前に、レオンハルトの『星墜』すら防ぎ切った最高硬度の岩の防壁が何層にも連なって立ち塞がる。


「無駄だ獣人! お前のその拳では、この壁を砕く前に腕が砕け散るぞ!」


「なら、噛み砕くまでだ」


ザザは脚に限界まで力を溜め、岩の壁に向かって跳躍した。


彼の右腕の毛皮が、白と黒の縞模様を高速で明滅させる。透過と絶対硬度の同時発動。物理法則を完全に無視した、スラムの泥水の中で磨き上げられた必殺の牙。


「『位相獣化・白黒モノクローム・ファング』!!」


ザザの右腕が、分厚い岩の防壁に触れる。


その瞬間、黒の透過能力が防壁の表面を「すり抜け」、内部に達した瞬間に白の絶対硬度へと質量を戻し、内側から破壊エネルギーを爆発させた。


『メキィィィィンッッ!!!』


絶対防壁は、ザザの腕を起点として無数の亀裂を走らせ、粉々に砕け散った。


「ば、ばかげている……! 私の、最強の盾が……ッ!」


防壁を内側からぶち抜いたザザの拳が、そのままオズワルドの胸の中央――要塞の維持を司る「魔力核」ごと、彼を空高く殴り飛ばした。


「……これで、俺たちスラムの『借金』は完済だ」


ザザが白と黒の毛皮から上がる湯気を払いながら、低く呟く。


宙を舞うオズワルドに、ヴィクトルの冷酷な声が響いた。


「ご苦労様です、遊撃部隊殿。……最後の回収は、私が」


空中に舞うオズワルドの影に向かって、ヴィクトルの放った一本の赤い針が正確に突き刺さる。


「がはァッ……!」


皇帝同盟の補給基地防衛隊長は、自らの築き上げた瓦礫の山の上に叩きつけられ、完全に沈黙した。




◆ ◆ ◆




「右翼戦線、敵防衛拠点の完全崩壊を確認。……さすがはコンシリエーレさん、完璧な適正配置アセット・アロケーションです」


エルセが感嘆の声を漏らす。


「……」


アリサは仲間の無事に安堵してはいたが、目の前で起きた惨劇に言葉を失っていた。


「マフィアの世界において、最強の金庫破りとは『内部の人間』を寝返らせることだ。ザザの透過能力と、ヴァンパイアという最恐の出向社員がいれば、どんな要塞もただの石の山に過ぎない」


カガリは万年筆を置き、冷徹な瞳で中央戦線のモニターを見据えた。


空を制し、右翼の要塞を粉砕した。盤面の包囲網は、確実にアルカディアの黒字へと傾きつつある。


「……さあ、外堀は埋まった。次は、中央で暴れ回るあの『災害』の決済クリアランスだ」


カガリの指先が、無意識に「ピストル」の形を結んでいた。

ここまでお読みいただき本当にありがとうございました!

2日間にわたる連続更新、最後までお付き合いいただき誠にありがとうございました!

明日よりまた毎日19時頃更新予定です。

まだまだ皇帝同盟との戦いが続きますので、引き続きアルカディア・ファミリーの【大陸覇権を賭けた大決算】をお楽しみいただけますと幸いです!


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