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目覚める災害と、鉄血の配当(リターン)

ガレナ渓谷の空が、異様な魔力によって真っ二つに引き裂かれていた。


「……ッ、下がれ! 防壁の後ろへ回れ!!」


レオンハルトの怒号が戦場に響き渡る。

アルカディアの兵士たちが必死に後退する中、彼らの頭上を、文字通りの『災害』が通り過ぎていった。


『――消し飛べ、泥虫ども』


白髪を逆立てた『雷神』の総帥が杖を振るう。

その瞬間、天空から落ちた極太の雷の柱が、ガレナ渓谷の岩肌を数千トンにわたり蒸発させ、アルカディア軍の陣地ごと焼き尽くそうと殺到した。


「させぬッ! 『慈母イージス・オブ・アガペー』!!」


最前線に飛び出したカトレイアが、大盾を天に掲げる。

真珠色の『静止』のドームが展開され、直撃した雷鳴のエネルギーを空中で無理やり固定する。

しかし――。


「……く、ぅぅぅッ!?」


カトレイアの靴底が、石畳を削りながら数メートル後ずさった。

絶対防壁であるはずの彼女の盾に、ヒビが入りかけている。


「カトレイア!」


「来るな、レオンハルト殿! ……なんという魔力密度だ。かつてのバビロンの一万の魔術師の飽和攻撃すら、この老人の一撃には遠く及ばない……!」


カトレイアが歯を食いしばり、全身の魔力回路を焼き切らんばかりに酷使して、辛うじて雷の柱を逸らす。

弾かれた雷が背後の無人の荒野に落ち、小さな山を一つ、地図から消し飛ばした。


「バケモノが……。あれが、皇帝同盟のトップかよ」


クロウが、チカチカと明滅する位相の獣と化したザザと共に後方へ下がりながら、忌々しそうに舌打ちをした。


雷の総帥だけではない。


その隣では、眼帯をつけた『風神』の総帥が、ただ歩を進めるだけで周囲に不可視の真空刃を生み出し、近付こうとするアルカディアの兵士たちの鎧を紙のように切り刻んでいた。


『……脆い。所詮、成金ギルドの寄せ集めか。退屈すぎて欠伸が出るわ』


風の総帥が冷酷に呟く。

彼らの背後には、闇市での暴動を恐怖と暴力で押さえつけられ、無理やり前線へ立たされた同盟軍の数万の歩兵部隊が、怯えた瞳でアルカディア軍へと殺到してきていた。


「マズいぞ。敵の数が多すぎる上に、あの二人のバケモノが先陣を切ってきやがる。……カトレイアの防壁も、アレを何度も受けりゃ保たねぇ!」


レオンハルトが『カラドボルグ』を構え、焦燥の汗を流す。

彼らの個の力は圧倒的だが、相手は「災害」と「数の暴力」の複合。このままでは、局地戦で削り殺されるのはアルカディア側だ。


「……レオンハルト殿、ここは拙者が」


マサムネが、決死の覚悟で刀の柄に手をかけた。


だが、マサムネが踏み込もうとした、その瞬間だった。



ズズン……! ズズズン……!!



戦場の地響きが、変わった。

アルカディア軍の背後――バビロンの城壁側から、整然とした、極めて重く硬い金属の足音が響いてきたのだ。


「……なんだ? 援軍か!?」


レオンハルトが振り返る。

そこには、全身を分厚い黒鉄の重装甲で覆い、身の丈ほどもある巨大なタワーシールドを構えた屈強な兵士たちの壁――いや、『動く鋼鉄の山脈』が迫ってきていた。

その数、およそ五千。


並の魔法や物理攻撃など一切通さない、純度100パーセントの「兵力特化」の軍団。


「……下がれ、アルカディアの将軍。ここは我々が引き受ける」


分厚い兜のバイザーを上げ、低く重い声で告げたのは、傷だらけの顔を持つ男。

かつて黒鉄連峰でカガリと対峙した、鉄血騎士団の団長・ガルドスである。


「お前は……鉄血騎士団のガルドス!? なぜここにいる」


レオンハルトが驚愕の声を上げる。

彼らは皇帝ギルドの傘下でもなければ、アルカディア・グループでもない、ただの黒鉄連峰の地主である傭兵ギルドのはずだ。

ガルドスは巨大な斧槍を肩に担ぎ、同盟軍の圧倒的な数を前にしても、その鋼のような表情を一切崩さなかった。


「……あの男は、決して不渡りを出さぬ」


ガルドスは、背後に控える五千の重装歩兵たちを一瞥した。

彼らの鎧は真新しく磨き上げられ、かつての劣悪な労働環境で痩せ細っていた顔には、活力と野獣のような闘気がみなぎっている。


「我々が血と汗を流した分だけ、あのコンサルタントは正当な鉄と糧を、我々の陣に積んでみせた。……鉄血の恩義は、鉄と血で返す」


ガルドスは、正面から迫り来る数万の同盟軍と、二人の総帥を真っ直ぐに睨みつけた。


「口だけの正義よりも、腹を満たしてくれる確かな『約束』を信じる。……あの男の計算式の中に、我々鉄血のカードを刻ませてもらう」


ガルドスが斧槍を静かに、だが力強く振り下ろした。


「全軍、構えよ。……一歩も退くことは許さん」


五千のタワーシールドが地鳴りと共に展開され、ガレナ渓谷に「黒鉄の防壁」が築き上げられた。


『……邪魔な鉄クズどもが。まとめて消し炭にしてくれる』


雷の総帥が苛立ちと共に再び極太の雷柱を放つ。

しかし、鉄血騎士団の鎧と盾には、バルカスの防爆工房から特別に支給された「魔力散逸コーティング」が施されていた。


凄まじい雷が直撃するが、五千の重装歩兵は沈黙したまま一歩も退かない。雷のエネルギーは黒鉄の盾を伝って大地へと逃がされ、防壁は揺るがなかった。


「……すげぇ。純粋な『暴力への防御耐性』なら、俺たち以上じゃねぇか」


クロウが呆然と呟く。


「……レオンハルト将軍。泥被りは我々の役目だ」


ガルドスが、盾越しに敵の攻撃を耐え凌ぎながら、後方にいるレオンハルトへ向かって低く告げた。


「貴官らは、あの災厄の首を取れ」


その重厚な言葉に、レオンハルトは一瞬だけ呆気に取られ、すぐに凶悪な笑みを浮かべた。


「……ハッ。ウチのボスは、とんでもねぇ『保険アセット』に投資してたってわけか。……恩に着るぜ、団長殿!」


レオンハルトがカラドボルグに重力を込め、マサムネが刀の柄を固く握り直す。




◆ ◆ ◆




バビロン最上階、執務室。

モニター越しにその光景を見ていたアリサが、信じられないものを見るように口を覆った。


「カガリさん……あの鉄血騎士団の人たち、どうして……。アルカディアとの黒鉄連峰の契約には、防衛条項なんて含まれてなかったはずじゃ……」


「当然だ。彼らは安い同情や義理で命を捨てるような連中ではない。だが、私は彼らの労働環境を改善し、黒鉄連峰で出た利益インセンティブを正当に分配し続けた」


カガリは優雅に紅茶のカップを置き、モニターの中で猛威を振るう黒鉄の防壁を見つめた。


「資本主義において、最も強固な結界は魔法ではない。……『この組織が潰れれば、自分たちも損をする』と相手に思わせる、絶対的な『共犯関係クレジット』だ」


カガリの言葉に、エルセがクスリと笑う。


「ふふっ。マフィアのボスというより、まるでやり手の悪徳経営者ですね。……でも、これで前線の崩壊リスクは消えました」


「ああ。ここからは、反転攻勢の時間だ」

ここまでお読みいただき本当にありがとうございました!

【週末・怒涛の4話連続更新中!(第2陣)】

本日も1時間ごとに連続更新を行っています。

次の【第56話】は21時に公開です。


皇帝ギルド同盟を解体するアルカディア・ファミリーの快進撃、ぜひこのまま一気にお進みください!


少しでも「面白い」「続きが読みたい」と思っていただけましたら、画面下部にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にし、リアクションや感想を書いて応援していただけると、毎日の執筆の最大の励みになります!

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