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空を落とす物理 〜反魔の鉄拳と断理の刃〜

カガリの保険アセット、鉄血騎士団―――。

その鉄血の防壁を足場にして、アルカディアの幹部たちがそれぞれの戦場へとついに飛び込んでいった。



バビロン最上階の執務室。

巨大な魔導スクリーンには、バビロン周辺の戦況がいくつもの分割画面となって映し出されている。その中でも一際目を引くのは、都市の東側上空を覆い尽くす、不気味な紫色に渦巻く分厚い雷雲だった。


「ひぃっ……! な、なんですかあの雲! 雷と雨が滝みたいに降ってますよ!」


アリサがスクリーンの前で頭を抱え、悲鳴を上げた。


「……気象・環境魔術特務官、ルミラ・ウィーバー。精霊さんたちがひどく怯えています。彼女の魔法は、天候という『環境そのもの』を兵器化する広域殲滅術式せんめつまほうです」


ソファで紅茶を傾けながら、エルセが淡々と解説する。その横顔には、普段の軽口を叩く余裕は薄かった。


スクリーンの映像は、同時に空を悠然と旋回する数千の飛竜の群れも捉えていた。『日輪の鷲』が誇る飛竜騎兵隊。彼らはルミラの雷雲に守られながら、地上のアルカディア防衛線に向けて無慈悲な魔法と炎のブレスを絶え間なく吐き出している。


「カガリさん! このままじゃ空からの攻撃で一方的にやられちゃいます! レオンハルトさんやカトレイアさんに援護を頼まないと……!」


焦燥するアリサの訴えに対し、カガリは優雅に葉巻を燻らせ、銀の懐中時計を指先で弄んだ。


「その必要はない、お嬢さん」


カガリのブラウンの瞳は、絶望的な空の脅威ではなく、地上を駆ける「二つの小さな点」を冷徹に見据えていた。


「魔法絶対主義を掲げる彼らの組織システムにおいて、最大の評価基準は『魔力の総量』だ。ゆえに彼らのレーダーは、強大な魔力反応しか探知できない」


カガリは口角を吊り上げ、冷酷な笑みを浮かべた。


「つまり、魔力を持たない『純物理』の資産は、彼らの帳簿には存在しない。……敵の査定の死角を突く、究極のステルス兵器だよ」




◆ ◆ ◆




「地を這うゴミ虫どもめ! 我らが皇帝同盟の空の威容に平伏し、そのまま灰となれ!」


上空で巨大な飛竜に跨る『日輪の鷲』の飛竜騎兵隊長ザイードは、眼下に向けて傲慢な嘲笑を撒き散らした。


彼の視線の先、崩れかけた岩山の陰に隠れるようにして、二つの影が走っている。


「いつの間にこんなところまで……!第一小隊、第二小隊! あの薄汚い獣人と黒服の剣士を消し炭にしろ! 魔力すら持たぬ下等生物など、生かしておく価値もない!」


ザイードの号令と共に、数十頭の飛竜が一斉に急降下し、灼熱の炎弾と風の魔法刃を雨霰あめあられと降り注がせた。


着弾の轟音と、爆発が大地を揺らす。


しかし、土煙の中から飛び出してきた漆黒の影は、焦げるどころか一切の歩みを止めていなかった。


「……チッ。派手な花火だ。だが、熱くも痛くもねぇな」


クロウは舌打ちをし、ネクタイを緩めた。


彼の両手に嵌められたナックルダスターと特注の靴底には、バルカスが精製した『魔力相殺・強』の鉱石が仕込まれている。


「――オラァッ!!」


クロウが大地を蹴り、宙へ跳ぶ。


頭上から降り注ぐ炎弾に対し、彼は回避すら選択しなかった。極限まで研ぎ澄まされた体術から放たれる回し蹴りとアッパーカットが、魔法という「現象」を純粋な物理的衝撃で真っ向から殴り散らす。


『バキィィィンッ!』という、およそ魔法が相殺されるとは思えないガラスの割れるような轟音と共に、炎と風の刃が空中で霧散むさんした。


「な、なんだと!? 魔法を物理で殴り消しただと!?」


上空のザイードが目を見開く。魔力を持たない者による、常識を根底から覆す戦法。


「おい、トカゲの親玉! そんなぬるい火遊びじゃ、俺の晩飯のシチューも温まらねぇぞ!」


クロウは着地と同時に中指を立て、強烈な殺気と共に飛竜部隊を挑発した。


「舐めるな獣人風情が! 全機、あいつに攻撃を集中させろ! 骨の髄まで焼き尽くしてやる!」


激昂したザイードの指示で、空の飛竜部隊の標的ヘイトが完全にクロウ一人へと向いた。


数百の魔法の雨がクロウに降り注ぐ。クロウは獣の如きステップでそれを捌き、殴り飛ばし、圧倒的な身体能力で暴れ回る。


その、クロウが命懸けで作った「空の死角」を、もう一人の男が見逃すはずがなかった。


「……クロウ殿の作った道。しかと通らせてもらう」


静かな呟きと共に、九条マサムネが動いた。


「――シッ!」


鋭い呼気。マサムネは神速の踏み込みで崖を駆け上がり、クロウを狙って低空まで降下してきていた飛竜の背中へと、音もなく跳び乗った。


「なっ!? 貴様、いつの間に――ぎゃああっ!」


騎兵が驚愕の声を上げるより早く、マサムネの鞘打ちがその鳩尾を捉え、空から叩き落とす。


「一」


マサムネは沈みゆく飛竜の背を強く蹴り、さらに上空にいる別の飛竜へと跳躍した。


「二」


瞬きすら置き去りにする速度。魔力を持たないがゆえに探知網に引っかからない漆黒の死神は、空を埋め尽くす飛竜たちの背中から背中へと、まるで平地を走るかのように駆け上がっていく。


「ば、馬鹿な! 空を蹴り上がってくるとは……! 撃て! 奴を撃ち落とせ!」


ザイードが恐慌状態で叫ぶが、マサムネの速度はすでに飛竜の旋回能力をはるかに凌駕していた。


「三、四……五。……届いた」


最後の飛竜の頭部を蹴り上げ、マサムネはついに、空を支配する不気味な雷雲の真下、その中心核へと肉薄した。


そこには、巨大な浮遊盤の上で、虚ろな瞳で杖を掲げる少女――ルミラの姿があった。


「……はい。不審な接近者を視認。気象防衛術式、展開」


ルミラが淡々と呟き、マサムネに向けて致死の雷撃を放とうとする。


しかし、マサムネの漆黒の瞳――『断理の眼』は、すでに彼女の魔法の根本たる「魔力の結び目」を完全に捉えていた。


「……貴殿の魔法は、強大にして広範。だが、世界の理を無理やり書き換えるその術式には、必ず『繋ぎ目』が存在する」


マサムネは空中で鯉口を切り、腰を深く落とす。


「そこを断てば、天は晴れる」


「九条流奥義――『居合・断理の一閃・ごく』」


放たれた銀光は、雷鳴よりも速かった。


音もなく振り抜かれた刃は、ルミラ自身ではなく、彼女の杖の先端から上空の雷雲へと繋がる「魔力の供給線インフラ」を、空間の理ごと完全に両断した。


『――ガァァァンッ!!』


ルミラの杖が砕け散り、同時に、バビロン上空を覆い尽くしていた分厚い雷雲が、嘘のように真っ二つに割れて消滅していく。


「あ……」


ルミラが、初めて虚ろな瞳に微かな驚きを浮かべ、バランスを崩して浮遊盤に倒れ込んだ。


「ルミラの魔法が……消えた……?」


ザイードが、差し込んできた眩しい太陽の光を浴びながら、絶望に顔を歪めた。


着地したマサムネの傍らへ、クロウが砂埃を払って歩み寄る。


「……ふん。悪くねぇ連携だったな、侍」


「ははっ。貴殿の強引なデコイがなければ、空へ至る道は開けなかった。見事な立ち回りであったぞ、クロウ殿」


魔力を持たない純物理の二人が、魔法絶対主義の空を完全に制圧した瞬間だった。




◆ ◆ ◆




「やった……! やりましたよ、カガリさん! 雲が消えました!」


アリサがモニターの前で飛び跳ねて喜ぶ。


エルセもまた、目を丸くして感嘆の息を漏らした。


「信じられません……。魔法の理を、純粋な物理速度と技術だけで解体してしまうなんて」


「魔力の有無など、単なる数字の『種類』に過ぎない」


カガリは葉巻の煙を長く吐き出し、モニターに映る二人の姿に冷徹で満足げな視線を送った。


「彼らという資産タレントを適正な場所ポジションに投資すれば、こうして完璧な黒字リターンを叩き出す。……さあ、空の制空権は奪い返した。次はこちらの番だ」


カガリの手の中で、銀の懐中時計が静かに、そして残酷に時を刻み続けていた。

ここまでお読みいただき本当にありがとうございました!

【週末・怒涛の4話連続更新中!(第2陣)】

本日も1時間ごとに連続更新を行っています。

次の【第57話】は22時に公開です。


皇帝ギルド同盟を解体するアルカディア・ファミリーの快進撃、ぜひこのまま一気にお進みください!


少しでも「面白い」「続きが読みたい」と思っていただけましたら、画面下部にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にし、リアクションや感想を書いて応援していただけると、毎日の執筆の最大の励みになります!

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