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前哨戦①査定される要塞 〜重力の槍と神速の刃〜

バビロンと皇帝同盟軍の本陣とを繋ぐ、長大な『大地の裂け目』――ガレナ渓谷。

この渓谷は、十万の軍勢がバビロンへ進軍するための、最も重要な補給中継点となる場所だった。


そこに今、一夜にして異様な威容を持つ巨大な「要塞」が構築されつつあった。


「……フン。これほど分厚い岩の壁を幾重にも張り巡らせるなど、臆病者のすることだ。我が太陽の炎があれば、アルカディアのネズミどもなど近づく前に灰にしてやれるものを」


完成しつつある巨大な岩の防壁の上で、巨大な戦斧せんそうを肩に担いだ男が、不機嫌そうに鼻を鳴らした。


『日輪の鷲』第一突撃魔導大隊長、ガレス・ブラッドバウンズ。

太陽の神を信仰し、自らの肉体と戦斧に狂信的な熱量の炎を纏わせる魔法剣士である。彼の目には、血の渇きと、アシュレイのような「理想を語る甘い上層部」への苛立ちが常に宿っていた。


「黙っていろ、ガレス。アシュレイ副総帥の命は『完璧な補給線の確保』だ。貴様の蛮勇で防衛線を崩されては困る」


ガレスの隣で、地響きのような低い声を上げたのは、岩のように巨大な体躯を持つ男だった。


補給基地防衛隊長、オズワルド・ストーンウォール。

彼が太い腕を振り下ろすと、眼下の大地が波打つように隆起し、新たな数十メートル級の城壁が瞬時に形成された。ただの土砂ではない。魔力によって極限まで圧縮・硬質化された、ミスリル合金にも匹敵する『重装要塞結界』である。


「このオズワルドの壁を抜ける者など、大陸には存在しない。十万の軍を支えるこの拠点は、何があろうと落ちぬ」


オズワルドが絶対の自信を持って断言した、まさにその瞬間だった。




「――ほう。そいつは頼もしいな」




上空から、地鳴りのような野太い声が降ってきた。


オズワルドとガレスが頭上を見上げると、厚い雨雲を突き抜けて、一人の男が急降下してくるのが見えた。

巨大な魔導ランス『カラドボルグ』を構え、無造作に伸びた金髪を風に揺らす長身の男。


元・王国騎士団長、レオンハルト・フォン・グローリアス。


「なんだと!? 飛竜もなしに、空からだと!?」


驚愕するガレスを余所に、レオンハルトは愛槍の穂先に恐るべき密度の重力波を収束させた。

落下速度に自らの重力魔法を掛け合わせた、理不尽極まりない質量の暴力。


「『星墜メテオ・フォール』ッ!!」


「オズワルド!!」


「ぬぅぅぅォォォッ!!」


ガレスの叫びに呼応し、オズワルドは両腕を天へと突き上げた。

『重装要塞・巨人のティターン・イージス』。彼が誇る最高硬度の岩の防壁が、ドーム状になって二人の頭上を覆い尽くす。


直後、レオンハルトの一撃が防壁に激突した。


『ズガァァァァァァンッッ!!!』


ガレナ渓谷全体が震え、激しい土煙が巻き上がる。

バビロンの広場を一撃で粉砕したレオンハルトの『星墜』。だが、土煙が晴れた後、空中に身を翻して着地した彼の目に映ったのは、亀裂一つ入っていないオズワルドの防壁だった。


「……へぇ。硬ぇな、大したもんだ」


レオンハルトはカラドボルグを肩に担ぎ直し、獰猛な笑みを浮かべた。


「貴様……アルカディアの幹部か!」


防壁を解除したオズワルドが、脂汗を流しながらもレオンハルトを睨みつける。レオンハルトの圧倒的な質量を受け止めた彼の両腕は、かすかに痙攣けいれんしていた。


「なめるなァッ! 叩き潰してやる!」


ガレスが咆哮を上げ、巨大な戦斧に白熱の炎を纏わせてレオンハルトへと躍りかかった。

狂信的な炎の熱量が、周囲の雨粒を一瞬で蒸発させる。


だが、その大振りの斬撃がレオンハルトに届くより早く。




「――シッ!」




鋭い呼気と共に、ガレスの背後の空間が「ズレた」。


「なっ……!?」


ガレスが咄嗟に振り返り、戦斧を盾にする。

『ガァァンッ!!』という甲高い金属音が響き、ガレスの巨体が数メートル後方へと滑った。


そこに立っていたのは、いつの間にか敵陣の懐深くに侵入していた、黒装束の侍だった。


「……ほう。拙者の『神速』に反応し、斧で刃を受けたか。見事な膂力りょりょくでござるな」


九条マサムネは、静かに鯉口を切り直しながら、ガレスとオズワルドを冷徹に観察した。


「貴様ら……たった二人で、この一万の拠点に攻め込んできたというのか! 狂っているのか!」


オズワルドが周囲の兵士たちに陣形を組ませながら叫ぶ。

しかし、レオンハルトとマサムネは、一万の兵士に囲まれてなお、全く焦る素振りを見せなかった。


「狂っちゃいねぇさ。俺たちはただ、うちのボスの言いつけで『査定』に来ただけだ」


レオンハルトが首を鳴らす。


「貴殿のその岩の壁。魔力の密度は申し分ないが、結び目の構築が少々単調でござるな。……『断理の眼』をもってすれば、三太刀で解体できよう」


マサムネの漆黒の瞳が、オズワルドの魔法の構造的脆弱性を正確に見抜いていた。


カガリのオーダーは「耐久値と実力のテスト」であり、そして「心理的プレッシャーを与えること」。

二人の将軍は、その目的をすでに十二分に達成していた。


オズワルドの絶対防壁は確かに硬いが、マサムネの神速と断理の眼があれば破れる。

ガレスの火力は脅威だが、レオンハルトの重力操作と槍術の前では隙が大きすぎる。

一万の軍勢も、二人の圧倒的な機動力の前では的でしかない。


「……査定は完了した。レオンハルト殿、これ以上の長居はカガリ殿の帳簿を汚すことになろう」


「違いねぇ。……おい、大将。うちの『査定』じゃ、この壁は落第点だ。本番までに、せいぜい分厚くしとくんだな」


「逃がすかァッ!!」


激昂したガレスが炎の戦斧を振り下ろし、オズワルドが巨大な岩の槍を無数に射出する。


しかし、レオンハルトがカラドボルグで強烈な重力場を発生させて岩の槍の軌道を逸らし、その隙にマサムネがレオンハルトの襟首を掴んで跳躍した。


二人の姿は、神速の移動術によって、瞬く間に渓谷の霧の中へと消え去っていった。


「……クソォォォッ!! 逃げ足の速いネズミどもめ!」


ガレスが怒りに任せて戦斧で地面を叩き割る。

だが、オズワルドの表情は蒼白だった。


「……オズワルド、どうした。たった二人の奇襲だ。被害は軽微だろう」


「……軽微、だと?」


オズワルドは、自身の両手を見つめながら震える声で呟いた。


「奴ら……本気を出していなかった。あれほどの戦力がありながら、なぜ大将である我々の首を本気で取りに来なかった? なぜ、結界を破壊しきらずに退いた……?」




オズワルドの脳裏に、マサムネの「三太刀で解体できる」という言葉と、レオンハルトの余裕の笑みがこびりついて離れない。


「……奴らは、いつでもここを落とせる。そう言いたかったのだ。我々の十万の軍を……ただの『盤上の駒』としか見ていない……!」


ガレナ渓谷の拠点に、かつてない濃密な恐怖と疑心暗鬼が静かに根を下ろした。

カガリの放った「心理的負債プレッシャー」という名の猛毒は、皇帝同盟の足元を確実に蝕み始めていた。

ここまでお読みいただき本当にありがとうございました!

【週末・怒涛の4話連続更新中!】

本日は1時間ごとに連続更新を行っています。

次の【第53話】は22時頃に公開です。

止まらないアルカディア・ファミリーの侵攻、ぜひこのまま一気にお進みください!


少しでも「面白い」「続きが読みたい」と思っていただけましたら、画面下部にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にし、リアクションや感想を書いて応援していただけると、毎日の執筆の最大の励みになります!

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